「それで、話を戻すけれど」
エステラが身を乗り出して地図を指さす。
「この土地にフードコートのようなものを作って、外周区や『BU』の美味しい食べ物を集めようってことなのかい?」
「まぁ、概ねそんな感じだ」
「けど、それだけで人が集まるかな? 食事時は賑わうかもしれないけど」
「飯だけなら、な」
俺は、ナタリアに新しい紙をもらい、そこへテーマパークのイメージ図を描き込んでいく。
妖精が舞い踊っていそうなファンシーでファンタジーな世界。
おどろおどろしい、魔物と妖怪の住処。
日本風な風景と建物の調和が取れた、和の世界。
中世ヨーロッパ……は、この街全体がそれっぽいから、この街ではお目にかかれないカリブの海賊的な海の世界。
「こんな感じで、エリアごとにテーマを決めて、建物やそこで働くキャストの服装、音楽なんかを統一して総合芸術として街全体を昇華させる」
そこを歩くだけで楽しい。
そんな街を、三十一区の中に作り出すのだ。
「あぁ、ウチの領民が言ってたな。素敵やんアベニューは、買い物や用事がなくても何度でも足を運びたくなるってよ。あの付近を歩いているだけで、満たされた気持ちになれるんだそうだ」
その気持ちに一切共感できていないという顔でリカルドが言う。
お前は雰囲気を楽しめるようなヤツじゃないもんな。遊園地に行ったらひたすらアトラクションに乗りまくるタイプだ。
俺は作られた街並みを眺めて散歩したり、土産物コーナーでグッズを眺めているのが好きだった。
……ん? 眺めるだけだが?
誰が買うかよ、キャラクターが付いただけで割高になる、平均から平均未満レベルの商品なんて。
「ヤシロ、これっ、すごく楽しそう!」
「これはハロウィンの雰囲気に似ておるな」
エステラがわくわくした表情でそれぞれのイメージ図を見回し、ルシアはおどろおどろしい世界のイメージ図を手に取る。
そんな中、ジネットは日本風なイメージ図を大切そうに両手で持ち上げた。
「この絵が、わたしは一番好きです。なぜでしょう……見ていると、すごく心が落ち着きます」
「詫び寂びの世界だからな」
もしかしたら、ジネットは茶道や華道を教えるとハマるかもしれない。
着物は……胸が大き過ぎて着にくいかもしれないけれどな。
まぁ、苦しいならはだければいいだけだし、問題ないよね! ねっ!
「ヤシロさん。これを、この農地に作り上げるんッスか?」
「あぁ。どうせ作物が作れなくなってしまった土地だ。有効に活用して、金を生み出せる土壌に変えた方がいい」
というか、そうしなければ三十一区は破綻する。
「この広大な土地を、各区の領主たちに貸し出すんだ。場所と広さによって料金を変え、決まった期間の契約にする。期間中、領主は場所代を土地の持ち主である貴族へ支払い、借りた場所で商売をする」
デパートのテナントみたいなもんだな。
「たぶんそれでも場所は全部埋まらないから、空いた場所は三十一区の領主と、四貴族自身で店を出せばいい。なんなら、三十一区に店を構える連中に格安で貸し出してやってもいい」
三十一区の領民に限り値引きするというルールであれば、他区の領主は文句を言えないだろう。
「ただし、コンセプトや世界観をぶち壊すような店は出させるな。ルールを守り、近隣と協力して、ここに出店する者たち全員でこの一つのテーマパークを盛り立てていく。そういう気概でやらなければ、一人不穏因子がいるだけでこの事業は失敗する」
世界観をぶち壊し、利己的な経営をする者には容赦なく厳罰を与える。
追放なんて生ぬるいものじゃない。大規模テーマパークの運営に水を差したということで巨額の賠償金を払わせてやる。
「事前にそう明記しておけば、緊張感を持って出店してくれるだろう」
「ん~……秩序を守るのは大切だけれど、あまり厳しくすると、他区の領主たちが食いつかなくなるかもしれないよ? 飲食店が並ぶなら、売り上げ的に苦しくなるところも出てくるだろうし、投資をするほどの旨味があるかと言われると……」
「エステラ。ここはどこだ?」
「へ? ……三十一区?」
「そう。オールブルームで一番通行量が多い街門を有する三十区の隣だ。そこに、自分の区を大々的に宣伝できる店を持てるんだぞ? 他国の商人たちの興味を引けば、遠いからという理由で見向きもされなかった外周区の連中は喜ぶんじゃないか?」
「あぁ……確かに。これまでは、四十二区には行商人なんかほとんど来なかったもんね」
たまに気まぐれな行商人が来たら、エステラは大はしゃぎして異国の品物を見に行っていた。……まぁ、買うのは大抵刃物なんだけど。
つまり、それほど交流がないのだ。
それを打破できるだけでも、参加する旨味はある。
「カタクチイワシよ。では、三十一区としての旨味は人を呼べるということになるのか? 飲食店から場所代を受け取るのは四家の貴族たちなのであろう? 三十一区の財政はさほど好転せぬのではないか?」
ルシアが金の流れを想像して眉根を寄せる。
四貴族が献身的に領主へ金を回せば、まぁあるいは潤うかもしれんが、ここはもっとダイレクトに領主の懐が潤う情報をくれてやろう。
「テーマパークを高い壁で囲って隔離し、入場門を作って通行税を取る」
テーマパークと言えば入場料だ。
そこでがっぽり儲ければいい。
「いや、食事処へ行くのに通行税は……」
エステラが難色を示し、ルシアも同意するように頷く。
オルフェンは俺たちの会話をハラハラした顔で見守っているだけだ。
「入場料を支払ってでも入りたいと思わせるような内容にすればいい。――たとえば」
と、俺はこの街でも実現できそうなアトラクションを描き込んでいく。
ローラーコースターなら、ウーマロとノーマの協力で作れるだろう。動力は人力になるけどな。
あとはお化け屋敷。
ミラーハウスなんかも面白いかもしれない。
獣人族の協力があれば、ビックリハウスも作れそうだ。
動力のいらないものならトリックアートなんかもいい。
「あぁ、そうだ。着ぐるみを作ってキャラクターショーとパレードは必須だよな」
キャラクターの人気が出れば、グッズが売れる。
そこらにあるようななんてこともない商品にキャラクターを付けるだけで割高な料金でも飛ぶように売れるのだ。
なんなら、平均から平均未満レベルのクオリティーでも売れてくれる。
ぐっふっふっ、ぼろい商売よのぅ。
「ヤシロが邪悪な顔をしてる……これ、かなり儲けられるみたいだね」
「こんなに夢のある世界を、この邪悪な顔が考えたとは、到底信じられぬだろうな」
領主二人が酷いことを言う。
どうせ制作者の顔なんか利用者には見えないんだよ。
邪悪だろうがエロかろうが、どんな顔でも売れるものを作れるヤツが偉いのだ!
「そうして、遊べるものとテーマに統一された街並み、そこに美味い食い物があれば、家族連れやカップルが押し寄せてくる。なんなら、入場料を割り引く優待券を各領主に配ってツアーでも組んでもらえばいい」
「リボーンの創刊号がお安かったように、一度体験したらリピーターになってくださるという考えですね。わたしも、こんなに楽しそうな場所なら一度行ってみたいです」
ジネットがにこにこと賛同してくれる。
「食い物は量を減らし、なるべく多くの種類を食べられるようにしておく」
「なるほど。一個あたりの利益を下げる代わりに、数を売ろうというわけだね」
「そうだ。しかも、量が少なくて物足りなく感じたヤツは、本場に行って思いっきり堪能してやろうなんて思うかもな」
ラーメン(小)を気に入ったら、本場へ行ってラーメン(大)を食ってくれれば、出店している店も大助かりだ。
新規顧客を呼び込めれば、領内の経済も活性化する。
テーマパークに出店している店以外も協力して、自区を盛り上げていけばいい。
「そういう点で、三十一区は少し不利になる」
「宣伝する場と受け入れる場が異なる他区の方が、裾野が広いということだね」
「しかも、テーマパークは入場料があるが、本場に行けば入場料なしでその味が楽しめる」
「なるほど。それはお得な感じがするね」
「もっとも、その分交通費がかかるだろうけどな」
「交通費と入場料は同じようなもの、というわけか。ならば三十五区へも客が来てくれるやもしれぬな」
「食事以外も楽しめるなら、交通費くらい安いものだと思えますしね」
出店側のエステラが客目線で楽しそうにしている。
遊ぶことが大好きなヤツだ。
「テーマパーク内に『ラーメン特区』『スイーツ特区』、タコ焼きやお好み焼きみたいな『お祭り特区』、そして、『餃子特区』なんかを作ると、各区の味を食べ比べられて非常に盛り上がる」
特にラーメンと餃子は強い!
どこでやっても大人気だ。
たこ焼きやスイーツも、日本で成功例がごろごろ転がっている。
負け知らずの商戦だ。
「待っておくれよ、オオバ君。ラーメン特区は四十区に作るんだから、そんな入り口で同じことをされるととても不利だよ」
デミリーがおろおろとし始める。
「大丈夫だ。どんなに頑張っても完成には一年以上の時間がかかる。だよな、ウーマロ?」
「そうッスね。もし、四貴族の許可が得られて、この土地全部をそういうテーマパークに作り替えるとしたら……二年は時間が欲しいッス」
「な? 一年かかるだろ?」
「いや、ヤシロさん! 二年くらいは時間が欲し……っ!」
「一年でよろしく」
「……ッス」
ウーマロが折れた。
心が折れてなきゃいいな☆
「なので、その間に腕を磨いて、ラーメン特区を不動の地位に伸し上げておけばいいんだよ。宣伝して、ウチにくれば本物を味わえるぜってよ」
「むむむ……これは、すぐにでも本格的に動かなければいけないようだね」
デミリーが頭の中で何かを計算し始めた。
あんま悩み過ぎるなよ。もうすでに一本もない髪がさらに抜けて「えっ、どこから!?」って驚くことになるぞ。
ざっくりとした概要を聞き、領主や貴族がそれぞれに何かを考え始める。
じっと俺の話を聞いていたオルフェンに、俺は視線を向ける。
「というわけだ、オルフェン。――乗るか?」
問えば、一度アヒムと視線を交わし、オルフェンははっきりと頷いた。
「必ずや、成功させてみせます。そのためには、どのような努力も惜しみません」
いろいろな迷いや葛藤を飲み込んで、しっかりと決意をした目になっていた。
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