「まいったね……解決策が見出せないよ」
「このままじゃ、会計システムがどうとか言う前に悪評が蔓延して即倒産だ」
「不衛生なのは、困りますからね」
三人寄れば文殊の知恵などと言うらしいが、こんな突飛な事例の解決案なんぞ、何人集まろうと出てきはしない。
少なくとも、俺はこんな危険物の取り扱い方を心得てはいない。
危険物取扱者免状甲種を有しているこの俺がだ!
「やっぱり、ヤシロ爆弾が効果覿面だとボクは思うけど?」
「そしたら俺、カウとオックスのパパになっちゃうぞ」
「そ、それは困ります! あぅっ、あの、その……ヤシロさんは陽だまり亭の大切な従業員ですし、その……マグダさんもロレッタさんも寂しがりますし……」
大丈夫だ。
何を言われようが、俺にレーラは扱いきれない。
仮にロックオンされても死ぬ気で逃げ切ってやるさ。
しかし、人助けのつもりで腕を掴んだ男に結婚を迫ったような女だしなぁ……触るな危険って札を貼っとけよ、全身に。
「誰か、アレの犠牲者になってくれそうなヤツはいないものか……」
「あの、ヤシロさん……犠牲って……」
「ベッコとかどうかな?」
「えっと、……エステラさん?」
ベッコかぁ……
まぁ、ベッコならどこにいても自分の仕事が出来るだろうし、どうせこの先恋人が出来る予定もないし、構わないっちゃ構わないんだが……
「カウとオックスが可哀想だろう、さすがに」
「確かにねぇ……」
「あの……ベッコさんやレーラさんの意志もありますし」
あはは。ジネットはしょーもないところを気にするんだな。
そんなもん、あってないが如しじゃないか☆
なんてことを思っていると――
「御免くだされ~」
噂をすれば、まさかまさかのベッコがひょっこりとトムソン厨房へ顔を出した。
え、なんで?
お前がこっちの方に用事なんかないだろうに。
まさか、運命? ベッコお前、この危険物と結婚する運命にあったんじゃね?
「やぁ、やはりこちらでござったか! 探したでござるよ、ヤシロ氏」
「俺?」
「うむ。少々ご相談したいことがござった故、用事の途中と知りながらお邪魔させていただいた次第でござる」
ベッコの用件は、ハロウィン飾りの中に含まれていたチーズやカボチャのクオリティを見た他区の飲食店関係者が「ウチの店を象徴するオブジェとして飾りたいから制作してくれないか」という依頼を持ちかけてきたという内容だった。
……他区からも結構来てたんだな、見物客。
「あれは、源流を辿れば陽だまり亭の食品サンプルでござるから、まずはヤシロ氏の意見と許可を――と、思った次第でござる」
「あ~、そういや食品サンプルの権利ってどうなってたっけ?」
「一応、陽だまり亭が占有している……ということにはなっているけど、主張する気はないんだろ? 君も、ジネットちゃんも」
「わたしは、別に。ヤシロさんにお任せしています」
「俺も別に……つか、四十二区の店が食品サンプルのマネしないのって、もしかして陽だまり亭が権利を持ってると思ってるからなのか?」
「そうだよ。月額料とか必要なのかって問い合わせが過去数度来たことがあってね」
「その時はなんて答えたんだ?」
「『ヤシロに聞け』ってね」
「……俺のところには一件も問い合わせが来てないんだが?」
「みんな、君と金勘定の話をしたくないんだよ、きっと」
ふっ……凄まじい信頼度だな。
俺、四十二区の連中からぼったくったことないんだけどなぁ。
あぁ、もちろん、この先ここぞって時にぼったくるために、だぞ?
その割には、危機感を抱かれてるってわけか。多少は成長したってことなのかねぇ、ここの連中も。
「解禁してやれよ。いろんな種類のサンプルがあった方が面白いだろう?」
「食品サンプルの権利に興味はないのかい?」
サンプル一つにつき使用料なんかを取ることになれば、その都度いちいち契約書を作成することになるんだろ?
クッソメンドクセェわ。
それに、すでにイメルダが無尽蔵に作らせてコレクションしてるしな。
遡って金を請求とか、現実的に不可能だ。
「権利を主張しないと、見様見真似で模倣品が氾濫することになると思うよ?」
「いいじゃねぇか。二流品が増えれば、ベッコの作品のすごさが浮き彫りになるだろう? また弟子志願者とか出てくるんじゃないか、ベッコ?」
「いやいや。拙者の弟子はモコカ氏だけで十分でござるよ。しかし、ヤシロ氏にそこまで認めてもらえていると思うと……面映ゆいでござるな。でゅふふ」
奇妙な笑いを漏らすな。
ただでさえ見た目がソッチ系なのに。
今度一回オタ芸を仕込んでみるか……映えるだろうな。
「ふむ。では、四十二区の飲食店をはじめ、蜜蝋サンプルを欲している人々からの依頼を優先して受け、その後他区からの依頼を受けることにするでござる。やはり拙者も四十二区の者故、他区に先んじられるのは面白くないでござるからな」
ベッコは自区愛が強いようだ。
自分を認めてくれたこの街に強い思い入れでも持つようになったのだろうか。
「あ、あのベッコさん……でしたら、わたしも一つお願いしたい物が……」
「ジネット。英雄像を発注するつもりなら、同時にお前の胸像を発注するぞ?」
「うきゅ!?」
「ヤシロ……君が言っているそれは、『胸の像』と書いて『きょうぞう』と読むんだよ、一般的にはね」
どっちだって同じだろうが!
どちらも胸から上を象った像だ。
その『上』が首方面か乳首方面か、ただそれだけの違いだ。
「それはそうとさ、ベッコ」
「なんでござるかな、ヤシロ氏?」
「お前って、子供と未亡人が大好きだよな?」
「前者はともかく、後者はほのかな悪意を感じる表現でござるな」
んだよ。
『団地妻』とか『昼下がり』とか『熟れた果実』とかが好きな口だろう、どうせ?
「拙者の理想とする女性はノーマ氏でござる故、そういったものには惹かれぬでござるよ」
「その割には、ノーマにアプローチしねぇじゃねぇか」
「ノーマ氏は誰か一人が独占できるような御仁ではござらんよ。ノーマ氏は、国の宝でござる」
なるほど。
ノーマファンってそういう発想なんだな。だからノーマに好意を持つ男がノーマの周りをうろついたりしないのか。
好意を持たれれば持たれるほど距離を取られるとか……ノーマ、気の毒にな。
「あの揺れるお乳は国宝級でござるっ!」
「そんな物を宝と崇める国は滅びればいいよ」
「いや、エステラ。その考えはどうだろうか?」
「うるさいよ、そこの乳バカ二人。そんなに好きなら、二人で大乳の神でも祀る宗教でも始めればいいんじゃないのかい?」
「「ナイスアイディア!」でござる!」
「真に受けるんじゃないよ」
「もう……お二人とも。ダメですよ」
乳揺大乳の神、いや、乳揺大乳神――うん、これだな!
「大乳神様ー!」
「だまれ」
「でたな、平乳無!」
「刺すよ?」
貴様さては天下を統べて天上の神たる大乳神様に楯突く気だな!?
無礼千万!
大乳神様の怒りに触れて縮むがいい!
――というわけで、
「ベッコ。お前の巨乳好きは宗教だから、ここは我慢して控えめバストの未亡人を娶れ」
「理解も共感も承諾も出来ぬ話でござるな!?」
んだよぉ!
もういいから、お前がレーラに抱きついて「汚れたぁあ!」って叫ばれながら風呂に叩き込んでこいよぉ。
それで多くの客が救われるんだ。お前の人生が犠牲になるくらい安いもんだろ?
「あそこで蹲ってる女と握手してきてくれないか?」
「あそこで……おぉ、レーラ氏でござるか。いやはや、拙者には無理でござるよ」
ちっ!
こいつも知っていたのか、レーラの異常性を!
「拙者、生前のボーモ氏が如何にレーラ氏を溺愛されていたか、骨身に染みるほど聞かされておった故、お二人の邪魔立ては勘弁願いたいでござるよ」
「ん?」
「なんでござるかな?」
「お前……ボーモ知ってんの?」
「うむ。拙者が誰にも認められない中、ボーモ氏が拙者を勇気づけてくれたのでござる」
まさか、そんな意外な繋がりが!?
「『俺は芸術のことはよく分からんが、夢を叶えたいってお前の瞳は好きだ。奢ってやるから肉を食っていけ』と、なんとも男気溢れる御仁でござった」
「じゃあ、レーラとも面識があるのか?」
「拙者がボーモ氏にお会いするのは、大抵営業中のこの店でござったからなぁ……レーラ氏にはガン無視されっぱなしでござったよ」
「面識、ないのかよ!?」
「レーラ氏は、ボーモ氏以外には目もくれぬ御人でござるからな」
くそっ、イノシシより猪突猛進な生き様しやがって。
顔見知りとしての説得は無理か……
しかし、待てよ?
ボーモと面識があるってんなら……これは使えるかもしれないぞ。
「ベッコ。食品サンプルの権利を放棄してお前の好きなように取り引き出来るようにしてやるからさ、代わりにちょっと頼まれてくれないか?」
「無論でござるよ。こちらに見返りなどなくとも、拙者はヤシロ氏の頼みを断るつもりはござらんよ」
「んじゃあよ……」
そうして、俺はトムソン厨房衛生化計画に画期的な一手を打つ。
これで、万事うまくいくはずだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!