異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

70話 お花と甘味 -2-

公開日時: 2020年12月6日(日) 20:01
文字数:2,488

「それでですね、ヤシロさん。その、もっと早くお伝えするべきだったのですが、遅くなってしまって……」

 

 ジネットがぺこりと頭を下げる。だが、どこか嬉しそうな顔をしている。

 

「これから、ミリィさんと一緒にお花摘みに行こうかと思うんです」

「連れションか」

「違いますってばっ!」

 

 ジネットが急に大きな声を出したせいで、ミリィがビクッと肩を震わせ軽く飛び上がっていた。

 いじめるなよ、可哀想に。

 

「あ、あのですね。ミリィさんは生花ギルドの方で、以前より親しくさせていただいている大切な方なんです」

 

 よく親しくなれたな、その極度の人見知りと……

 視線が合う度に顔を引っ込めてはジネットの背後に身を隠すミリィ。……嫌われてるわけじゃないんだろうが……ちょっと傷付くぞ。

 

「生花ギルドっていうのは、育てるんじゃなくて摘みに行くもんなのか?」

「ぁ……………………」

「え、なんですか?」

 

 ミリィがジネットの裾をちょいちょいと引き、ジネットが耳をミリィに近付ける。

 何かを耳打ちされ、ジネットが納得した様子で頷く。

 

「施設での栽培も行っているようですが、森全体を管理してお花を育てているようです。これから行く森は生花ギルドが管理しているところなんです」

「なるほど。自然のままの花を管理してるわけか」

「ぁ………………」

「え? …………はい。はい……。そのようですね」

 

 面倒くさいな、こいつとの会話。常にジネットを介さないと返答が得られないのか。

 

「それで、あの……お店をお願いしても、よろしいでしょうか?」

「あぁ、行ってこい。どうせ夕方まで客も来ないだろう」

「ありがとうございます」

 

 お出かけが嬉しいのか、ジネットはにこにことしている。

 女同士でお話しながらお花摘み。結構じゃないか。行ってくればいい。

 

 ジネットレベルとまではいかないが、俺だって料理くらい出来る。そもそも、俺が考案した料理が多いからな。問題ないだろう。

 

「では、行ってまいります」

「ぁ…………」

 

 ジネットが頭を下げると、それに倣ってミリィもぺこりと頭を下げた。

 抱いて寝たら気持ちよさそうなサイズだ。

 

 ジネットについて出口に向かうミリィ。その背中には何もついておらず、本当にナナホシテントウ人族らしいところは何もない。

 いささか地味な気がする。

 ……あ、そうだ。

 

「ミリィ」

「ひゃぅいっ!?」

 

 名を呼ぶと、ミリィは飛び上がり奇声を発した。……そこまで驚かなくても…………

 

 振り返ったジネットの背に隠れ、物凄く怯えた瞳で俺を窺う。……やめてくれるかな、そんな幼女を付け狙う性犯罪者を見るような目で見るの。

 

「ジネットのことを頼むな。迷子にならないようにしっかり見ておいてやってくれ」

 

 生花ギルドが管理する森に行くのであれば、森に関してはミリィの方が詳しいのだろう。

 ジネットはしっかりしていそうで抜けているところがある……というか、抜け切っている。抜けていないところがない。

 ちゃんと見ていてもらわないとどこに行ってしまうか分かったもんじゃないからな。

 

「むぅ、酷いですよ、ヤシロさん。それでは、まるでわたしが子供みたいです……」

 

 似たようなもんだろうが。

 ジネットは不服そうに頬を膨らませる。だが、そんなジネットの横でミリィがぱぁっと表情を輝かせた。

 

「…………みりぃ、お姉さん……」

 

 頼りにされたのが嬉しかったようだ。

 まぁ、あのサイズであの人見知りようなら、どこに行っても子供扱いしかされないだろう。

 幼い子供は「お姉さん扱い」されるのを喜ぶからな。あの笑顔はそういうところからきているのだろう。

 

「ぁの………………ゃしろ、さん…………ま、……まか、せて……っ!」

 

 頬を真っ赤にして、懸命に声を絞り出す。

 そんな感じでミリィが俺に向かって笑顔を向けてくる。

 

「ミリィさんが、自分から男の人に声を…………ヤシロさん、すごいです」

 

 相当珍しいことなのだろう。

 ジネットが目をまんまるく見開いている。

 どんだけ人見知りなんだよ、普段……

 

「では、行ってきますね」

「ぁ…………行って、きます」

 

 ドアの前でもう一度こちらを振り返り、礼をしてからジネットとミリィは食堂を出て行った。

 ドアが閉まり、食堂には俺だけが残される。

 マグダとロレッタは屋台の応援に行っている。

 客もいない。

 

 試作中とはいえ、誰も食わないみつ豆をここで作っていてもしょうがない気がしてきた。

 なので俺は、先ほどふと思いついたものを作ることにする。

 ノーマのところでもらってきた薄く軽い鉄板を持ち出し、加工を始める。ハンマーと、先が丸まった鉛筆のような形状をした鉄の棒――ポンチを使い鉄板を曲げていく。

 ポンチの先端を鉄板に当て、カンカンとハンマーで打ちつけていく。本来穴をあける部分のマーキングを行うためのポンチだが、力を入れ過ぎないように気を付けて叩けば、こうして平らな鉄板に凹凸の加工を施すことが出来る。ブリキの看板なんかを作る時に用いられた手法だ。

 

 カンカンと金属音を響かせつつ、地味な作業を繰り返す。

 

「まぁ、こんなところか」

 

 俺の目の前に、手の平サイズのテントウムシを模した、ぷっくり膨らんだ鉄板がある。

 大きめの缶バッチをもう少しぷっくりさせたような感じだ。軽さもそのくらいだ。

 そこへ着色をし、鮮やかなナナホシテントウを作る。

 そこそこ納得のいく仕上がりになり、仕上げの加工に移る。

 

 涙型の、反りの強い鉄板を取り出す。

 ノーマのとこの金型屋で鉄の端材をもらって真っ先に作ったのが、この『パッチン留め』だ。

 小さな女の子が髪の毛を「パチン」と留めておくアレだ。ワンタッチでつけられるお手軽さが売りの、庶民的なアクセサリーだ。

 

 こいつを先ほどのナナホシテントウにしっかりと取り付けると…………ナナホシテントウの髪留めの完成だ。

 

 まぁ、別に何人族なのかなんてことはアピールする必要はないのだが、ミリィがあまりにもナナホシテントウっぽくなかったのでなんとなく作ってみたくなったのだ。

 何より、生花ギルドとは今後付き合いが深くなっていくだろう。

 ジネットが花壇をやりたがっているし…………俺のやった花瓶もあるし……こういう気配りをしておけば、今後何かと便宜を図ってくれるはずだ。投資だな、これは。

 

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