「おにーちゃん!」
「おねーちゃん!」
俺たちの足下に、ガキどもが群がってくる。
そりゃまぁ、目の前で食われたら欲しくもなるわな。
「おぅ、お前らも食え! 分けてやる!」
意外なことに、デリアが甘い物を他人に分けた。
俺は一瞬自分の目を疑ってしまった。
デリアはガキには優しいんだな。
もしこれがオメロだったら……取られないように先手を打って川に沈めていたことだろう。
「美味いか?」
「「「おーいしー!」」」
「だってさ。よかったな、店長!」
「はい。みなさん、よく噛んで食べてくださいね」
「「「はーい!」」」
そして、あれよあれよという間に、弁当箱にぎっしり詰まっていたたい焼きは、一尾残らず姿を消した。……って、おい!
「あ~ぁ、ミリィの分が……」
「一度戻って、また焼きましょう。ね?」
ミリィの方を先にしていれば、こういうことにはならなかったんだろうがなぁ。
「あ……おねーちゃんたちの分……」
「シスターの分……」
口の周りにあんこを付けた、年端もいかないガキどもが急に沈んだ顔を見せる。
どうも、自分たちだけ美味いものを食って、教会にいるベルティーナや年上のガキどもたちの分がなくなってしまったことに罪悪感を抱いたらしい。
……なんで、あのベルティーナの元で、こんな「食べ物を分け与えてあげたかった」みたいな思考の子供が育つんだろうか…………反面教師か?
つか、ベルティーナはすでに食ってるしな。試食で。……ガキどもに内緒にしてたわけでもなさそうだし…………あぁ、そうか。食べた食べないに関係なく、美味しいものを食べる時はベルティーナと一緒って刷り込まれてるのか。洗脳だな、もはや。
「みんな、シスターが喜ぶ顔が大好きなんですよ」
そんなフォローを、俺の考えを知ってか知らずか入れてくるジネット。
その後、ガキどもの目線に合わせるようにしゃがみ、語りかけるように言う。
「大丈夫ですよ」
そして、ちらりとこちらへ視線を飛ばしてくる。
「ね、ヤシロさん」
何かを言いたげな目が俺を見る。
やめろ。その目で俺を見るな。
……ったく。
「年長組とベルティーナは『宴』に行くからな。そこで食えるし、『宴』が終われば陽だまり亭でも販売する。いつだって食えるよ」
「「「ほんと!?」」」
「あぁ。お留守番組の特権だ。先に味見したって構わねぇよ」
「じゃあ、他のお留守番の子も呼んできてい~い?」
「………………まぁ、夕飯の後、ならな」
「「「わーい!」」」
しまった。
流れでたい焼きをご馳走する羽目になってしまった。
まったく。ジネットに絡むといつもこうだ。あいつが俺の感性とか危機感知能力とか、そういった類いのアンテナを機能不全に追い込んでいるに違いない。
まったく、ジネットは……俺はガキなんぞ好きでもなんでもないのに……
「ははっ。ホント、ヤシロは子供らに甘いよなぁ」
「そうですね」
何がおかしい、デリア。何を笑ってやがる、ジネット。
勘違いも甚だしいわ。
泣く子もギャン泣きする鬼の詐欺師だぞ、俺は?
なんにも分かってねぇんだから。そのうち痛い目見ても知らねぇぞ。
……痛い目見てるの、俺ばっかりな気がする。
理不尽だな、この世界は。
きっと精霊神の性格がひねくれてるのがいけないんだろう、うん。きっとそうだ。
「それで、足漕ぎ水車はどんな感じなんだ?」
「あぁ、そうそう。もう酷いんだよ最近」
ガキどもがたい焼きの感想をジネットに一生懸命話して聞かせている間に、デリアと足漕ぎ水車の確認をする。
ガタガタしているということらしいが。
「説明するより見てもらった方が分かりやすいか。ヤシロ、ちょっと漕いでみてくれよ」
「壊れかけの水車と知って、誰が漕ぐか」
濡れたくないんだっつの、俺は。
「んじゃあ……おい、誰か。ちょっと漕いでみてくれ~」
「はーい!」
さっきまで順番待ちをしていたガキが小走りに近付いてきて、ノーマ手製の手すりに掴まって水車を漕ぎ始める。
水音を上げて回り始めた水車は、途中で激しくガッコンと揺れた。
水車に乗っていたガキが大きく揺さぶられる。
「あっ、危な……っ」
「大丈夫だよ、店長」
思わず声を上げ駆け寄ろうとしたジネットをデリアが制止する。
「下手に近付く方が危ないんだ。あたいも何回か落ちちまったしな」
「そう、なんですか?」
「あぁ。それに、ほら」
「きゃははははー! ガッコンするー!」
「……な?」
「確かに……楽しそう、です、ね?」
特定の場所でガタンと揺れる水車。
タイミングが分かっているのか、ガキはうまく体重を移動させて転落しないように漕ぎ続けている。
しかし。危ないな、これは。
「ちょっと前までは、もうちょい大きい子供らも結構来ててさぁ、誰が一番速く漕げるかで競争とかしてたんだけどさぁ」
「そんなことしてたのか」
「あぁ! あたいが絶対王者だったぞ!」
「お前も参加してたのかよ!?」
しかも、手加減一切なしっぽいな、その顔は。
「でも、ガタつくようになってから人が来なくなってな」
足漕ぎ水車を堪能したガキを抱き下ろしてやり、無人になった水車をぽんと叩くデリア。
なんだか寂しそうだ。
こいつはこいつで、ここでガキどもと遊べるのを楽しみにしていたのだろうか。
「ノーマが作った『とどけ~るナントカ』ってガッコンガッコンする遊具が面白いって、完全に向こうに人気を取られちゃったんだよなぁ」
「遊具じゃねぇよ、アレ!?」
そんな妙な人気を得てるのか?
おまけに、「ガッコンガッコン」の生みの親がノーマだから、『とどけ~る1号』はノーマが作ったことになってるのか。
つか、『1号』くらい覚えろよ! 敵対心が垣間見えるっつの!
「だからさ、ヤシロ! 水車を直して、もう一回子供たちの人気を取り戻してくれ!」
「目的変わり過ぎだろ!?」
お前の依頼で水不足の解消をするために作ったんだぞ、この足漕ぎ水車!?
忘れちゃったか!?
忘れちゃったんだろうなぁ、もう!
「ヤシロさん。この状況は少し危険だと思いますので、なんとか出来るようなら、その……」
「いや、そりゃ直せるようなら直すけどさ」
「ホントですか!? ありがとうございます」
なぜかジネットに礼を言われてしまった。
教会のガキどもを危険から守りたいという思いの表れなのだろうが……そんな、自分のことのように喜ばなくても。
「じゃあ、ちょっと見せてもらうな」
危ないからと、水車への接近を禁止する。
下手に近付くと川に落ちるかもしれないからな。……俺が。
デリアあたり、予告なく水車を回してみたりしちゃうかもしれないし。そんなわけがないと言い切れるヤツがいるか? いないだろう? デリアはそういうヤツなのだ。
悪気なんてない。素で自由奔放なのだ。……だから怖い。
「うぉっ!? ……なんだこりゃ?」
水車の側面に回り込み、軸受けを覗き込むと、軸と触れる部分が真っ黒に炭化していた。
……水車だぞ? 燃えたのか?
この水車の軸は一本の太いヒバの木を使用している。それを受ける軸受はV字の木製パーツを二つ組み合わせた構造になっている。
V字の形に加工された木に軸を載せ、反対側から同じくV字の木をかぶせてひし形の穴で軸を受けている。軸が円柱で軸受けがひし形なので互いの接地面積が少なくなり、摩擦も比較的抑えられている。が、なんとも原始的な軸受と言える構造だ。
とはいえ、これくらいの簡単な足漕ぎ水車ならこの程度で十分なはずなのだ。常時動き続ける水車ではないし、馬車の車輪のように速度も出なければ加重もそれほどない。
ただ、計算外だったのは……水に濡れた軸が熱で焦げるほどの勢いで回していたデリアとガキどものパワーと手加減の出来なさ加減だ。
「張り切り過ぎなんだよ」
「まぁ、子供らはいつも全力だからなぁ。しょうがないよな」
「お前だ、お前! この足漕ぎ水車の最速クイーン!」
「なはは。褒めんなよぉ、ヤシロ。照れるだろう」
褒めてねぇって……
軸は炭化し、軸受けは想定以上の加重によってひしゃげていた。
円ではなくなった軸の外周と歪んだ軸受けが原因で「ガッコン」が起こっていたわけか。
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