ウッセの言い分はこうだ。
自分はマグダに奮起してほしかった。だからあえて突き放すような態度を取った。
追い出すような真似をしたのもそのためで、陽だまり亭と専属契約するという話もみんな『嘘』だったというわけだ。
「こっちはすでに、マグダに食事と宿を提供している。それを『実は演技でした』で済まされては敵わない」
「い、いや! だから! 飯代と宿代は払う! 最初からそのつもりだったんだ!」
「その言い訳が通用すると思ってるなら、この場で精霊神に判断してもらうとしようぜ。お前の言動に嘘がなければ、お前は人間でいられるだろうよ」
この街の人間は、迂闊過ぎやしないだろうか。
モーマットといい、このウッセといい、自分で墓穴を掘り過ぎだ。
『精霊の審判』の存在を認知しながら、どうして嘘になるような安易な発言をするのか、俺には理解できない。
相手がその気になれば自分の人生が終わる。
または、それを交渉材料として無理難題を吹っかけられる。
そんな弱みを、自ら生み出すなんてナンセンスだ。
まったく、こいつらは愚か…………っ!?
その時、俺が見たのは――
腰のナイフを抜き放ち、テーブルを踏み越えて俺に向かってくるウッセの姿だった。
ウッセが振り上げた腕が……ナイフを握った腕が振り降ろされ、俺へと突き刺さ……
「そこまでだよ!」
……る、直前に、エステラがウッセの首にナイフを突きつけた。
ウッセが動きを止める。
俺の眉間から5センチほど離れた位置で、ウッセの握るナイフが停止した。
「ヤシロを殺しても、ボクが君をカエルにするよ。ボクも一応陽だまり亭の関係者だからね。こちらとの契約に携わる者なんだ」
『精霊の審判』は、当事者……つまり、嘘を吐かれた者が告発するものだ。
だから仮にお人好しのジネットが騙されているのを横で見ていても、俺には『精霊の審判』を使う権利はないというわけだ。
だが今回、エステラは自分もその範囲内にいると主張しているのだ。
……つか、危なかった。
エステラが相手の考えを読めるヤツでよかった。
ジネットは何が起こったのか分からずおろおろしているだけだし、マグダはぼ~っとしているからこういう突発的な出来事に対応できていない様子だ。
俺も完全に油断していた。まさかこんな手段に出てくるとは……
エステラがいなかったら、俺は殺されていたな。
なるほど……相手を殺せば『精霊の審判』にかけられずに済むのか……とんでもない理論だ。
だが、十分考えられる事態だった。
迂闊だったと言わざるを得ないだろう。
「…………俺をカエルにしたら、こいつの命は……」
「やめておきなよ」
往生際悪く言葉を吐こうとするウッセに、エステラは冷たい声で言う。
「見てごらんよ、彼を」
そう言って、アゴで俺を指す。
「そこまで接近されてなお、落ち着いたもんだろう?」
「…………」
ウッセが俺を見下ろしてくる。
……この角度で見るとマジ怖いな。チビりそうな勢いだ。
「彼には、何か裏の手でもあるんじゃないのかな。ボクなんかには考えつかないような秘策が」
とんでもない。ないない、ないよー。
「でなければ、そこまで冷静でいられないと思うけど」
あまりの展開に何も出来なかっただけですが?
「あまり、彼を甘く見ない方がいい……彼は、危険な男だからね」
ハムスターの次に愛らしい生き物であるこの俺がか?
「さぁ。ナイフを、下ろしてもらおうか」
「…………分かった」
エステラの声を聞き、ウッセはナイフを下ろして俺の前から離れていった。
っはぁぁぁああああ~~……っ! ………………怖かった。
だがまぁ、体外的には余裕ぶっておかないとな。
「賢明な判断だな」
声は震えてなかったと思う。
大丈夫。威厳は保てた。
こういうところでは、ピシッと決めておかないとな。
しかし、これでかなりの好条件で交渉が進められることだろう。
それこそ、行商ギルドの二倍の額で買い取れとかも……
「さて……随分なことをしてくれたわけだが…………」
俺が見据えると、ガチムチで強面のウッセが身を縮めた。
怯えるような目でこちらを窺っている。今さら遅いっての。
が……
「……まぁ、今後もいい取引がしたいからな。以後、このようなことがないように頼むぞ」
「…………え?」
声を漏らしたのはウッセだった。
ウッセも覚悟していたのだろう。どんな無理難題を吹っかけられても仕方ないと。
それが、厳重注意で終わりなのだから、気も抜けるだろう。
ジネットはホッとした表情を見せ、マグダは相変わらず虚ろな目をして俺を見ている。
エステラは意外そうに目を見開いていた。
「とりあえず、このボナコンを買い取ってくれ。それから、今後は月に数度肉を売りに来ることになると思う。マグダ一人で来ても丁重に扱うようにしてくれよ」
暗に、「マグダに対し、不当な扱いをすると容赦しないぞ」という脅しをかけておく。
これで、マグダが肉を売りに来ても粗雑に扱われることはないだろう。
「ヤシロさん……マグダさんのために……」
ジネットが見当違いな呟きを漏らす。
マグダのために、ではない。
毎回俺が同行しなければ取引できないとか、そんな状況は最高に面倒くさいからだ。効率が悪いしマンパワーに頼った経営はいつか破綻する。
俺が携わらなくても滞りなく循環する仕組みの構築が必須なのだ。
ここの連中は、マグダになら何をしてもいいという考えを持っているようだし、買い叩かれることはもちろん、商品を強奪されて取引自体なかったことにされるなんてこともないとは言い切れない。
それを防ぐための脅しだ。
今回見過ごす代わりに、今後一切においてこちらに盾付くことを封じたのだ。
もしマグダが怪我でもして帰ってこようものなら……『狩猟ギルド』と『陽だまり亭』の契約を反故にしたとしてお前ら『全員』をカエルにしてやる。
そんな思いが、きちんと伝わっただろうか?
強張った表情を見るに、大まかには伝わっていそうだ。なら、いい。
「今後とも、いい関係を継続していけることを願っているよ」
ギルドの代表者が突然の失踪……なんてことにならないようにな。
「……あ、あぁ。こちらもだ」
様々な思いを込めて、俺とウッセは握手を交わした。
結局、ボナコンの肉は4000Rb、そして、角が8000Rbで売れた。
狩猟ギルドは肉専門ではなく、毛皮や角、骨や牙なんかも商品として扱っているのだ。そこに気が付いていればもうちょっと小銭が稼げたかもしれんのだが……もったいないことをした。
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