異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚43 木こりと勝負 -3-

公開日時: 2021年3月9日(火) 20:01
文字数:4,145

 そんなわけで、街門の外でピクニックをしたり、ロレッタが調子に乗ってちょっと森の方へ歩いていったり、その結果お約束のように魔獣に襲われかけたりと、いろいろなことがありつつ、俺たちは日が暮れるまで時間を潰した。

 

 太陽が傾き、木こりの連中がぞろぞろと帰ってくる。

 そして、一番最後にハビエルが戻ってきた時、タイミングを見計らったかのように太陽が沈んだ。

 日没だ。

 

「がはははっ! ヤシロ! 悪いが、今回はワシの勝ちだぞ!」

 

 それはそれは見事な大木を抱えてハビエルが豪快に笑う。

 凄まじい太さだ。この木一本で馬車が二台くらい作れそうな、実に見事な大木だ。

 それを片腕で抱えてるこいつは、やっぱりバケモノなんだろうな。

 

「百年に一度の木材にはちぃと及ばねぇかもしれないが、こいつを超える木はそうそうねぇ! そういう木だぜ、これは!」

 

 ハビエルの言うことは正しいのだろう。

 出掛ける前は鼻息荒く『打倒、ハビエル!』を掲げていた連中が、み~んな小さくなっていやがる。自信満々で持ち帰った自分たちの『獲物』が、途端にしょぼく見える。そんなレベルの木なんだろうな、ハビエルの『獲物』は。

 

「いやぁ、さすがスチュアートだ。若い彼らも、もう少しくらい喰らいついてくれると思ったんだが……そう簡単には行かないねぇ」

 

 若手の木こりをけしかけたデミリーがテカテカの頭を撫でながら言う。

 こいつはきっと、ハビエルの後釜を探そうとしていたのだろうな。

 ハビエルもそろそろいい歳だ。イメルダが継ぐにしても、実力でハビエルに並び立てる者が現れるのを待ち望んでいるのだろう。

 なにせ、木こりギルドは、四十区を支える屋台骨だからな。

 

「さぁ、ヤシロ! お前の『獲物』を見せてもらおうか!? ん? どうした? どこにも見当たらんが、小枝すら拾えなかったのか? がははは!」

 

 どこぞの神社のご神木みたいな大木を抱えて豪快に笑う様は、大江山に棲む酒呑童子を彷彿とさせる。江戸の日本にいたら、間違いなく退治される存在だろうな、こいつ。……侍の刀がこいつに通用するならば、だけどな。

 

「イメルダ」

「承知しましたわ」

 

 バカ笑いをするハビエル。だが、そろそろ近所迷惑を考えなきゃいけない時間帯だ。

 少し黙らせてやろう。

 

「ワタクシたちの用意した木材は、コレですわ!」

 

 イメルダの合図に、木こりギルド四十二区支部の連中がそれはそれは見事な木材を運んでくる。

 とても見覚えのあるその姿は、まさに、今話題騒然の、百年に一度の木材だ。

 

「おいおいおい! こいつはどういうことだ!?」

「だから、コレが、俺たちが用意した木材なんだよ」

「森に取りに行くんじゃねぇのかよ!?」

「ん? 誰がそんなこと言った?」

 

 俺はにんまりと笑い、『会話記録カンバセーション・レコード』を呼び出す。

 呼び出した途端、ハビエルとデミリーが「ぅわぁ……」みたいな表情を見せるが、知らん。一切無視する。

 

「今回の勝負のルールは、『四十二区の門を通り』『品質のいい木材を用意する』ってことだったよな?」

「……あぁ、そうだな」

 

 もう完全に諦めモードのハビエルが投げやりな感じで返事を寄越す。

 なんだよぉ。最後までちゃんと聞けよぉ!

 

「だから俺たちは、『四十二区の門を通り』、森の前でピクニックをし、帰ってきてから『品質のいい木材を』支部の保管庫からこっちに運んで『用意』しておいたわけだ」

 

 俺の言うことに間違いがないことは、『会話記録カンバセーション・レコード』が証明してくれる。

 ……の、だが。だ~れも確認しようともしない。

 おいおい、張り合いがねぇなぁ。

 

「まぁ、確かにね。『森の中から取ってこい』とは言っていなかったよね」

 

 デミリーが苦笑混じりに補足してくれる。

 そういうことだ。

 

 だから言ったろう。

 この勝負はすでについているって。

 この百年に一度の木材を超える物なんか、手に入りっこないんだから。

 

「あ~ぁ……っとによぉ。そんなこったろうとは思ったけどよぉ……ワシ、かなり頑張ったんだぞ…………それを、こんな」

 

 ぶつぶつと、ハビエルが恨み節を垂れ流す。

 負のオーラが物凄いことになってるな。

 

 やれやれ。『しょうがない』なぁ……

 

「イメルダ」

「なんですの?」

「もういいぞ」

「はい?」

「もう、勝負はついたから、普通にしてていいぞっつってんだよ」

「なんのことか、よく分かりませんわ」

 

 かぁ~、白々しい。

 今すぐ飛びつきたくてムズムズしてるくせに。

 

「ハビエル」

「んだよ」

 

 俺の呼びかけに、拗ねた声で返してくる。

 そんな顔すんなって。周りを見てみろよ。

 

「お前って、やっぱギルド長なんだな」

「なんだよ、今さら?」

「いや、なに。『これだけ卑怯なマネをしなけりゃとてもじゃねぇけど敵わねぇなぁ』と、思ってな」

 

 俺が悪びれるでもなくそう言うと、ハビエルを取り囲む木こりたちに微かな変化が表れた。

 

「……だよ、なぁ?」

「あぁ。一日でこの成果だもんなぁ」

「いや、つうか、こんな大木どこに生えてたんだよ?」

「そうそう! 俺たち結構奥まで行ったけど、こんな厳つい木は見なかったよなぁ?」

「いや、そもそも……こんな巨大な大木、よく一人で切り倒してきたよな……」

「バケモンかよ……」

「何言ってんだよ、お前ら! ギルド長は、バケモンなんだよ」

「「「「「だよなぁ~!」」」」

「聞こえとるぞ、お前らっ!?」

「「「「ぎゃー! バケモノが吠えたー!」」」」

 

 若手の木こりに吠えるハビエルは、少しだけ元気を取り戻したように見えた。

 そうやってる方がお似合いだ。

 

 要するにだ。

 今回のハビエルの成果は、ここにいる誰もが認めている。認めざるを得ないほどのすげぇことなのだ。

 

 百年に一度の木材を手に入れ、大いに湧いた木こりギルド。

 それを手に入れたオースティンとゼノビオスは確かにすごい。

 とはいえ、オースティンたちを丸一日森へ放り込んでも、このレベルの木材はなかなか手に入れられないだろう。

 だが、ハビエルなら、森へ入れば確実にこのレベルのものを、毎回手に入れてくるのだ。

 やはり、ギルド長は伊達じゃない。

 

 何よりも、周りの人間を圧倒するだけの迫力がある。引きつけるカリスマがある。

 

 デミリーも言っていたが、ハビエルの年齢的にも、そろそろ世代交代を考えるような時期なのかもしれない。

 おそらく、イメルダもそんなことを考えていたのだろう。

 百年に一度の木材を自慢しに来た時、イメルダが何か思うところがあるような、なんともはっきりしない表情を一瞬見せたのは、そういうことが引っかかってのことだったのだろう。

 若手が力をつけた今、父親の時代はそろそろ終わりを迎えるのではないかと……

 

 ところがどっこい。

 バケモノは健在。まだまだ最前線で活躍できることを見事に証明してみせやがった。

 時間をかけ、あれこれ策を巡らせれば、ハビエルに肉薄することは可能かもしれない。

 しかし、こういう制限付きの特異な状況では、ハビエルがやはり頭一つ、いや、体一つ抜きんでている。いざという時に頼れるのは、この男をおいて他にはいない。

 

 まぁ、アレだな。

「若いヤツにはまだまだ負けん」とか、そういうことなんだろうな。

 うっわ、オッサンくせぇ。

 

 だが――

 

 百年に一度の最高傑作よりも、毎日毎日、何十年も傑作を作り続ける方がはるかにすごい。

 組織の長は、そうあってほしいものだ。

 

「褒めてやったらどうだ。年寄りが精一杯頑張ったんだからよ」

 

 盛り上がる木こりたちを眺めるイメルダに、そんなことを言ってやる。

 

「ふん……お父様なら、これくらいのことが出来て当然ですわ」

 

 それは、最大級の賛辞だ。

 当たり前と思われることがどれだけすごいか。

 

「ですが……そうですわね」

 

 くるりと――俺に背を向けて、涼しげな声で言う。

 

「たまには、褒めて差し上げても構いませんわね」

 

 そう言って、小走りでハビエルのもとへと駆けていった。

 俺に見られたくなかったのだろうな、嬉しさのあまり緩みまくった顔を。

 

「さすが、お父様ですわっ!」

「ぅぉお!? なんだ、イメルダ!? どうした!?」

 

 小走りするうちに感情が抑えられなくなり、結局イメルダはハビエルに飛びついていた。

 直立したクマみたいなデカい体にぶら下がり、楽しそうに声を上げる。なんだ。ちゃんと娘っぽいとこもあるんじゃねぇか。

 

「なるほどね。これも君の狙いの一つだったってわけだね、オオバ君」

 

 柔和な声で言いながら、デミリーが俺の隣へやって来る。

 はしゃぐ友人を見て、顔をほころばせている。

 

「あれ……日の出?」

「エステラー! おたくの領民、再教育しといてくれるかなー!?」

 

 笑顔のまま額に血管を浮かべるという器用な技を披露しつつ、デミリーは相変わらずの人畜無害フェイスで俺を小突く。

 

「まったく、憎いことをしてくれるね」

「お前だって、若手を焚きつけて、ハビエルに発破をかけてたじゃねぇか」

「おや、気付かれていたかい?」

「そんなに率先してお節介を焼かないオッサンが自発的に動く時は、何か裏があるんだよ。たぶん、ハビエルも気付いてるぞ」

「ふふふ。だろうね」

 

 その時のデミリーの顔は、領主のそれではなく、古くからの友人を見つめるただの男の顔だった。

 

「まだまだ若い者には負けてられんよね。彼も、私もね」

「そういうこと言い始めると、いよいよオッサンだよな」

「はっはっはっ! いいよ、オッサンは。心が大らかになる」

 

 デミリーはぽんぽんと自分の腹を叩き、次いで俺の肩をバシッと叩いた。

 

「ありがとうね。今日取れた木材は好きに使うといいよ。代金はウチが持つからさ」

「やったね~! 思ってもみないご褒美だ~」

「ふふふ。冗談が下手だねぇ、オオバ君は」

 

「それじゃ」と手を振り、デミリーは去っていった。

 時間も時間だ。そろそろお開きだな。

 

「うぉおお! 今日は最高の一日じゃーい!」

 

 娘にデレデレな筋肉オヤジの雄叫びを聞きつつ、今日という日は終わりを告げた。

 

 

 後日、ほくほく顔のハビエルから盛大に木材を提供してもらい、木材の代金が浮いたからと馬車の製作費をデミリーが負担してくれることとなり、ウーマロが「むはぁぁ! なんていい木材ッスかぁー!? 腕が鳴るッスー!」と張り切って製作に取りかかってくれた。

 

 四十区、張りきりまくりだな。

 

 

 こうして、パレード用の馬車はかなり豪華な物が出来上がった。

 それも、無料で。

 おまけに、約束の馬たちは、上機嫌のハビエルが惜しみなく貸してくれることとなった。

 もちろん、無料でな。

 

 

 やっぱ日頃の行いなんだろうなぁ~。うん。

 

 

 

 

 

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