陽だまり亭に戻ると、そこには異様な空間が広がっていた。
「あ、ヤシロさん……!」
ジネットが俺を見つけて駆け寄ってくる。
「いつからこの状況だ……?」
「それが……もう一時間近くも……」
陽だまり亭の中には、筋肉ムキムキの厳つい男どもが十数名突っ立っていた。腰には、これ見よがしにデカイ剣をぶら下げている。
どいつもこいつもデカい体つきで、何をするでもなく突っ立っている。
中央の席に、ただ一人椅子に座っているロン毛の男がいた。
ニヤついた顔で店に入ってきた俺たちを見つめている。
他に客はいない。
これくらいの時間なら、普段は子供連れのママ友グループがケーキを食いに来ているはずなのだが……新作ケーキを作ったってのに、これじゃあ台無しだ。
「君」
短い言葉を発し、エステラが一人で椅子に座るロン毛の前へと歩いていく。
「これはなんのつもりだい? 営業妨害ならしかるべき処置を取らせてもらうよ?」
「営業妨害~? はぁ? なに言ってんだお前~?」
神経を逆撫でするようなしゃべり方だ。
そして、ニヤニヤと吐き気のしそうな顔でエステラを見つめる。
人をおちょくって楽しんでやがるのだ。
「そこの姉ちゃんが『ごゆっくり』つったから、ゆっくりしてるだけなんだけどぉ~?」
ジネットに視線を向けると、ジネットは困った顔をしてこくりと頷いた。
ジネットはいつも『ごゆっくり』と言っている。
なるほど……今度はこういう手で来たか。
「それとも何かぁ? ゆっくりしちゃいけねぇのに『ごゆっくり』なんつったのかぁ? んじゃあ、あの姉ちゃんはカエルになってもらうしかねぇなぁ?」
ロン毛の言葉に、フロアを埋め尽くす男どもが一斉に笑う。
「常識的に考えて限度があるだろう!?」
「悪ぃなぁ~、オレ、常識がねぇ~んだわぁ~」
また、男どもがドッと笑う。
エステラが腹立たしそうに唇を噛む。
こういう、最初から話し合うつもりのないヤツ相手に、理詰めは通用しない。
エステラが苦手とするタイプだろうな。
よし、俺がちょっと探りを入れてみるか。
「すまんが、ここは『お客様』が寛ぐ場所なんだ」
突っ立っている大男どもに視線を巡らせる。
「注文すらしていない『お客様ですらない人間』が長期滞在するのは、営業妨害以外の何物でもないよな?」
そういう反論も想定済みだったようで、ロン毛の男は「待ってました」とばかりに舌なめずりをした。
「オレは、紅茶を頼んだぜ?」
「周りの男たちは?」
「こいつらは何も頼んでねぇ。だから、座ってねぇだろ?」
「座ってないから『滞在』にはならないと?」
「あぁそうだ。邪魔なんかしてねぇぜ。他の客が来りゃあすぐにでも退けるさ。席も空けてあるだろう? 好きに座ればいい。そうだろう?」
「じゃあ言ってやろう。邪魔だ」
「店員がお客様に向かってその口の利き方は感心しねぇなぁ」
「客ではないと言ったのはお前だったろう?」
「あぁ、そうだ。だが、これから客になるかもしれねぇ人間だぜ? それをそんな邪険に扱っていいのか? えぇ、接客業さんよぉ。悪い噂ってのは、あっという間に広まるもんなんだぜ?」
それは、暗に『あることないこと噂を広めて無茶苦茶にしてやるぞ』という脅しだ。
「客ではない者が長時間店内に滞在するのは営業妨害だ。バカでも分かる理論だが、バカだから分からんか?」
「おいおい。調子ん乗ってっと殺すぞ?」
「そうしたら、すぐにでも追い出せるなぁ。やってみるか?」
ハッタリ野郎にはハッタリだ。
こいつは手を出してはこない。というか、手を出した方が負けなんだ、こういうのは。
「……ちっ。なかなか肝の据わったヤツがいるじゃねぇか」
ロン毛が顔を歪める。
だが、すぐにニヤケ顔を浮かべて俺を睨む。挑発的に。
「分かったよ。ここにいるヤツらは全員オレのダチで、オレに付き添ってここに来てくれたんだが……付き添いのヤツがそう長時間いりゃあ文句も言われちまうよな? 当然だよ」
なんだ? 次は何を仕掛ける気だ。
「おい」
「へい」
ロン毛が声をかけると、ロン毛の後ろに立っていた男が一人、テーブルに着いた。
そして、ジネットに向かって野太い声で言う。
「客だ。メニューを持ってこい」
「え? あ、はい!」
ジネットがカウンターへ戻りメニューを持っていく。
「茶だ。一番安いヤツを寄越せ」
「は、はい……」
ジネットが俺をチラリと窺う。……まぁ、出すしかないか。
俺が頷くと、ジネットは厨房へ入っていった。
「くはははは! さすがに『ごゆっくり』は言わねぇか! けっ! サービス悪くなったんじゃねぇーの、この店ぇー!」
ロン毛の言葉に、大男たちがげらげらと笑い出す。
「で? これはなんのマネだい?」
静かに怒りを溜めるエステラが、怒りのこもった声で尋ねる。
その神経を逆撫でするように、ロン毛はいやらしい目つきでエステラを舐めるように見つめる。
「俺の付き添いは、たった今、そっちの男の付き添いに変わった」
「はぁ!?」
「まさか、客以外が立ち入り禁止ってわけでもねぇだろ? 少しくらいの滞在は許されるよなぁ? 何分だ? 何秒か? どれだけでもいいぜ、お前が決めてくれ。その時間が経った時点でそいつの連れじゃなくなる。代わりにオレの連れになるがな」
「そんな屁理屈が……っ!」
声を荒らげるエステラを、俺は止める。
目の前に腕を出し、言葉を遮る。
お前はしゃべらなくていい。こういうクズいヤツは……俺の獲物だ。
「よく分かったよ」
「へぇ。じゃあ、オレの言うことが正しいって認めんだな?」
「好きなだけいろよ。一年でも十年でも。気が済むまで居座り続けろ」
「はっはっはっはっ! そりゃいいな!」
ロン毛は腹を抱えて笑い、ゆらりと立ち上がって、俺の顔面をすごく間近から覗き込んできた。
ギラついた目が、すぐ目の前に迫る。
「んじゃあ、そうさせてもらうわ…………へひゃひゃひゃ」
気味の悪い声で笑い、勝ち誇ったように肩を揺らして座席に戻る。
どっかと腰を下ろして、これ見よがしに足を組んだ。
「ロレッタ」
「はいです」
俺はロレッタを呼び、店の隅っこへと連れて行く。
端のテーブルに座り、胸ポケットから紙とペンを取り出す。
「おつかいを頼む。お前はアホの娘だから忘れないように必要な物を書いてやるな」
「あたしアホじゃないですよ!?」
ロン毛と大男たちの視線が集まってくるのが分かる。
だが無視をして、俺は紙に『必要なもの』を書き込んでいった。
時刻は……十六時前…………時間的にギリギリか。
「もし人手が足りなけりゃ、お前の弟妹に助力を頼んでもいいからな」
「そんなに買うものが多いですか?」
「買うものは少ないが、お前はアホだからな」
「アホじゃないです!?」
俺は書き上げたメモをロレッタに渡す。
ザッと内容に目を通し、ロレッタの瞳がきらりと輝く。
「分かったです! あたしに任せるです!」
ドンと胸を叩いて、ロレッタはエステラの元へと行く。
「さぁ、エステラさん。あたしと一緒にお出かけですよ!」
「え!? ボクも!?」
「あぁ、行ってこい行ってこい。お前がここにいてもイライラしてるだけだろうしな」
「けど、ヤシロ……!?」
「いいから。……ロレッタを手伝ってやれって」
「………………」
エステラがジッと俺を見つめる。
そして、口角をクイッと持ち上げて不敵な笑みを浮かべた。
「しょうがないな。手伝ってあげるよ」
「では、行ってくるです!」
「あれ、お出かけですか?」
お茶を持って戻ってきたジネットが出て行くエステラとロレッタに問いかける。
「はいです!」
「ちょっとしたおつかいだよ」
「では、お気を付けて」
ジネットが会釈をし、エステラとロレッタを見送る。
その後ジネットはお茶を、客だと明言した大男のテーブルへと置いた。
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