追い立てられてやって来た大広場。
空の下の方が赤く染まり始める時間帯。
うっすらと暗くなり始めて、隣を歩くヤツの顔も影が濃くなっていく。
「あれ? 大広場にあんな柱、ありましたか?」
大広場の中央で存在感を発揮している巨大な柱。
八本の柱が密集して一本の太い柱のようになっている。
柱の上には芸術的と表現するのにふさわしい造形美あふれる飾りが取り付けられており、円を描くように密接する柱の中央には球状に削り出された光るレンガが輝いている。
光る球体を取り囲むオブジェたち。それは、背後から光を浴びて斜め下の地面に長い影を落とす。
「え………………へっ? …………えぇっ!?」
空の色が赤く染まり、街に暗闇が広がるにつれ、光るレンガに照らされたオブジェが生み出す影は色を濃くしていく。
大広場の中心に設けられた光の柱から八つの影が伸びる。
八体の黒いオバケの形となって。
「地面に、オバケさんが!?」
ジネットの声に、オブジェを見上げていた連中が一斉に足元を見る。
「一体、どこから? えっ、あのオブジェの影なの?」
「なにこれ、すご~い! かわいい~!」
「おねーしゃ、みて! ぉばけ!」
「うぎゃあああ! 影のオバケだぁああ! 姐さん、逃げましょう!」
「あはは! 騒ぎ過ぎだぞ、バルバラ。ただの影じゃねぇか。これ、ヤシロが作ったのか?」
「立案は俺だが、張り切ったのはあの三人だ」
驚く面々を見て力強くガッツポーズしている三人を指さしておく。
凄まじい達成感に酔いしれてやがてる。
ウーマロとノーマに相談された大広場のオブジェ。
当初の計画だと、夕方に傾く太陽の光を利用して徐々にオバケの影が道に伸びていくようにしようという話だった。
だが、それだと太陽の角度の都合で一方向からしか影が作れない。
こういう広場になると片側だけにしかオバケが生み出せないのだ。
おまけに、日が傾いてから沈むまでのわずかな時間しか影は出来ない。それでは、多くの者がオバケの影を見られない可能性が高かった。
そこで、俺は光るレンガを利用することを思いついた。
オブジェの背後に光るレンガを置いておけば、一日中オブジェを照らし続け、周りが暗くなるにつれ影がはっきりと地面に映し出されることになる。
夕方だけではなく、夜の間中オバケの影が地面に現れるのだ。
明るいうちは太陽の光がレンガの光を上回るためオバケの影は見えない。太陽の下で、懐中電灯を使った影を出そうとしてもはっきりと像を結ばないように。
しかし、日が傾き街に夕闇が迫ると、光るレンガが照らし出す影が姿を現し始める。
さながら、夜を待ち詫びていたオバケがこの世に顔を覗かせるかの如く。
当日が快晴とは限らないし、夕方に曇られたらアウトだったからな。
この改良は功を奏するだろう。
すべてのオブジェに光るレンガを組み込んだせいで費用はぐぐんっと上がったが、マーゥルの援助と、リカルドが購入したブーブークッションの代金を合わせれば賄える。
いや~、吹っかけたなぁ、エステラ。ブーブークッションがあんな値段で売れるとは……言い値で買う方もどうかと思うけどな。
「あれ? じゃあ、もしかして……ウチのお店のオブジェも!?」
何かに思い至ったパウラが叫び、大通りへと向かって駆け出す。
「え、なに? ちょっと、パウラ!」
「なんか分かんねぇけど、行ってみようぜみんな!」
ネフェリーとデリアがパウラを追いかける。
その後ろ姿を見て、ウーマロとノーマとイメルダがにやりとほくそ笑む。
広場から大通りへ出ると、薄暗くなった大通りに無数のオバケが出現していて、大通りを歩く多くの者たちを驚かせていた。
「なんだこれ!?」
「急にオバケの影が!?」
「でも、どこから……?」
ちょっとした騒ぎになっていた。
しかし、害がないのは一目瞭然。
それがハロウィンの仕掛けだと分ると、道行く者たちの顔に笑みが広がっていった。
「わぁ!? なにこれー!」
一足早くカンタルチカへ到着したパウラが、地面に映し出された影を見て声を上げる。
カンタルチカの前には、今まさに少女に襲いかかろうとする擬人化されたコミカルな狼の影が浮かんでいた。
赤ずきんちゃんのワンシーンをイメージして、俺がデザインしたものだ。
カンタルチカの店が狼っぽい魔獣の顔になっているので、それと合わせて一つのストーリーになるように演出されている。
ただし、そんな少女には一つ演出が。
「あれ? でも、この女の子の影…………」
ロレッタがそれに気付く。
今まさに狼に食われそうになっている少女は、狼を見上げて立ち尽くし……ているように見えて、後ろ手に大きなマサカリを隠し持っていた。
「これマグダっちょですね!? 狼、返り討ちです!?」
「……余裕」
人間を舐めてかかると痛い目に遭うぞという、オバケサイドへ向けてのメッセージだ。
街中がオバケにジャックされても、人間は決して屈しない。そんな象徴になるような、ちょっとした遊び心というヤツだ。
「なんだか、人間の持つ生命の力強さを感じますね」
「そこまで大層なテーマじゃねぇよ」
「では、もっと単純に。とっても可愛いです」
マグダに似た影絵の少女を見て、ジネットが笑う。
これから本番まで、この影を見て歩き回る領民が大勢現れることだろう。
昼とは違う雰囲気をまとい、夜の四十二区も大いに盛り上がりを見せた。
そうこうしているうちに、ついに、ハロウィンがやって来た。
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