「……ったく、レンガなんか作ってられるかよ! ここって、廃墟だっけ? よし、ここに隠れちゃえ!」
「……誰? 誰かいるの?」
「やべっ! 人がいた…………って、なんだ、子供か」
「あなたも子供じゃない」
「お前、名前は?」
「……ウェンディ。あなたは?」
「セロン」
「セロン……は、ここで何をしているの?」
「父さんとその弟子がレンガを作れってうるさいんだ。三代目とか言っちゃって……なんだか、いつも監視されてるみたいでさ。たまには一人になりたいんだよ。だから逃げてきた」
「セロンは……一人になりたいの?」
「そりゃそうさ。で、ウェンディは何してるんだ?」
「お花の研究。私は……一人は嫌だから…………みんなが集まってくるような素敵なお花を作るの」
「――っ!?」
「……どうしたの?」
「な、なんでもないよ!」
「……あ、セロン、一人になりたいなら、私邪魔だね」
「え?」
「私、行くね」
「ちょっと待てよ! ……ウェンディは、一人が、嫌なんだろ?」
「うん……一人は寂しい」
「じゃ、じゃあ…………これからは、僕がそばにいるよ」
「え……でも、セロンは一人がいいって……」
「ふ、二人までなら…………セーフ、だから」
「……そっか。二人はセーフなんだ」
「うん」
「じゃあ、よろしくね、セロン」
「あぁ。よろしく、ウェンディ」
「――と! このようにして出会った二人は、やがてお互いを意識し始め、恋心を燃え上がらせていったわけです!」
昼飯時を過ぎた陽だまり亭で、ロレッタがテーブルをバンバン叩きながら熱く語る。
……いつの間に聞いてきたんだよ、セロンとウェンディの馴れ初めなんぞを。
「とても素敵なお話ですね」
「純愛なんだね」
「……この二人は結ばれるべき」
陽だまり亭関係者は、揃ってセロン・ウェンディの味方のようだ。
ボジェク、可哀想に。
まぁ、俺もセロン擁護派だけどな。その方が金になるし。
「そこで、お兄ちゃんが一肌も二肌も脱いで、この二人をくっつけちゃおうというのが、今回の作戦なんです!」
「そんな作戦は立ててねぇよ」
俺はあくまで、俺の計画のためにそいつらがくっついた方が都合がいいと思っているだけだ。
「……ヤシロが二肌脱ぐと…………ほぼ全裸」
「そ、それはダメですよ、ヤシロさん!?」
「マグダの言うことを真に受けるなジネット」
なんで俺がセロンとウェンディをくっつけるために全裸にならなきゃいかんのだ。つか、それでくっつくカップルってなんだ!?
まぁ、そんな出会いをした二人だから、ボジェクが息子の幼馴染を知らない、なんて状況が出来上がったわけだ。
ボジェクにしてみれば、まさに跡継ぎを掻っ攫われた状況なわけだ。
だが、ウェンディに出会ったことでセロンはレンガ作りを頑張るようになり、今では誰にも真似の出来ない最高級のレンガを作れるまでになった……と。なんだか皮肉なもんだな。
「それで、今その二人はヤシロの入れ知恵であれこれ試行錯誤しているわけだね」
「入れ知恵とは人聞きの悪い。アドバイスと言ってくれ」
エステラが、服の胸元を気にしつつ俺に視線を向ける。
着慣れない服のせいか、落ち着かないのだろう。
「おにーちゃーん!」
「きつねのおねーさんきたー!」
「おっぱい大きい人ー!」
「ちょいと! そんな説明の仕方があるかい! ……まったく、これだからガキは」
食堂へと飛び込んできた妹たちに続いて、煙管をふかせながら狐っぽい美女が姿を現した。
以前、大雨によって冠水した道路の復旧工事の際に会った時はハムスター人族に対しあまりいい印象を持っていなかったようだが……多少は改善されているようだ。妹たちに絡まれつつも、さほど嫌そうな表情を見せてはいない。
「頼まれてた物、持ってきたよ」
「納期ピッタリだな」
狐っぽいこの美女さんは、ノーマ・グレグソン。金物ギルドに所属する金型職人だ。
……店の看板は『盾』だと思っていたのだが、どうもあれは『鉄板』を表していたらしい。分かりにくっ。
で、今日は俺が発注したある物の金型を届けてくれたのだ。
テーブルの上に50センチほどの重厚な鉄の塊が置かれる。
つか、こんな細い腕でよくこの鉄板を楽々と持ち運べるものだ。獣人族の身体能力は俺の常識を余裕で飛び越えていく。
俺の発注した金型には、少し特殊な、しかし俺からすれば非常に見慣れた加工が施されている。
「こんな形の金型、見たこともないよ。何を作る気なんだい?」
「よかったら見ていくか? この後、この金型を使うヤツがやって来て、ここで実験をするんだ」
「実験? ……ふ~ん、まぁ、時間はあるし。そうさね、見学させてもらおうかね」
ゆったりとした動作で艶っぽく煙管を咥え、紫煙をくゆらせる。
大きく開けた胸元からは、特盛の双丘が顔を覗かせ、深い深い渓谷を胸の中央に作り出している。
「……ヤシロ。見過ぎだよ」
「あと五分……」
「目を、潰すよ?」
エステラから、本気の殺意が伝わってくる。
なんだよ。いいじゃねぇか、減るもんでもなし……
「それにしても、あんたら変わった服を着ているねぇ。ウクリネスのとこの新作かい?」
「そー!」
「ゆかたー!」
「かわいーのー!」
ノーマの問いに、妹たちが袖を引っ張り、座敷童のように浴衣姿でくるくると回る。
そう。陽だまり亭の女性陣は、全員浴衣を着ているのだ。
妹たちはもちろん、ジネットにマグダ、そしてロレッタ。あと、祭りの実行委員としてエステラも浴衣の普及活動に一役買ってもらっている。
「どうだ? 可愛いもんだろ」
「本当にねぇ。色使いが奇抜なのに、どこか落ち着いて……これは、赤い魚かい?」
ジネットが着ている金魚柄の浴衣を指し、ノーマは感心したように言う。
浴衣の生地は、服屋のウクリネスにそれっぽいものを集めてもらって、柄は俺が染め抜いた。日本のものとは少々違う仕上がりになってしまってはいるが、まぁ、今回はこんなものでいいだろう。今後浴衣の需要が高まれば、本格的に生産すればいい。伝統にのっとった製法でな。
祭りといえば浴衣。浴衣なくして祭りは語れない!
何より、俺が楽しくない!
そんなわけで、ウクリネスに無理を言って作ってもらったのだ。
もっとも、あの世話焼きのヒツジおばさんは嫌な顔をするどころか、「新しいタイプの服だ」「衣服界の革命だ」と大喜びをしていたけどな。
浴衣の型と製造法、そして着付けを伝授するという条件で、祭りに必要な浴衣は提供してもらうことになった。結構な枚数の浴衣が必要になるが、作れば作るほど腕を上げていくウクリネスは、むしろもっともっと作りたいと言わんばかりだった。
今は浴衣を宣伝する期間として、俺たちの関係者にはなるべく浴衣を着るようにしてもらっている。街のあちこちで目撃すれば、自ずと話題にもなるだろう。
何より、非常に女性らしく可愛いからな、浴衣は。
下駄のカラコロという音も、概ね好評のようだ。中には、街中で下駄の音が聞こえると、まぶたを閉じてその甲高い音を楽しむ者までいる。
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