異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

363話 大切なものを守るため -1-

公開日時: 2022年6月4日(土) 20:01
文字数:4,420

 蓋が開けられた、緑の液体入りの瓶が俺の顔に近付いてくる。

 こいつを飲まされたらヤバイ。

 絶対にヤバイ。

 

 なので――避ける!

 

 

「よいしょーっと」

「なにぃ!?」

「はっ!」

 

 突然立ち上がった俺に驚き、ウィシャートの動きが止まる。

 その隙を突いて、ナタリアがウィシャートの手を手刀で叩き、小瓶を落下させる。

 床に転がった小瓶をヒールで踏みつけ粉砕する。

 

 わぁ、すごい破壊力。

 

「な、なぜ動けるのだ!?」

 

 赤く晴れ上がった手首を押さえ、ウィシャートが目を剥く。

 うわぁ、痛そう。骨にヒビ入ったんじゃねぇか、アレ。

 

「なぜも何も、抗麻痺薬を服用していたからだが」

「こ、抗麻痺薬だと!? そんなもの聞いたことがないぞ!」

「バオクリエアでは痺れ薬による暴行事件が深刻だったそうでな。エングリンドが弱い立場の者たちのために開発したんだよ」

 

 俺だって、飲んでおくだけでその後体内に入り込んだ毒薬を無効化してくれる薬なんて聞いたことなかったよ。

 しかもワクチンではなく、完全な解毒薬だってんだから驚きだ。

 

 酔い止めや花粉症対策の抗アレルギー剤のような感覚で使用できる。

 おまけに効果はお墨付き。

 

 弱者を守るためなら、エングリンドは――レジーナは不可能を可能にするんだよ。

 

「その痺れ薬、バオクリエアじゃ使い物にならなくなったから、お前らにくれてやったんだろうな、盛大に恩を売りつつな」

 

 使い物にならなくなった過去の遺物を高値で売りつけ、さらに恩まで売れるんだ、バオクリエアの連中は笑いが止まらなかっただろうよ。

 

「くっ、エングリンドが味方に付いているというのは本当だったのか!」

「さぁな? 『精霊の審判』でもかけてみたらどうだ? 右足を賭けてな」

「黙れ!」

「右足の件は無しにはさせねぇぜ。反故にしやがったらその場でカエルにしてやる」

 

 人差し指を突きつけてやれば、ウィシャートは顔を歪ませる。

 

「勝ちを確信して随分と油断したじゃねぇか。『会話記録カンバセーション・レコード』を統括裁判所に見せれば、お前らの国家転覆罪は確定だな」

 

 バオクリエアと繋がっていることも、毒物の取引があったことも全部しゃべりやがった。

 

「さぁ、悪足掻きはやめて、少しでも刑を軽くしてもらえるように命乞いでも始めるんだな」

「……ふふっ」

 

 追い詰められたはずのウィシャートが笑みを浮かべる。

 酷くいやらしく、鼻につく笑みを。

 

「許しを請うのは、どうやら貴様の方らしいぞ」

「なんだと?」

「見よ」

 

 ウィシャートが俺の背後を指さす。

 

 振り返ると、エステラがドールマンジュニアに捕まっていた。

 エステラの体は強張っており、動けないようだった。

 

「エステラ!? 何やってんだよ、解毒剤は!?」

「効……かな……かっ……」

「まさか、効かなかったっての……」

 

 言い切る前に、俺のみぞおちに鈍痛が走る。

 ウィシャートが俺の腹を蹴っていた。

 

「……ぅぐっ」

 

 体をくの字に折ると、今度は下がったアゴをめがけてウィシャートのカカトが飛んできた。

 

「ご……っ!」

 

 痛…………っつぅ!

 あんにゃろ……全力で蹴りやがって……っ!

 意識飛びそうになったわ。

 後ろ回し蹴りとか、カッコつけやがって。

 

「ナタリア……!」

「申し訳ありません。エステラ様が捕らえられては、身動きするわけには参りません」

「ふふふ。よほどエングリンドを信頼していたようだな。給仕長が主の警護を放棄して私の持つ毒薬の破壊を優先させるとは」

 

 赤く晴れ上がった手首をずっと押さえて、ウィシャートが憎々しげに言う。

 相当痛いらしいな、あの手首。

 一音一音に恨みがこもっている。

 

「貴様。オオバヤシロと言ったか?」

 

 ウィシャートがうずくまる俺の前に立つ。

 顔のすぐそばにウィシャートの靴が見える。

 

 うわっ!

 靴のつま先で俺のアゴを持ち上げやがった。

 腹立つ!

 

「二度と私に逆らわぬと、今ここで宣言しろ。そして、今後は私の手足となって忠誠を誓うとな」

「……ざ……けんな……誰が、テメェなんぞに……」

「クレアモナがどうなってもいいのか?」

 

 エステラを見る。

 眉間にシワを寄せ、俺に向かって腕を伸ばす。

 

「ボクの、ことは、いい、から……君は、ウィシャートを……っ」

「バカヤロウ! その口を閉じろ!」

「しかし……!」

「黙ってろ!」

 

 エステラを黙らせる。

 これ以上、何もしゃべらせるわけにはいかない。

 

「ふふん。ツライよのぉ? 惚れた女がいなくなるのは」

 

 惚れた女……

 港の着工式のころから、俺はエステラとの仲の良さをこいつらに見せつけていた。

 俺の動く理由はソレだと言わんばかりに。

 

「貴様が一言、私の配下になると誓えば、あの女は無事に帰してやろう。当然、ここで聞いたことを口外させぬため、貴様と同じように私へ忠誠を誓ってもらうがな。先ほどの騎士たちのように」

 

 こいつは『精霊の審判』で部下を縛ってやがったのか。

 恐怖政治だな。

 

「死など……ボクは、怖くない……」

 

 エステラ……っ!

 

「大丈夫だよ、ヤシロ……ボクが、死んでも、君が、いれば、四十二区は……」

「黙れ」

「ここで屈したら、四十二区は滅茶苦茶になっちゃうだろ!」

「黙れ、エステラ!」

 

 もう、しゃべるな。

 ……頼むから。

 

「そうか、死は怖くないか……なら、別の手もある」

 

 ここ一番で、ウィシャートの顔がいやらしく歪む。

 

「貴様も知っていたな? エチニナトキシン」

「……テメェ、まさか?」

「それをクレアモナに飲ませて、変態貴族に売りつけてやろうか? それとも、スラムにたむろするゴロツキの群れの中にでも放すか? 野生のボナコンでも大人しくなる強力な催淫剤だ! 見ものだとは思わんか!? 穢れを知らぬ貴族の娘が堕ちていく様は!」

「ヤメロぉ!」

「では誓え! 今すぐに! この先一生、ウィシャート家に忠誠を誓うと宣言しろ!」

「……っ!」

「クレアモナがどうなってもいいのか!?」

「……まだ、テメェがその薬を持っていると決まったわけじゃ――」

「持っているに決まっておろう? あの薬は、私が取り仕切っているのだぞ。おい、ドールマンジュニア、見せてやれ」

「はい」

 

 ドールマンジュニアが懐から小さな筒を取り出す。

 コルクを抜き、エステラの顔に近付ける。

 

 迫る筒を見て、エステラが顔を歪める。

 

 ――エステラっ!

 

「エステラから離れろ、ドールマンジュニア」

「貴様にそのようなことを言う資格はない!」

「退かねぇんなら、こいつを叩き割るぞ」

 

 袖口から、今度は液体が入った小瓶を取り出す。

 

「ふっ、また毒物か? やってみるがいい。しょせんは遅効性の毒。折を見てバオクリエアより解毒剤を購入すれば済む話だ」

 

 すぐには死なない自分たちと、すぐにおかしくなっちまうエステラ。

 ブラフの張り合いでは分があると踏んで、ウィシャートは強気に出ている。

 

 ……だが。

 

「誰が毒だなんて言ったよ? こいつは、解毒薬だ」

 

 小瓶に入ってるのは毒ばっかじゃないんだぜ?

 毒薬ばっかり取り扱っているお前にはピンとこないかもしれないけどな。

 

「解毒薬だと? ふっ、ははは! それを壊したところで、一体なんになるというのだ? 面白い、壊してみろ。ドールマンジュニア、クレアモナに薬を――」

「Mプラントは、土の上に撒いて水をかけ、三日後に開花する」

 

 俺の話に、ウィシャートが言葉を止める。

 ドールマンジュニアも動きが止まっている。

 ナタリアと執事ウィシャートは睨み合ったまま、こちらの声に耳を傾けている。

 

「だが、Mプラントには隠された特性があったんだ。それは、原料となった花の特性そのものなんだが……海水を使えば、周りの栄養素を急激に吸い上げ物の数秒で開花する」

 

 それは、フロッセの特性だ。

 

「そして、Mプラントが吸収する栄養素は、なにも植物にしか含まれていないわけではない。……動物にも、Mプラントを開花させるのに十分な栄養素は含まれている」

「……何を言っている?」

 

 淡々と語る俺の言葉に、ウィシャートが動揺を見せる。

 薄々は感付いているんだろ?

 

「もう一度言う。ドールマンジュニア、エステラを放せ」

「……ぐっ」

「…………叩き割るぞ?」

 

 首だけを動かしドールマンジュニアを睨めば、ドールマンジュニアは肩を奮わせ、薬の筒を取り落とした。

 

「慌てるな愚か者め! どうせこの男お得意のブラフだ! そもそも、我らをして手に入れられなかったMプラントの種子を、この男が持っているはずがない!」

「お前も知っているんじゃないのか? エングリンドが、GYウィルスの基礎を作った薬剤師だってことを」

 

 俺は昨日、レジーナに頼んだ。

「GYウィルスとMプラントを作れないか」と。

 

「ヤツは天才だ――不可能を可能にする薬剤師だぜ」

「う、嘘だ嘘だ! デタラメだ! 大概にせぬと『精霊の審判』をかけるぞ!」

「そうかい。なら、見せてやるよ――」

 

 解毒薬の入った小瓶を握った右手で、思いっきり左腕を殴打する。

 服の袖に仕込んでおいた火の粉が勢いよく燃え上がり、仕込んでおいたカプセルが割れる。

 木を薄く、薄ぅ~く削って作ったお手製のカプセルの中には、Mプラントが開花するのに十分な量の海水を仕込んでおいた。

 

 火の粉が燃え上がった次の瞬間、俺の左腕から恐ろしい速度で植物が生えていく。

 小さな芽は見る間に太い茎となり、無数の葉を生やし、上へ上へと伸びていく。

 葉脈の中を真っ赤な液体が流れて行き、毒々しいまでに赤黒い葉が広がっていく。

 

 破れた袖からは、枯れた古木のようにしわがれ黒く、固く、カサカサになった腕が覗く。

 Mプラントに栄養を吸い取られミイラのようになっている。

 

「さぁ、とくと見ろ! 開花の瞬間だ!」

 

 俺の叫びと共に、悪魔のような赤い花が咲いた。

 ――瞬間、辺り一帯に白い煙が立ちこめる。

 勢いよく吹き出し見る間に視界を埋めていく白い霧。

 呼吸をすれば、それは水蒸気ではなく、とても粒の小さい粉が舞い上がっているのだと分かる。

 

「ごほっ! ごほっごほっ! 貴様っ、ごほっ! なんということをっ!」

 

 ウィシャートがごほごほと咽る。

 俺の近くにいたせいでもろに吸い込んだのだろう。

 

「く、苦しいっ! 息が……でき…………ごほごほごほごほっ!」

 

 ドールマンジュニアがエステラを放り出してのたうち回っている。

 執事ウィシャートも口を押さえ咳き込んでいる。

 その隙に、ナタリアがエステラのもとへと駆けつけ、その体を抱き起こす。

 

 それを確認した後、ウィシャートに告げる。

 

「俺とお前の決定的な差は覚悟だ。お前は自分が有利になるようにと脅しをかけていたに過ぎない。だが、俺はな――」

 

 ウィシャートに顔を近付け、こいつにしか聞こえないような声量で、しかし目一杯の殺気を込めて言葉を突きつける。

 

 

 

「大切なものを守るためなら、この命を懸けたって構わねぇ。テメェと心中だろうが、喜んでやってやるぜ」

 

 

 

 最優先する大切なものが何か。

 それによって懸けられるものの重さは変わる。

 

 金のために命を懸けるヤツはいない。

 見栄のために命を懸けるヤツはいない。

 

 だが、大切な人のためになら命を惜しまないってヤツは確実に存在する。

 

「それほどまでに……クレアモナのことが……っ」

「ふん。……それも含めてだ、ばーか」

 

 

 いろいろ背負ってんだよ、こっちは。

 言わせんな、恥ずかしい。

 

 

 

 

 

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