異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

8話 最初の衝突 -2-

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:01
文字数:2,557

「あら?」

 

 教会を出て五分ほど歩いたところで、ジネットが不意に声を上げた。

 大きな畑のそばで、二人の男が話し込んでいた。

 

「あそこにいるのはモーマットさんと……」

「行商ギルドの、アッスントだね」

 

 必死に何かを訴えているワニ顔の男は、行きしに少し会話を交わしたモーマットだ。

 そんなモーマットと話をしているのは、ブタの顔をした恰幅のいいオッサンである。

 

「どうしたんでしょう? 何か、揉めているようですけれど……」

 

 ジネットが不安げな表情で眺める。

 揉めているというよりかは、モーマットが一方的に怒っているという感じに見える。

 アッスントという商人はむしろ余裕さえ見える、横柄な態度だ。

 

「少し様子を見に行こうか」

「そうですね」

 

 エステラが言い、ジネットが頷く。

 俺もそれに従い、三人揃って言い争う二人のもとへと近付いていく。

 

「そりゃねぇだろ、アッスント!」

「なんと言われましても、もう決まったことですので」

「あ、あの!」

 

 ジネットが声をかけると、二人のオッサンは言い争いをやめこちらを振り返る。

 アッスントは余裕な感じでぺこりと頭を下げ、モーマットはばつが悪そうにしかめっ面を浮かべ視線を逸らす。

 

「これはこれは、陽だまり亭の。いつもお世話になっております」

 

 アッスントがジネットに挨拶をする。

 ってことは、こいつが食堂にクズ野菜を卸している業者の一人ってわけか。

 

「どうかされたんですか? 何か、揉めていたように見えましたけど」

「いえいえ。ギルドの決定事項をお伝えしていただけですよ」

「それが一方的過ぎんだろつってんだよ!」

 

 飄々と語るアッスントに、モーマットが我慢ならぬとばかりに噛みつく。

 しかし、アッスントは柳に風だ。

 

「モーマットさん。何があったんです?」

 

 俺は肩で息をするモーマットに落ち着いた声で話しかける。

 こういう時は、怒っている方に話を聞くのが得策だ。どうせ、アッスントに聞いても都合のいいようにはぐらかされてしまうのだから。

 モーマット寄りの意見を聞けば、アッスントは勝手に反論してくる。それで両者の意見をスムーズに聞くことが出来る。

 

「何がも何も、こいつは今まで1キロ1Rbだったところを、5キロ1Rbで売れと言ってきやがったんだ!」

「そんな……それじゃあ、えっと…………」

 

 ジネットが指折り計算を始める。……暗算できないのかよ、食堂経営者…………

 しゃーない。俺が助けてやるか。

 

「五分の一の価格ですね」

「そうだ! そんな安値で買い叩かれちゃあ、こっちは商売あがったりだぜ!」

「そう言われましても、これはすでにギルドで決定したことですので」

 

 モーマットがどんなに激昂しようが、アッスントは「すでに決まったこと」の一点張りだ。交渉をしようという気すらないようだ。

 鷹揚に頭を下げ、話を終わらせようとする。

 

「今後はこの価格で買い取らせていただきますので、よろしくお願いいたします」

「待てよ! こんな買取額じゃ、俺たち農家は一週間と持たずに死んじまうよ!」

「……本当ですか?」

 

 モーマットの不用意な一言に、アッスントが食いついた。

 モーマットも失言したという自覚があったのだろう、言葉を詰まらせて黙ってしまった。

 

「『価格が変われば、モーマットさんたち農家の方々は一週間と待たずに全員死ぬ』と、そうおっしゃるんですね?」

「い、いや、それは言葉の綾で……」

 

 言葉に詰まるモーマット。しかし、アッスントは饒舌に、掴んだ勝機を逃さないよう捲し立てる。

 

「我らが尊き精霊神様は、虚言を何より嫌われます。もし、価格が変わることで皆様が死んでしまうというのであれば、ギルドとしても考えを改めなければいけません。ですがしかし、もしそれが虚言であったというのであれば……『精霊の審判』にかけさせていただかなければいけませんねぇ」

 

 アッスントがイヤらしく笑う。

 チェックメイト。そう言っているような目つきだ。

 

「どうでしょう? 試しに今回だけこちらの言い値で買い取らせていただけませんか? それで、農家の方全員が死んでしまわれるようなことがあるのかどうか、見極めさせていただきます。もし、死に直面した場合、すぐにでも差額分をお支払いし、次回以降は現在の倍額で買い取らせていただきます。ですが……」

 

 アッスントがモーマットに一歩、体を近付ける。それに合わせてモーマットは一歩後退する。

 

「もし、一週間経っても死の兆候すら見えないようでしたら、その時は『精霊の審判』を発動させていただきたいと思います」

「ま、待ってくれ! それだけは……!」

 

 今度は、身を引いたアッスントを追うようにモーマットが前進する。

 すがるように腕を伸ばし、アッスントに懇願する。

 その懇願を待っていたとばかりに、アッスントは満面の笑みを浮かべる。自分では聖者のような笑みのつもりなのか知らんが、これ見よがしに見せつけるように笑みを振りまいている。

 俺には、ハイエナの舌なめずり顔にしか見えないがな。

 

「では、そちらのお願いを聞く代わりに、こちらのお願いも聞いていただけますよね?」

 

 その一言で、モーマットはがっくりと肩を落とす。

 勝負あったと、悟ったのだろう。

 

「……分かった。5キロ1Rbでいい」

「いえいえ。違いますよ」

「……は?」

 

 情けない表情をさらすモーマットに、アッスントはさらに邪悪な笑みを突きつける。

 

「10キロ1Rbです」

「なっ!?」

 

 モーマットはアッスントに詰め寄り、両肩を乱暴に掴む。

 アッスントはされるがままで、しかし涼しい表情を浮かべている。

 

「だって、あんたさっきは5キロ1Rbだって言ったじゃねぇか!」

「それはさっきまでの話です。そちらが新たな条件を追加したのですから、こちらもさらに条件を追加させていただきませんと、釣り合いというものが取れません」

「だが、しかし、そんな……10キロ1Rbだなんて……それじゃあ、本当に俺たちは死ん……っ!」

 

 また、不用意な発言をしかけてモーマットは口をつぐむ。寸前で思い留まったようだが、もう遅い。最初の発言は取り消せない。

 

「まぁ、これはあくまで交渉ですので、気に入らないようでしたら蹴ってくださって結構なんですよ?」

「…………くっ」

 

 アッスントの肩から手を離し、モーマットはよろよろと後退していく。

 まるで意思を持たないからくり人形のようによたよたとした緩慢な動きで、完全に放心してしまっていると分かる。

 

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