異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

340話 ゴッフレードの事情 -4-

公開日時: 2022年3月7日(月) 20:01
文字数:6,011

 一度エステラをゴッフレードから引き離し、落ち着かせる。

 

「ゴッフレード。もう一度だけ言う。『時間の無駄遣いはやめろ』」

「へーへー。分~かってるよぉ。へへっ」

 

 ウィシャートの情報を聞き出すため、そしてそのウィシャートを黙らせるため、俺たちにはゴッフレードが必要だ。だから、この場でゴッフレードをカエルにすることは出来ない。

 

 ――とでも、思っているのか?

 

「『精霊の審判』」

「なっ!?」

 

 ゴッフレードの体が光に飲み込まれる。

 俺の突然の行動に、エステラやナタリア、そして三大ギルド長が驚き固まっている。

 

 けどまぁ、大丈夫だろう。

 嘘を糾弾する明確な意思表示がなければ、『精霊の審判』はその真価を発揮しない。

 エステラに教えてもらったことだし、俺も実際体験した。

 エステラにはいくつか嘘を吐いているが、俺はカエルにならなかった。人をカエルにするには『嘘の指定』が必要なのだ。

 

 それを証明するように、光が消えてもゴッフレードは人間のままだった。

『俺の言うことを聞く』という約束を反故にするように、俺たちの神経を逆撫でし続けているのにな。

 

「まっとうな人間だろうと、どうしようもねぇドクズの悪党だろうと、他人の時間を無駄にするヤツは総じて三流だ。それが理解できねぇような程度の低いヤツの協力などいらない。いや、ない方がマシだ」

「……テメェ」

 

 ゴッフレードは汗が垂れ落ちるアゴを腕で拭いながら俺を睨むが、舌打ちと共に視線を逸らした。

 

「チッ、分かったよ。……悪かったな、領主さんよぉ」

 

 時間を節約するにはエステラの機嫌を直させた方がいい。

 その判断は正しいし、それを即実行できたことは褒めてやろう。

 やりゃあ出来んじゃねぇか。

 

 ……なら。

 

「最初からそうしとけよ」

「…………あぁ」

 

 これでゴッフレードも考えを改めるだろう。

 俺は善人じゃない。

 悪党だ。

 それも、テメェなんぞが足元にも及ばないレベルの大悪党だ。

 テメェごときが、ナメた真似してんじゃねぇよ。

 

「騒がせて悪かったな」

 

 三大ギルド長に向けて謝罪を述べておく。

 呆然とする三人の中で、ハビエルが真っ先に立ち直り「おぅ」と応えてくれた。

 メドラは少しだけ苦しそうに眉を歪めて俺を見つめている。

 マーシャは真顔だ。驚きの表情が消えた後、一切感情が読めない彫刻のような整った顔で俺を見ている。

 怪傑豪傑の中にいて、やはりマーシャが一番の手練れなのだろうと思わせる反応だ。

 

 たぶん、この三人と敵対することになったら、俺は真っ先にマーシャへの対策を講じる。そこを潰しておかなければ負けそうだからな。

 

 まっ、他二人もバケモノなのは変わらないから、こいつらと敵対しないことが一番頭のいい選択だけどな。

 この三人に比べればゴッフレードごとき、大したことねーよ。

 

「でだ、ゴッフレード」

 

 曲げた膝に手をついて汗を垂らしているゴッフレードに答えさせる。

 

「お前はノルベールが逃げたと踏んでバオクリエアまで探しに行ったんだよな?」

「あぁ。ヤツが逃げるならそこしかねぇと思ってな」

「なぜだ?」

「あの強欲な男が報酬を受け取る前に尻尾を巻いて逃げ出すとは考えにくい。なら、あの野郎が姿をくらませたのは、俺を出し抜いて一人で褒美をもらったからじゃねぇのか――と、そう考えたまでだ」

 

 なるほど。

 協力関係にはあるが、決して信頼関係にはないってわけだ。

 敵しかいねぇな、お前の人生は。

 

「バオクリエア王都を始め、バオクリエアの支配下になっている諸国も回ってみたが、ノルベールは見つからなかった。俺に見つからねぇ辺境でよろしくやってるかと思ったんだが……どうやらその線はねぇようだな」

「なぜ、ノルベールが褒美を受け取ったと思ったんだい? 何の成果もあげていないじゃないか」

 

 エステラがゴッフレードに問う。

 赤い瞳には、先ほどの凄みはなくなっている。

 少しは落ち着いたようだ。

 

「香辛料が盗まれたなんて話を聞かされたからな」

 

 香辛料。

 ……ここにきて、そのワードが出てくるとは。

 

「香辛料?」

 

 エステラがチラリと俺を見た後で、とぼけたように聞き返した。

 そんな話は知らないという態度だ。

 

「ノルベールはたしか、ウィシャート家の宝を盗もうとして捕らえられたと聞いているけれど」

「表向きはな。……だが、違う。おい、ベックマン」

「はい。説明を引き継ぐであります」

 

 ベックマンが一歩前へ出て話し始める。

 

「そもそも、ウィシャート家の宝を盗んだという告発が嘘なのであります」

「盗んでないのか?」

「いや……まぁ、多少は」

「盗んでんじゃねぇか!」

「けど! だけれども、であります!」

 

 盗みはしていたが、重要なのはそこじゃないと言いたげに、ベックマンは声を張り上げる。

 

「あの時は盗みを働く暇などなかったのであります!」

 

 前科はさておき、現行犯逮捕されたとされるあの日、ノルベールは盗みを働いていなかったという。

 

「ギゾコウをここまで運んでやったあの日、香辛料が何者かに盗まれ、その日のうちに『香辛料を売ろうとしている不審な者がいる』というお触れが出回ったであります」

 

 おぉう。イヤな記憶を呼び起こさせるんじゃねぇよ。

 もう忘れろ、その話は。

 

「考えられないのであります。この街に出入りする行商人なら、品物の売買に許可証が必要なことくらい常識として知っているであります。古着ですら、行商ギルドを介して買い取りを行うほどの徹底ぶりなのですよ!?」

 

 あ、そうなんだ。

 じゃあ、ウクリネスんところに飛び込んでブレザーを売るって選択肢はなかったわけか。

 別に俺がうっかりしてたわけじゃないんだな。そういう制度なんだ。ったく、やりにくい。

 

「盗品を許可証もなく商店に売りつけようだなんて……、あの日初めてこの街へ来たギゾコウでもない限り、そんな愚かな行為はしないのであります!」

 

 うん、ご明察。

 俺だよ、俺。俺がやらかしたんだよ、その騒動。

 

「しかし、ギゾコウは香辛料を盗んでないのであります。『盗まれるところを見ていた』とギゾコウは言い、その証言は『精霊の審判』によって証明されたのであります」

「へー……」

 

 わぁ、エステラのいる方向からすっげぇ冷たい空気が漂ってきてる。

 よぉ~し、絶対そっち向かないぞ☆

 

「だが、重要な『計画』のキーとなる香辛料を、あのノルベールが容易に盗まれるとは考えにくい。だから俺は、あの野郎が盗まれたと嘘を吐いて俺を遠ざけ、手柄を独り占めしようとしていると考えたわけだ」

「そんなこと、ノルベール様はなさらないのであります!」

「ノルベールにべったりのテメェの意見なんぞ、誰が信じるか」

 

 協力関係にあっても、全然信頼関係は結べてないんだな、こいつら。

 

「ゴッフレード。『計画』ってのはなんだ?」

「細菌兵器が不発に終わった後、第一王子派は小細工を止めて直接オールブルームに乗り込むための準備を始めたんだ」

「それが、香辛料か?」

「あぁ。アレは貴族だけが扱える最高級品質の香辛料だ。国からの持ち出しすら認められていないレベルのな」


 そこまでの希少品だったのか。

 そりゃ200グラムで50万Rbもするわ。


「名目上は、バオクリエア王家からオールブルーム王家への贈答品。ノルベールはウィシャート家を皮切りに各方面でそのことを喧伝する予定だった。そうやって、周囲からの注目を集めた後で盗み出す手筈だった」

 

 え?

 あの香辛料、盗まれる予定だったのか?

 どうりで盗みやすく個別の、それも妙に目立たない袋に入っていると思った。

 親切だな~とか、ちょっと思っちゃってたもんなぁ。

 

「ノルベールはそれを『ウィシャートが盗んだ』と糾弾する。当然ウィシャートはシラを切るだろうが、それはいつもあいつがやっている手だ。ウィシャートを知る者なら、誰も信用などしない」

 

 ウィシャートお得意の「俺は何も知らない」作戦を逆手に取られたわけか。

 で、ウィシャートを知っている者ならウィシャートがやらかしたと思う……というか、『そういう解釈が出来る』という建前が出来る。

 

「それを受け、第一王子が直接『貴重な香辛料をオールブルームの貴族が着服した』と乗り込んでくる予定だったのか」

「あぁ。王族から王族への贈り物が盗まれたとなれば、国際問題だ。第一王子は堂々と乗り込んでこられる」

「そして、貴族の不始末は王族の責任と詰め寄り、乗っ取るとまではいかずともかなり強引に食い込んでくるつもりだったってわけか」

「いいや、乗っ取るつもりだったさ。持てるだけの毒薬を持ち込んで、降伏しなければ皆殺しにすると脅してな」

「そううまくいくかよ。ウィシャートを嵌めたくらいで」

「外交的に王族に会えればそれでこちらの勝ちだったんだ。王が毒に冒され明日をも知れぬ身になれば、特効薬をちらつかせていくらでも操れる。おのれの命と引き換えだと知れば、領土の切り売りくらいは容易いだろう?」

 

 おぉ……う。

 あの香辛料、そんな大騒動の種だったのかよ……

 ――の、割に、結構ドヤ顔で見せびらかしてたぞ、ノルベール?

 自身の勝利が目前に迫って気が大きくなっていたのかねぇ。

 

「だが、ウィシャートにたどり着く前に香辛料は盗まれた。それだけで計画はパーだ」

 

 貴族が着服したのでなければ、単に行商人の不注意ということになる。

 責任はノルベールに伸し掛かるわけだ。

 当然、バオクリエアの第一王子はオールブルームの王族に詰め寄ることなど出来ない。

 

「そんなヘマをするようなヤツじゃない。だからこそ疑った」

 

 妙なところでは信頼してるんだな。

 まぁ、そんなヘマをまんまとやらかしたわけだけれども。

 

「香辛料が盗まれたと俺が知ったころには、ヤツはとっくに姿をくらませていやがった。ご丁寧に『不審者が香辛料を売りに来た』なんてあり得ねぇ嘘をばら撒いてな。大方、あの野郎が自分で変装して不審者をでっちあげたんだろうぜ」

「違うのであります! ノルベール様は本当に香辛料を盗まれたのであります! それは、そこのギゾコウも証言してくれるであります!」

 

 うん、まぁ、盗まれたよね。

 俺に。

 

「まぁ、今となっちゃ信じてやれるが、その時は出し抜かれたことで頭がカーッとなっちまってな。絶対にとっ捕まえてやるとバオクリエアまですっ飛んで行ったんだ。あいつが褒美をもらうなら、バオクリエアのどこかの領地でだろうからな」

 

 ゴッフレードという男は、とことん他人を信用していないのだと思う。

 誰に何を言われようと、自分の目で見た物しか信用しない。そういうタイプなのだろう。

 そのために、わざわざバオクリエアまで確認に行っちまうんだから、大したものというか、呆れたものというか。

 

「なぁ、ベックマン。ノルベールがウィシャートに捕らえられた理由ってなんだ? その日は盗みを働いてないんだよな?」

「そうであります! あの日は、ノルベール様が荒れて『テメェらが俺の香辛料を盗んだんだろう! ネタは上がってんだ! 館の中を調べさせろ!』と館内で大暴れしたため捕まったのであります」

 

 ……なにやっとんじゃ、ノルベール。

 あれ? あいつってバカなのかな?

 

 第一王子の計画のキモとなる香辛料が盗まれて焦ったのか。

 犯人が俺じゃないとすれば、そんなことをするのはウィシャートくらいだと思ったのだろう。ウィシャートが『計画』に勘付いて事前に潰そうとしていた……とか思い込んでな。

 

 とはいえ、ウィシャートの館を調べさせろとは……

 外部の者の立ち入りを固く禁じているウィシャートの館に踏み込もうとすれば、それは強烈に反発されるだろう。

 そして拘束された。

 

 そうこうしているうちに、『盗品の香辛料を売ろうとしている不審人物』の情報がウィシャートのもとへと届く。

 すると、「なるほど、ノルベールが言っていた香辛料ってのはこのことか」と勘付き、「なぜノルベールがそこまで香辛料に固執するのか……こいつら、何か企んでないか?」と疑ったのなら、長期間の監禁も頷ける。

 ビビリなウィシャートは、身近な者の裏切りを何よりも警戒しているだろうからな。

 

「で、ノルベールが長期間監禁されてる中、なんでベックマンは釈放されたんだ?」

「折よく、第一王子からノルベール様が長く戻らないことを心配する手紙がウィシャートのもとへ届いたのであります」

 

 第一王子としては、オールブルームに乗り込むための火種を撒いたのに音沙汰がなかったわけだ。

 それで焦れたのか。

 

「で、第一王子相手にうまく言い逃れするための協力と引き換えに、お前を外に逃がしたのか」

「そうであります。ただ、私は一つウィシャートと約束させられたのであります。……このことは決して口外せぬように、と」

 

 このこと――ってのは、ノルベールの監禁のことだろうな。

 

「って、お前。俺らに全部話してるけど、いいのか?」

「それはですね! バレなければ問題ないということに気が付いたのであります!」

 

 ……なんだろう、この馬鹿っぽい思考回路。

 まぁ、『精霊の審判』を約束した本人にかけられない限り、嘘は吐き放題だという発想はあながち間違いではないが。

 

「それからほどなく、ノルベール様が裁判にかけられると聞き、私はウィシャートの館へ押しかけたのです。裁判になれば確実にノルベール様に不利な判決が下されると」

「第一王子に助けを求めるとかしなかったのかよ?」

「私一人ではバオクリエアまでたどり着けないですし、私は船が大の苦手なのであります!」

 

 ……こいつ、使えない。

 

「そして、裁判はウィシャート家で行なわれ、そしてノルベール様は国外追放になったと……でも、それは嘘なのであります!」

 

 統括裁判所ではなく、領主であるウィシャートの館で裁判を行ったらしい。

 誰もノルベールを見ていない、完全密室の裁判だ。

 

「だから、私はその日から来る日も来る日もウィシャートの館へ赴き『ノルベール様を返せ』と訴え続けたのであります!」

「お前、よくカエルにされなかったな。口外しないんじゃなかったのかよ」

「あっ!? そう言われてみれば!?」

 

 ……この程度の知能だから放置されたのか?

 いや、ノルベールがどうにか言いくるめるか脅すなりして手を出させなかったんだろうな。

 

 でも、こいつに救出を託すって……胃が痛そうだ。

 

「で、バオクリエアから戻ってみて、ベックマンの話を聞いた結果、どうやらノルベールはずっとウィシャート家に捕らえられているらしいと結論付けたわけだ」

「それが、お前がウィシャート家を潰したい理由か?」

「あぁ。ノルベールの遺骨でも見つかれば、第一王子が攻め込む理由にはなるだろうからな」

「……強引に『遺骨』を作るような真似は、させねぇぞ」

「ふん……こりゃ、口が滑っちまったか」

 

 ゴッフレードは危険だな。

 最初から行動を共にするのは避けた方がいい。

 ある程度、確証を得て方向性を決めるまでは。

 

「よし分かった。それじゃあ、次は俺の話を聞いてもらおうか」

 

 

 ノルベールとゴッフレードの関係もなんとなく見えたし、ゴッフレードの腹積もりも分かった。

 そろそろ、こっちから動き出したいと思っていたところだ。

 

 いいように働いてもらおうじゃねぇか。なぁ、ゴッフレード。

 

 

 

 

 

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