「この度は……誠に申し訳なく……もう二度とこのようなことは…………かたじけないでござるっ!」
早朝。
店先でベッコが土下座をしている。
それを見てジネットがおろおろとしているが、俺はま~ったく気にしていない。すればいいのだ、土下座でも土下寝でも。
「あの……一体何があったのでしょうか?」
「守秘義務について、昨日たっぷりと語ってやっただけだ」
情報漏洩は、最悪の場合大企業をも潰してしまう。
ほんの軽い気持ちで漏らした情報で天文学的な額の損害を出してしまうこともあるのだ。
特に、今回ベッコに作らせていた物に関してなど……他所に先を越されていたら、陽だまり亭は計り知れない損失を出すところだったのだ。
おまけに、ガキどもが領主を好きになるきっかけも潰されるところだったのだ。四十二区追放くらいでは許されない、非常に由々しき出来事であったわけだ。
「んで、数は揃ったのか?」
「ははぁっ!」
お奉行様の前に突き出された罪人のように、頭を地に着けたまま荷物を差し出してくるベッコ。……そこまで怒ってねぇから、恐縮し過ぎんのやめてくれよ。
「もういいから顔を上げろよ」
「しかし……拙者、自分で自分が許せないでござる……っ」
「一同の者、おもてを上げ~いっ!」
「ははぁ!」
おもてを上げやがった。なに? 江戸時代センサーでも組み込まれてるの?
あと、「ははぁ!」はひれ伏す時な? おもてを上げる時に「ははぁ!」言うヤツそうそういねぇから。
「まぁ、イメルダにやかましくせっつかれたら、堪らず口を割ってしまうのも分からんでもないがな」
「いえ。今回の件は、拙者の認識不足が招いたことでござる。イメルダ氏は関係ないでござる」
イメルダに、新作ケーキと秘密の作業の内容をぽろりしたベッコ。
信念からか、すべての責任は自分にあるとして譲らない。……え、もしかして。
「お前、イメルダみたいなのがタイプなのか?」
「はっはっはっ。ご冗談を。拙者、腹切るでござるよ?」
いや、怖ぇよ! え、そんなに苦痛なことなの!?
それはさすがに失礼だろ。
「拙者は、エステラ氏やマグダ氏、妹氏や砂糖工場のモリー氏、トウモロコシ農家のシェリル氏のような奥ゆかしい女性が……っ!」
「もれなくつるぺたばかりだな」
シェリルは五歳だぞ? この犯罪者め。
「それで、あの……その包みは一体なんなのですか? たしか、領主様の素晴らしさを教え解くものだと伺ったと思うのですが?」
「いや、そんな崇高なものじゃねぇよ?」
お前は、どこで誰に話を聞いてきたんだ?
俺がそんなこと言うと思うか?
まぁ精々、あのガキどもの先入観を取っ払い、領主を好きだと『思い込ませる』ことが出来る程度のもんだ。ステマだよ、要は。
「おはようございます!」
「おはようございま……ど、どうされたのですか?」
「おぉ、来たな」
いいタイミングでセロンとウェンディが陽だまり亭へやって来る。
やって来て早々、土下座しているベッコにドン引きしているが。
……つか、セロンを呼んだのになんでウェンディまで一緒なんだ? こんな早朝に? え、なに? 一緒にいたの? 俺にケンカ売ってるわけか? こっちはなぁ、朝まで女と一緒にいたつっても、絶叫に次ぐ絶叫で、ロマンスのロの字もなかったんだからな!? 爆発しろ! か、もしくは眉毛無くなれ! イケメン崩壊しろ!
「いやらしいヤツめ」
「なっ!? ち、違いますよ英雄様!? 僕たちはそんな……!」
「そうです。私はただ、セロンが暗い道で転ばないように、明かりとして同行しただけで……!」
彼女を明かり代わりにする男ってどうなの、それ?
俺がウェンディの父親なら「お前はウチの娘を懐中電灯だとでも思っているのか!?」って殴り飛ばすと思うけどな。
「セロンさんにも何かをお願いしていたんですか?」
「あぁ。ベッコとセロン。今回はこの二人の協力なくしては成功しないプロジェクトだ」
「あぁ、ヤシロ氏っ! こんな拙者を頼ってくださるとは…………感謝の意を表して腹を切るでござるっ!」
「やめいっ!」
切ってもらっても全然嬉しくねぇから!
「セロンすごい……英雄様に頼られるなんて…………素敵よ」
「君の支えがあったからこそ、僕は英雄様に見出してもらえたんだよ……君のおかげさ」
「セロン……」
「ウェンディ……」
「チューするでござるか!?」
「ぅわあっ!?」
「きゃあっ!?」
空気を読まないベッコ、最高! グッジョブ!
ジネットなんか、顔を真っ赤にしつつもばっちり見入ってたしな。
はっはっはーっ! ざーんねーんでした! そんなピンク展開にはさせませーん!
……つか、俺に頼られることなんかで喜ぶなよお前ら。搾取されちまっても知らねぇぞ。
「ところで、セロン」
「はい」
「やっぱり乾燥しちまうか?」
「外気に触れ続ければ多少は……。ですが、水を含ませて練り込めばまた柔らかく、粘りのある状態へ戻すことが出来るよう改良しました」
「そうか。助かるよ」
「あ、ありがたきお言葉!」
「だから、大袈裟だっつの!」
直角に礼をするセロン。なんでかウェンディも一緒に頭を下げている。
まぁ、出来た彼女だこと。爆発すればいいのに、セロンだけ。
「こちらが、現品になります」
そう言って、ミカン箱くらいの大きさの木箱を差し出すウェンディ。
……あれ、相当重いと思うんだけど……虫人族もやっぱ腕力高いんだな……
ウェンディが木箱を地面に降ろしている間、セロンが内容の補足をしてくる。
「言われておりました通り、25グラム程度の小分けにして、個別に包んであります」
「そうか。面倒くさいことを頼んで悪かったな」
「恐れ多いですっ! 英雄様に頭を下げさせるなど……申し訳ございませんっ!」
「だからやめぇーい!」
俺は独裁者か!?
で、やっぱり頭下げるんだなウェンディ!?
俺が依頼したものを期日までにきっちり完成させて持ってきて、謝罪する職人たち。
……なに、この風景? 俺、悪者?
「じゃあ、悪いんだけど、これ全部厨房に運んでくれるか?」
「「「はい、よろこんでっ!」」で、ござる!」
三人は競うように重い荷物を持ち、ジネットに案内されるままに厨房へと入っていく。
……俺、なんでこんなに好かれてるんだろう…………変なのにばっかり。
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