異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

365話 明日はきっと、いい日になる -1-

公開日時: 2022年6月14日(火) 20:01
文字数:3,718

 ウィシャートの館での騒動から四日。

 統括裁判所から「裁判はこっちでやるからもう首を突っ込むな」という脅しめいた通達があり、なんだかなぁ~な顔をしていたエステラの気分を晴らすために港へやって来たわけなのだが……港に着くと、そこは戦場だった。

 

「だぁ~からっ! レンガはもっとオシャレに、デザイン性を重視して華やかに並べろつってんだろぉがっ!」

「だぁかぁるぁぁあ! そんな小せぇレンガじゃ、何十トンも海水を入れた荷車に耐えられねぇっつってんだるぉうぐゎ!? てめぇ、一年で何万回レンガ交換繰り返す気だ、ごるぁ!?」

「はっはっはぁ~っ! これだから知識の乏しいヤツは……! いいか? 組み方一つで何十倍も強度を上げる方法があるんだよ!」

「どっちの知識が乏しいんだ、おぉうん!? 港舐めてんじゃねぇぞデザインバカ! このスペースにかかる負荷は大通りの比じゃねぇんだよ!」

「新しい観光名所になる場所が、灰色一色の、味も素っ気もねぇ見栄えじゃ困るっつってんだよ、田舎者!」

「味や素っ気の前に、足元がグダグダのボロボロだったら観光客なんか危なくて寄り付かねぇって何遍言わせる気だ、世間知らず!」

「やんのか!?」

「上等だ!」

「やめんかーい!」

 

 近くにあったハンマーを投げつけてみた。

 ……ち、かわされたか。

 

「おいおい、ヤシロさん!? シャレにならねぇ凶器投げんじゃねぇよ!?」

「当たったら死ぬとこっすよ!?」

「え? いけない?」

「「悪魔か、あんたは!?」」

 

 だって、折角いい天気で、うっきうき気分で完成間近の港を見学しようと思ったら、暑苦しい大工同士の小競り合いが目に飛び込んできて――

 

「やしろちゃん、『いらっ☆』ってしちゃったじょ!」

「うわぁ……目に来るなぁ、ヤシロさんのブリっこ……」

「俺も、生まれて初めて……網膜が痛ぇ」

「ウーマロー! この失敬な大工、いる人材?」

「いるッスから、どっから持ってきたか分からないノコギリを手放してッス!」

 

 ウーマロが飛んできて、俺の手から『頸動脈カッター』を没収する。

 折角いい感じで手に馴染んで、『ふれでぃ君2号』って名前を付けて持ち帰ろうかと思っていたのに。

 ん? 1号? 知らんがな。どっかにいるんじゃね? 知らんけど。 ノリだノリ。ノリで2号なの。

 

「黙らせろよ、見苦しい」

「何回も言ってるんッスけど――」

「でも棟梁! 見た目は大事ですよね!? お披露目で『あ、なんか地味』ってがっかりされるのは看過できないですよね!?」

「いやいや、トルベックさん! 工事は安全第一! 使用に不安が残るような工事、トルベックさんなら許可しませんよね!?」

「――と、ずっとこんな感じなんッス」

 

 ウーマロが耳を垂らしてため息を漏らす。

 大方、どちらの意見も頷ける部分があって、どうしたもんか決めかねているのだろう。

 

「計画段階ではどうなってたんだよ?」

「俺の案より地味~なデザインで」

「俺の案より脆弱な耐久力でした」

「そうそう、こいつの案くらいの地味さでした」

「確かに、こいつの案くらいの脆さでしたね」

 

 つまり、どちらも基準は満たしてるわけだ。

 より美しくするか、より頑丈にするか。

 合格ラインを超えている以上、どっちかを否定するのは困難だよなぁ。

 

「そうだ! この際、ヤシロさんに決めてもらおうぜ!」

「おぉ、望むところだ!」

 

 ん?

 なんか大工が言い出したぞ。

 

「ヤシロさん! ヤシロさんなら分かってくれますよね!? デザイン性の重要さ!」

「いいや、ヤシロさんなら安全の尊さを分かってくれるに違いない!」

「美しい景観は人の心を高揚させて、テンションが上がった観光客は財布の紐が緩くなりますよね!? ヤシロさん、お金好きでしょ!?」

「見てくればっかで危険な場所なんか安心して観光できないっすよね!? 人が来なきゃ、財布の紐も何もないっすよね!?」

「子供らは楽しいのが好きなんだよ! ヤシロさん、子供好きですよね!?」

「子供好きのヤシロさんならなおのこと、安全面を重要視してくれるっすよね!?」

「その前に、俺、ガキは嫌いなんだが?」

「「でも、幼女は好きでしょ!?」」

「よしお前ら、その誤った意識から叩き直してやる。歯ぁ食いしばって三転倒立しろ」

「「何やらされんの俺たち!?」」

 

 人を、金にがめつくなったハビエルみたいに言いやがって。

 

「ヤシロさんはどっちが正しいと思います!?」

「デザインと安全、どっちが重要だと思います!?」

「「さぁ、どっち!?」」

 

 大工が揃って手を差し出してくる。

 テレビの公開お見合いショーか。「ちょっと待った!」の状況か。

 なんか、オッサン二人に取り合われてるみたいで、若干腹立つな。

 

「お前らは、俺が決めたことに従うんだな?」

「はい! ヤシロさんが言うならこいつも納得するでしょう」

「もちろん! ヤシロさんに言われりゃこいつも大人しく従いますよ」

「じゃあ、二人とも、俺の言う通りに作業するんだな?」

「「はい! もちろん!」」

「あ~ぁ……オイラ、知らないッスよ」

 

 何かを察知したのか、ウーマロがそそそ~っと二人の大工から距離を取った。

 

「それじゃあ、今日中に、デザイン重視で――」

「よっしゃ!」

「ちきしょー!」

「ちょっとやそっとじゃ壊れないくらい頑強な地面にしておくように」

「「……え?」」

 

 大工二人が呆けた顔で俺を見る。

 何見てんだよ。さっさと作業に取り掛かれよ。

 

「……えっと、ヤシロさん?」

「つまり、どっちなんですかね?」

「両方だ」

「「両方!?」」

 

 当たり前だろう。

 観光客のテンションが上がるような美しさは必要だし、安全面は最低条件だ。

 合格ラインだからOK? 舐めんな。

 妥協なんか許されるか!

 現状よりいい物が作れるなら、限界までいいものを提供しろ!

 

「イメルダが納得するくらいの美しさで、ハビエルとメドラが大喧嘩しても壊れないくらい頑丈な地面に仕上げておくように」

「「いやいやいやいや! 無理っすよ、そんなの!?」」

「それともなにか? トルベック工務店とカワヤ工務店の大工って、仕事に手ぇ抜いて、妥協とかしちゃう感じなのぉ~?」

「そんなことないッスよ!? そんなの、オイラが許さないッス!」

「こっちも、妥協だ手抜きだなんて、とんでもない! お天道様が空へ昇る限り、カワヤ工務店はすべての作業に全力ですよ!」

 

 両工務店の棟梁が鼻息荒く宣言する。

 そして、棟梁に火がついたことで、騒いでいた大工二人が「……あ、やってもうたかも」と顔を青くする。

 

「明日は領主様が直々に計画立案された、大々的なイベントが開催されるってのは、知ってるよな?」

 

 今さらながらに冷や汗を垂らす大工二人の肩に手を置いて、俺は満面の笑みで語りかける。

 

「それだけ期待されている港だからさ、全力……出そうよ?」

「いや、それは……」

「両方となると、さすがに、いろいろと……材料の強度とか、予算とか……」

「え、なに? 四十二区ごときの領主のためには全力は出せないって?」

「「そんなこと言ってないすよ!?」」

「あの領主バカだから、手ぇ抜いても気付かねぇよって?」

「「思ってない! 思ってないっす!」」

「いつまで経っても成長しねぇなぁ、あの胸って?」

「「それは、まぁ……」」

「面白い話をしているじゃないか、諸君?」

「「ぎゃぁぁあ! 微笑みの領主様っ!?」」

 

 俺にまんまと乗せられて、エステラの接近に気が付かなった大工たち。

 甘いなぁ。エステラは気配を消しきれてないんだから、ちゃんと気付かなきゃ。

 隣を歩いていたナタリアの気配は一切感じなかったけれども。

 

「明日の完成記念イベント、ボクは心から楽しみにしているんだ」

 

 にっこりと笑う微笑みの領主様。

 背中から暗黒のオーラが立ち上ってるぞ、微笑みの領主様(闇)。

 

「素晴らしい港が完成することを期待――いや、確信しているよ。……ボクの期待を、裏切らないようにね」

「「……は、はぃ……」」

 

 貴族からの強烈な圧力をかけられ萎れる大工。

 遠巻きに眺めて安心しきってるその他の大工たち……お前ら、他人事だとか、勘違いしてない?

 

「じゃ、ウーマロ。あとよろしく」

「お前ら全員集合ッス!」

「カワヤ工務店も集合! 駆け足!」

 

 各所で作業をしていた大工が集められる。

 

「え~、この二人の不手際の結果……今日は徹夜が確定したッス」

「えぇー!? 今日は最終確認だけで、早めに上がれるって言ってたじゃないすかぁー!」

「こいつらのせいッスよ!? よりにもよって。ヤシロさんを担ぎ出したんッス!」

「……うわぁ……ないわぁ……」

 

 なんだろう。

 大工の間で、俺ってどんな印象なんだろう。

 ……じっくり聞いてみたいなぁ……じっくり。

「ヤバい! 目ぇ合わせるな! 食われるぞ!」とか、酷くなぁ~い?

 

「カワヤ工務店の連中にも、いい機会だから経験してもらうッス」

 

 ウーマロが、オマール・カワヤの肩に手を乗せ、げんなりとした笑顔を向ける。

 

「……お前らが甘いだなんて勘違いしているヤシロさんの、本領ってヤツを……ッス」

 

 ごくりっと、オマールが唾を飲み込み、大工一同が寂びたブリキ人形のような動きで俺を見る。

 

「やるって言った以上、出来なきゃカエルな☆」

「「「……悪魔だ。悪魔がいる」」」

 

 なかなか失礼な者が多いようなので、俺は強力な助っ人を用意してやることにした。

 イメルダと、ハビエル&メドラ。

 

 ……さぁ、合格目指して、レッツ社畜☆

 

 

 

 

 

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