「そうそう。その花束なんだがな」
エステラがいる今がちょうどいいタイミングだ。
まだ漠然としたものではあるが、俺の考えを発表しておこう。
「花束を、もっと気軽に贈り合える風土を作りたいと思ってるんだ」
「風土って……また大袈裟な」
「まぁ、習慣みたいなもんだよ。もっと気軽な雰囲気にしたい」
「それは素敵なことですね。そうすれば、街にお花が溢れるかもしれませんね」
「ミリィの仕事も増えるしな」
「きっと喜ぶと思いますよ」
「けどさ。どうやるつもりなんだい? 君が率先して、いろんな人に花束を配り歩くのかい?」
そんなことしたら破産するわ。
花束である必要はない。まずは、『花を贈る』ことに慣れてもらえばいい。
「例えばだが、日頃世話になっている相手や、仲のいい相手に、感謝の気持ちを込めて花を一輪プレゼントするんだ。一輪なら、大した出費にはならないだろ?」
母の日のような感覚だ。
花を一輪だけなら、経済的にも、そして心情的にも贈りやすいはずだ。
「そうするとだな。日頃から他人に親切にしたり、人から尊敬されているようなヤツは一輪がいっぱい集まって花束になるわけだ」
「それは素敵ですね。感謝の気持ちが形になるなんて」
「けどさ、花がもらえない人は悲しい思いをするんじゃないかな?」
「だったら、この次に向けてもっと他人に優しくしてやればいい」
「そうですね。それを繰り返して、誰が誰に対しても親切に出来る街になれば、それは素晴らしいことだと思います」
まぁ、一種のお祭りみたいなもんだ。
陽だまり亭やカンタルチカみたいな飲食店を中心に話を広げていけば、多少は話題も広がっていくだろう。
「普段、気恥ずかしくて礼が言えない相手に、花を一輪贈るだけで感謝の気持ちを表せるんだ。これまで花を贈ったことがないようなヤツほど、この企画はありがたいものになるんじゃないかな」
「そんなイベントが、実現するといいですね」
「どうかなぁ……働きかけることは出来ても、みんなが乗ってくるかどうか……」
エステラは、イマイチ乗り気ではないようだ。
まぁ、感謝する相手が多いヤツなら、それなりに出費が嵩むからな。敬遠するのも分かる。
だが。
「密かに思いを寄せている相手に、さりげなく花を贈ることが可能になるぞ」
「「「「――っ!?」」」」
「感謝の気持ちに紛れ込ませて、意中の相手に花をプレゼント出来る。その場合、感謝の花は大量に贈った方がいいけどな。アリバイ作りとして……って、なんか物凄く食いついてるな、お前ら」
食い入るように話を聞くエステラを筆頭に、ジネットと、いつの間にか俺の前に戻ってきていたマグダにロレッタまでもが真剣な表情で話に聞き入っている。
女の子、こういうの好きだよな、……ホント。
「そのイベント、是非やろう!」
エステラが、超乗り気だ。
実のところ、誕生日だからといきなり花束を渡すのは少しハードルが高いと思っていたのだ。
まずは、花を贈る習慣を根付かせたい。
もっとも、その企画の進行が遅れて、ジネットの誕生日より後に開催することになったとしても、「企画の練習も兼ねてな」なんて言い訳を交えて花束を贈ることも出来るだろう。
言い訳はいい!
言い訳は、人が行動する際に障害となるものをうまく取り払ってくれる。
メラメラと闘志を燃やすエステラ。
こりゃあ、予想より早く企画が通りそうだ。……よろしくな、スポンサー。
そんな腹案はおくびにも出さず、盛り上がる一同を眺めていると、食堂のドアが遠慮がちに開いた。
「ぁ……………………」
ドアの隙間から顔を出したのは、引っ込み思案のテントウムシ。ミリィだ。
「………………ごめんなさい。帰る」
「あぁ、待て待て! ちょうどお前に話したいことがあったんだ」
「ぇ……?」
人の多さに驚いて、そそくさと帰ろうとするミリィをなんとか呼び止める。
「大丈夫。みんなジネットの友達だ。悪いヤツはない」
「ぁ……………………うん。知ってる」
知ってはいても人見知りはどうにもならないか。
「……むむ、あれは」
「なんということですかっ」
マグダとロレッタがミリィを見て瞳をギラギラと輝かせる。
「……あんな大きな髪留め、有り」
「大きくてインパクトあるです」
どうやら、ミリィの頭についた大きなナナホシテントウの髪留めが気になっているようだ。
「……ヤシロ。マグダの髪留めは、マグダがマサカリで魔獣を狩っているシーンでも可」
「なんでストーリー仕立てなんだよ?」
「あたし、こ~んな大きなヤツでもいいです!」
「そんだけデカけりゃ髪留めじゃねぇよ。盾だ、盾」
なんだか期待ばかりが膨らんでいるようだ。
これは、さっさと与えてやった方が俺の身のためかもしれん。……時間が経てば、どんな高望みをされるか分かったもんじゃない。
「ぁ…………あの」
「あぁ、ミリィ。気にせず入ってこいよ。何か食うか?」
「ぃや…………あの…………」
ミリィは食堂のドアに身を隠し、入ってこようとはしない。
根強い人見知りだ。
仕方ないので、こちらから出向いてやることにする。
「今日はどうした? ジネットに用事か?」
「ぁ………………てんとうむしさんに……」
「俺に?」
「…………ぉ礼……髪留め、くれたから……」
そう言ってミリィは、大きな花束を差し出してきた。
こいつは誰にでも花束を贈れるんだよな。見習いたいものだ。
花束を受け取るついでに、ミリィを店内へと誘い込む。
ドアから少し離れて店内で待っていると、ととと、と、ミリィは店内へと入ってきた。
ちょっとずつ誘い込むのは、野良猫を手懐ける時の定石だ。
それで警戒心が解けやすくなる。
そんな感じで、ようやく店内へと入ってきたミリィ。
俺に向ける笑みは多少なりとも硬さが取れており、少しは信頼を勝ち得たのだと理解できる。
「はぃ…………あげる」
例によって、抱えきれないほどの花束だ。
もっとも、俺が持てば適度な大きさなのだろうが。
「お、ツツジか」
花束の中に、見慣れた花を見かけた。
ツツジだ。
小学生の頃は、通学路に咲いているツツジをむしって、よく花の蜜を吸ったものだ。
「懐かしいな」
と、ツツジに手を伸ばした時――
「ガジッ! ガジガジガジッ!」
「ぬぉおおおっ!?」
突然ツツジが俺の手に噛みつこうとしやがった。
なにこれ!? 植物系のモンスター!?
「ぁ………………間違えた…………これ、食虫植物……ツツジに、よく似ている」
「間違えたって……」
「そっくりなので……よく間違えられます…………素人さんが噛みつかれたという事故は、多いです……」
「危ねぇ花だな……」
「でも……ここの……花びらの先が少しギザギザしてて……三角の斑点模様があるから、見分けるのは容易なんです……プロは、間違えません」
「……間違えたじゃん」
「ぁぅ………………ごめんなさい」
「いや、いいけどな」
似ている植物を見分けるのは非常に難しい。
ヨモギとか、間違えて違う草を食って食中毒を起こす人がしょっちゅう出るからな。
「まぁ、そっくりな植物を見分けるのは至難の業だろう。比べてみれば違うけど、それ単品だと気付かないなんてこともあるしな」
だいたいが、植物はそれ単体で生息するものだ。本物の横に偽物が並んで生えているなんてことはほとんどない。
食べてみて「あ……毒だった……」なんてことの方が多いだろう。
俺でさえ、野草は怖くて手が出せない。プロに聞いて、「あ、これがそうなんだ」って思う程度が関の山だ。もっとも、言われても違いが全然分かんねぇってことの方が多いだろうがな。
「キノコとか、よく似てるから気を付けないと危険だよね」
エステラが生き生きした顔で言う。
……なんでお前そんなキノコ推しなの? 好きなの、キノコ?
「でもヤシロさん。どうしましょうか?」
ミリィから花を受け取ると、ジネットが少し困った表情を見せた。
「花瓶がありません」
俺がプレゼントしたレンガの花瓶は、一昨日ジネットがもらった花で埋まっている。
こういう花束って、庭に埋めても日持ちしないだろうし……かと言って、前のヤツを捨てるのは、それはそれでもったいない……
「小分けにして、コップにでも入れておきましょうか?」
「この花束を小分けにするのか……それはなんだか味気ないような……」
と、そこでふと思いつく。
「そうだ。なぁミリィ」
「……なに?」
「これ、みんなに分けてやってもいいかな?」
「みんな……?」
「あぁ。綺麗だからな。おすそわけだ」
贈った花束を目の前で他人にあげられるのは嫌かもしれないと思って尋ねてみたのだが……
「……ぅん。みんなで分けて、みんな一緒にお花を楽しむ……ステキなことだと思う」
俺の案に、ミリィは花が咲いたような愛らしい笑みを浮かべた。
よし、嫌がらないのであればそうしよう。
ちょうど、さっき話していた企画のプレリリース的なノリでな。
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