「では、その情報紙に載ると仮定した、インタビューごっこをいたしましょう」
ナタリアが、懐からメモとペンを取り出し、記者のような振る舞いでリベカに質問をぶつける。
「好みの男性のタイプは?」
「う~む、そうじゃのぅ~……いきなり聞かれても困っちゃうのじゃ」
照れながらも、嬉しそうにリベカはにやにやと笑みを浮かべる。
こういうの、好きなんだな。
「ワシはちょっとばかり耳がいいからの、声の素敵な男性が好きなのじゃ。……あ、これはみんなには内緒なのじゃ! ここだけの秘密じゃ」
きゃーきゃーと、テンション高く騒ぎ立て、満更でもなさそうに語るリベカ。
耳がいい……なるほどねぇ。
そして、何度目かになる腰つんつん。
『僕、声には自信がありますっ!』
じゃあ、しゃべれや!
そんな筆談とかしてねぇでよぉ!」
ばっさりと無視を決め込んで、記者ごっこをする二人を見つめる。
ナタリアはぐいぐいとリベカに詰め寄って突撃取材を続けている。
「ずばり、現在気になっている男性はいますか?」
「えぇ~、そんなことまで話さねばいかんのか? 恥ずかしいのじゃ」
「じゃ、いいです」
「ちょっと待つのじゃ! そこはもっとこうぐいぐい来るところなのじゃ!」
珍しく、リベカのツッコミがもっともだ。
まぁ、俺的には「別にどうでもいい」ってのが正直な感想ではあるが。
「では! ずばりのずばり! 気になる男性は!?」
「い………………いる、のじゃ」
やっぱりか。
俺とエステラは、どちらからともなく視線を合わせ、静かに首を振った。
俺たちの予想通りだったって訳だ。
そっと背後を確認すると……
『え、それってまさか、僕? そうですよね! だって、あんなにも一途にずっと見つめ続けていましたもんね!』的な、信じられないようなポジティブシンキングを発揮してきらきら輝く笑みを浮かべるフィルマンがいた。……嘘だろ、おい。お前、盗み見てただけじゃん。どこから湧いてくるの、その自信?
「ちなみに……どんなところに惹かれたんですか?」
「そ、それはのぅ……」
目の前では、まだスターの恋愛スクープごっこが続いている。
……どうしよう。
前も後ろも、アホらしい。なんだ、この状況?
「囁き……なのじゃ」
「ささやき?」
「う、うむ……なんというかの、こう……囁くような声で『かわいい』とか『好きだ』とか言われるとの……耳の奥がこそばゆくてむずむずするのじゃっ……きゃっ☆」
リベカのそんな発言を聞いて、……フィルマンの顔から表情が抜け落ちた。
囁きが、耳にこそばゆいって……
フィルマンの顔には、「僕は、耳元で囁いたことなんてありません」と書かれていた。
そして、「え……もしかして、僕じゃ…………ない?」とも。
…………うわぁ、なんか、物凄くどろどろしたオーラを感じる。背後から。
暗・陰・闇・曇……なんだろう、俺の背後で魔神復活の儀式でも行われてるのか?
「さ……笹焼き、かもしれないよな? 笹も、ほら、焼くと香ばしくなるだろうし……」
「……ヤシロ。それは無理があり過ぎるよ」
俺の懸命のフォローを、エステラは無慈悲に切り捨てる。
バカお前、ここでなんとか盛り立てておかないと……
――不意に、腰がつんつんと突かれる。
いや~な気配を感じつつ、そろっと振り返ると、メモが差し出された。
そこには……
『旅に出ます。探さないでください』
「いや待て! それ、出た後で発見されるべき手紙だから! いや違う、そうじゃなくて落ち着けフィルマン!」
フィルマンの顔を見ると、涙と鼻水でぐっしょぐしょだった。
そこまでショック受けることないだろう!?
「………………………………もふぃっ!」
聞いたこともないような息を漏らして、フィルマンは駆け出す。
そして、貴族のお坊ちゃまらしからぬ俊足で、涙をまき散らしながら走り去る。
……泣き声すら上げずに。
「エステラ、追いかけるぞ!」
「そ、そうだね! ごめんね、リベカさん! ま、また、遊びに来るから!」
「なんだか大変そうじゃな。分かったのじゃ。次は絶対かくれんぼをするのじゃ!」
「うん! 約束する! それじゃ!」
「あぁ、あと、我が騎士がさっきから頑なに無視し続けておる、ミニスカのバーサはこっちで的確に処分しておくから心配無用なのじゃ」
「助かる! 心底助かる!」
実は、門の前から移動してからずっと、バーサが無言で俺にアピールし続けていたのだ。
ミニスカの裾を翻したり、太もものラインを指でなぞったり、ウィンクをしたり…………ホラーだ。見ちゃいけないヤツだ……憑かれる。
いろいろと混沌としたその場所から、俺たちは全速力で離脱した。
そして、前を走るフィルマンを追いかける。
なんとしても捕まえなくては!
あいつが旅になんぞ出てしまったら、ドニスがどれだけ怒り狂うか……
俺たちは、地面を蹴る足に力を入れ速度を上げた。
減速しないまま、目の前に迫ってきた角を曲がる――
「おぅ……っぷ…………もう、限界…………走れません……」
「スタミナ、少なっ!?」
角を曲がってすぐのところに、フィルマンが蹲っていた。
胃酸が逆流でもしているのか、真っ青な顔で口を押さえている。真冬の室内犬もかくやといわんばかりにぷるぷる震えている。
かけっこ、得意じゃなかったのかよ?
もっと体鍛えろよ、貴族の坊ちゃん。
「……とりあえず、館へ運んで差し上げろ」
「かしこまりました」
「あ、あのっ、女性に触れられるのは…………おぉっぷ!」
この期に及んでまだこだわるフィルマン。
エステラとナタリアが両手を上げて俺を凝視している。
……えぇ、俺が背負うの? …………はぁ~あ。
「背負ってやるから、館に帰っても騒がないと約束しろ」
「…………」
「断るなら、ナタリアがセクシーな吐息を漏らしながらお前を運ぶ」
「…………分かりました」
情報紙に載るくらい注目度の高いナタリアだ。
そんなことをされたら一瞬で噂が立つだろう。
フィルマンは渋々承諾し、俺の背中へと負ぶさった。
「…………リベカ……さん……ぐすっ………………リベ……」
「……えぇい、くそ…………じめじめと鬱陶しい」
俺の背でずっとめそめそ泣き続けたフィルマン。
想定していた最悪の結果になってしまった。
こうならないようにするつもりだったのに……フィルマンの恋煩いが思いの外煩わしくて、途中でどうでもよくなっちゃったのが敗因か。……あと、バーサの登場も、俺の精神に多大なる負荷をかけてきやがった。アレのせいで平常心を失ったと言っても過言ではない。
なんにせよ、この恋は最初から散る運命だったのだ。
ならば前向きに、背中の上の失恋男を励まして、領主へ意識を集中させるのが得策だろう。
ずっと聞こえる嗚咽と洟をすすり上げる音。
そんな音が不意に鳴り止んだ。
なんだと周りを見てみると、目の前に『ベナリベーカリー』と書かれた看板を掲げたミートパイ屋が建っていた。
なるほど。二十四区にもなると、『店名を記した看板』の有用性に気付くヤツもいるってわけか。陽だまり亭以外では初めて見たな。
……じゃなくて。
「ベナ『リベーカ』リー」って……
フィルマン……お前は、ホント、重症だな。
「…………リベカさん……」
そんな、弱々しい声に…………くそっ……ほんのちょっとだけ、「なんとかしてやれねぇもんかなぁ」なんてことを、考えてしまった。
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