『お客様の中にレース』
それは、四十二区区民運動会実行委員会が総力を挙げてこの世に誕生させた、まったく新しい競技である――
なんてことはまったくなくて、単純に『借り物競走』をベースにちょこちょこっと手を加え改造した『来賓の方にも参加してもらえるコミュニケーション用競技』である。
まぁ、単純な話、実行委員会で『借り物』の案を出したんだが……『根性』とか『すごいお宝』とか『千年に一度の至高の鶏卵』とか、どうやって持ってくるんだって物ばっかりが挙げられ、しまいには『ウーマロ』や『ポンペーオ』『一本毛』など名指しにまで発展してしまい「あ、こりゃダメだ」と相成ったわけだ。
そもそも、『借り物競走』を知らない連中に『適度な借り物』って物がなんなのか、それを理解させるのが難しかった。
『マグダのまさかり』なんて、常人には持ち運べない物まで挙がってたからな……あいつら、「これなら勝てる」って物ばっかり選出しやがって。
それで俺が『適度な借り物』を例としていくつか挙げたら、「つまんない」とか抜かしやがって……いいんだよ『ハサミ』とか『栓抜き』とか『椅子』とか『Gカップ以上のブラジャー』とかで。当たり外れがあって、何を引くかによって難易度が変わり、運動音痴にもワンチャンある競技、それが借り物競走ってもんなのだ。
……なのに。
「ねぇ、ヤシロ。会場は東側の外れだよ? 誰がそんな場所に『ハサミ』や『栓抜き』を持ってくるのさ?」
などと、エステラがもっともな意見を言いやがった。
運動会を見るのに『ハサミ』は持ってこねぇよな。かといって、近くの家から借りてくる……って出来るほど、近くに民家は存在していない。
「じゃあ、ブラジャーだけ採用ってことで……」
「練り直しだね」
「いや、今付けているヤツでいいんだぞ? それなら、各種各サイズそろい踏みだろう? でな、『あれ、この人はCかな? Dかな~?』って推理してよ、で、粘り強い交渉の結果ゲットしたら『うわ~、Eカップかよ~、おしい~!』みたいな白熱した展開が――っ!」
「さぁ、みんな。何か案を出してー! あと、ヤシロ、うるさい」
的なやりとりの結果、『借り物競走』は没となった。
あれは、学校という割となんでもある場所で行われるから成立するものだったんだな。
――というわけで、『借り物競走』の代打として生み出されたのが、この『お客様の中にレース』だ。
ルールはほぼ『借り物競走』と同じ。
コースの途中にある紙を引き、そこに書かれている『人物』を観客の中から見つけて一緒にゴールする。
『物』ではなく『人物』にすることで、地理的不利を解消したわけだ。
で、そのお題となる『人物』を探す際には「お客様の中に○○はいませんか~?」と声をかけるのだ。
紙に書かれているのは職業や身体的特徴、たとえば『自分より背の高い人』や『ケモ耳美少女』など。それ以外では『自分より大食いな人』『自分と仲のよい人』『自分が憧れている人』なんてものもある。
やたらと『自分より』なんて言葉が目立つのは、主観によって左右されないためだ。165センチの男を『背が高い』と思うか『背が低い』と思うかは、その個人によってまちまちだからな。
比較として『自分』を入れておく。
……こっそり、『自分よりおっぱいの大きな人』ってのを紛れ込ませておいたのだが……ジネットが引き当てちまったらアウトだな。そんなヤツ、この四十二区には存在しないからな。
ちなみに、絶対に無理だと判断された場合は、実行委員に申告の上で引き直すことが出来る。
たとえば……『ロレッタより普通な人』とか『レジーナより病んでいる人』とか『ベルティーナよりたくさん食べる人』とか、探せばいるかもしれないが、こんな短時間では到底探し出せないだろうと思われるような高難易度の物は交換が可能となっている。
『自分』を基準にしているから、同じお題でも難易度に差が出てしまう。そのための救済措置だ。
「お客様の中に、農業ギルドの方はいませんか~?」
「お客様の中に、私よりも背の低い……あっ! いたぁー!」
そんな声を張り上げて、レースは順調に進んでいる。
第一走者は各チーム二人ずつの計八人。コース上には常に各チーム二人ずつ投入することが出来る。
紙に書かれた条件に合う人物を連れてゴールすれば、その選手は捌けて新たな選手がスタートする。
ゴールすれば何度でも競技に参加でき、何度でも点数を稼ぐことが出来る。
一人ゴールする度に1ポイントが加算され、制限時間内であれば何ポイントでも稼ぐことが出来るのだ。
百回ゴールすれば100ポイントだ。
逆転だって狙える! ……まぁ、相手も同じくらいポイントを稼ぐんだろうけどな。
連れてくる『人物』は、一応「観客の中から」ということになっているが、自軍からでも敵軍からでも引っ張ってきてOKになっている。
……が、なるべくは競技に参加できない観客を巻き込んでやれと伝えてある。
ほら、見てるだけじゃつまんないだろ?
参加すれば一緒になって楽しめるし……貴賓席の連中が楽しめば、次回以降金を引っ張ってきやすくなるじゃねぇか……なぁ?
会場に来ている観客たちにもその旨はアナウンスされ、中には見て分かるくらいに鼻息を荒くしているヤツもいる。
そう、たとえば……
貴賓席で腕まくりしている、お隣の領主とかな。
「おい、陽だまり亭の普通っ娘の妹! お前今、俺をチラッと見たろ? なんだ? なんて書いてあったんだ? 俺が領主だからって遠慮なんかすんな。言ってみろ、協力してやってもいいぞ!」
「え……あの…………『自分より年下の人』……だよ?」
「ちぃっ! 次だ次! おぉーい、そっちの! そうだお前だ! 今俺を見たよな? 見たよな?」
……必死過ぎて怖ぇよ、リカルド。
お前、なんでそんなに参加したいの?
「素直に、エステラのチームに入れてもらえばいいのに」
「えぇ……ウチにはいらないから、白組にあげるよ」
「リカルドとゲラーシーはいらん」
偉そうなくせに大して使えない。
不良債権もいいとこだ。
「ずいぶんとご不満だったようですよ、ルシア様とトレーシー様がご参加なさっていることに」
ナタリアが聞いてもいないリカルド情報を寄越してくる。
「『まぜて』と頭を下げることも出来ないくせに、仲間に入れてもらえないと『ズルイ』と文句をつける。……ガキですね。へっ」
あからさまに小馬鹿にした顔で。
「あとでうるさそうだからわざわざ招待状まで出してあげたのに……何が不満なんだろうね、リカルドは」
「招待状を出したのか?」
「うん。ナタリアに頼んでね」
「はい。『お忙しいでしょうからくれぐれもご無理はなさいませんように』と、遠まわしに『来るな』という思いをこれでもかと詰め込んだ文面でお手紙をお出しいたしました」
ホント、とことん領主の意向に沿ったいい給仕長だな、ナタリアは。
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