「ロレッタたちはネズミ人族なのか?」
「いえ。ハムスター人族です」
……オウム人族といい……刻んでくるよな。大きな括りで『鳥』とか『ネズミ』でいいじゃねぇか。
「ロレッタは全然ハムスターっぽいところがないんだな」
ロレッタは、どこからどう見ても人間そのものだ。
耳も俺やジネットと同じような形だし。毛深いわけでもない。
「あたしは獣率が少ない方でして……」
「けものりつ?」
「獣人族さんたちの人と獣の割合のことですよ」
「あぁ……じゃあ、ウーマロは獣率が高いんだな」
「男性は女性に比べて獣率が高いと言われていますね。女性は50%から10%くらいが普通でしょうか? マグダさんが10%くらいですね」
マグダはネコ耳と尻尾だけがネコ……もとい、虎だ。なるほど10%程度ってところか。
確かに、あまり男でネコ耳なんてヤツは見かけないな。モーマットもウーマロもヤンボルドもみんな獣の顔をしている。
「あれ? 大通りの酒場のマスターはオッサンの頭にイヌ耳だったよな?」
「あぁ、あそこのマスターはちょっと女性っぽい方でしたですね」
女性っぽい?
あのヒゲダルマがかっ!?
「お見かけしたことはありませんが、中世的な男性なんですね」
いやいや、ジネット。
中性的とは真逆の生き物だったぞ。男性ホルモンが溢れ出過ぎてて液状化していそうな勢いのオッサンだ。
中性的というのは、ヴィジュアル系バンドのボーカルみたいな感じのことなんじゃないのか? この世界では違うのか?
……ん、てことは?
「ネフェリーは男っぽいのか?」
養鶏場のネフェリーは顔が完全にニワトリだった。
「ダメですよ、ご本人にそんなことを言っては。……きっと気になさっているでしょうから」
ジネットに優しく諌められてしまった。
気にしている…………まぁ、気にするか。顔がニワトリなんだもんな。気にするよな。俺なら自室に引きこもるレベルだ。ネフェリーは心の強い女なんだな。
「今度飯でもご馳走してやるか……」
「そ、それは……ネフェリーさんをデートに誘う……と、いうことでしょうか?」
いや。気分的には飼育だが?
「そういや、ヤップロックの奥さんの……ウエラーだったか? あいつも全身オコジョだったな」
「種族によって、獣率が100%という人たちもいますね」
まぁ、100%と言っても、二足歩行だし、雑食だし、よくしゃべるので『獣』とは別なのだろうが。
「あたしは、尻尾くらいしか獣特徴が無いんです」
「けものとくちょう?」
「耳とか、尻尾とか、その人種の特徴的な箇所のことですよ」
「ここの両親がぽこぽこ子供を作るのもか?」
「そ、……そう、ですね。…………あの、ヤシロさん。ぽこぽこという表現は……なんだかちょっと恥ずかしいので遠慮していただけませんか?」
ジネットが頬を染め、俯いてしまった。
そんなに悪い表現かな、ぽこぽこ?
「でも、ロレッタの尻尾は全然目立ってないよな?」
「そうですね。あたしたちの尻尾は短いですから」
あ、そうか。
ハムスターはネズミと違って尻尾が短いんだった。
ハツカネズミみたいな尻尾を想像していたが、全然違うものなんだっけな、たしか。
つか、ハムスターの尻尾ってどうなってたっけ? あんまり見た記憶がないなぁ……
「ちょっと見せてくれるか?」
「ふなっ!? む、むむむ、無理ですよっ! 絶対無理です!」
「ヤ、ヤシロさん! 女の子に尻尾を見せろだなんて……ざ、懺悔してくださいっ!」
なんかめっちゃ怒られた。
別にケツを見せろと言っているわけでもないのに………………あ、同じようなもんか。
「に~ちゃん! しっぽ尻尾!」
そう言って、割と年齢の低そうな弟が俺の前でケツを突き出し、ズボンをずり降ろす。ケツがぷりんっと露出して短くて丸っこい尻尾があらわになる。
「キャーッ! あんた何やってるですかっ!? 早くしまいなさいです!」
大慌てでロレッタが弟のズボンを引き上げる。股上が股間にグイーンと食い込んで痛そうだ。
子供はケツを出すことに抵抗などないからな。姉的には堪ったものじゃないだろうけど。
…………今のをロレッタがやったら……………………ふむ。
「ヤシロさん。何か良からぬことを考えていませんか?」
鋭いジネットから視線を逸らせる。
なんだか俺の横顔に視線が刺さっているような気がするが、無視だ無視。
弟のズボンを直し、ついでに脳天に制裁の拳骨を落とした後で、ロレッタは俺たちに向き直りこほんと咳払いをした。
「でですね……その…………ご覧いただいて分かりますように……あたしの家族は、ちょっと人数が多くて……」
「ちょっと?」
「すみませんです。かなり多いです……」
ロレッタが半泣きになる。
相当困っているようだ。……そりゃこれだけいれば衣食住全部が大変だろうな。
スラムにはロレッタの家族しかいないと言っていたが…………この家族だけで十分過ぎる数だ。
「それで、少しご相談に乗ってほしいことがあるです……」
「まずは、お前の両親を別居させろ」
もうこれ以上増やすな。
「にょほっ!? や、やややや、もう、もう増えてませんですよ!? ウ、ウチの両親も、もうそろそろ歳ですのでっ!」
ロレッタが顔を真っ赤にして両腕をぶんぶんと振り否定する。
あぁ、子供が増える工程は理解しているわけか。
「先月生まれた双子で最後だと思います」
「まだ増えてんじゃねぇかっ!?」
計画性皆無かっ!?
「ところで、弟さんたちのお名前はなんていうんですか?」
ジネットが、群れを成す弟たちを見ながらそんな言葉を口にする。
……え、なに。お前覚える気なの?
無理だよ?
仮にこいつらの名前が一郎から百郎だったとしても、どれがどいつか識別するのは不可能だ。
にもかかわらず、ロレッタは一番近くにいる弟を見て、「えっとですねぇ……」なんて呟いている。
やめろやめろ。俺は覚えないからな。
「え~っと………………たしか…………その………………ここまで出かかっているんですが……」
覚えてないのかよっ!?
お前は覚えとけよ、長女!
「ま、まぁ、些末なことです! 名前なんて、本人が理解していればそれでいいのですっ!」
いや、家族は理解してなきゃダメだろうよ……
まぁいい。俺は「弟」「妹」と呼ぶことにする。
「さぁあんたたち。お兄ちゃんと店長さんに改めてご挨拶しなさいです!」
「「「「お兄ちゃん、お姉ちゃん、よろしく~!」」」」
「……なんか、大家族に強制編入させられた気分だな…………」
「教会で暮らしていた頃も、こんな感じでしたよ」
ジネットは、陽だまり亭で暮らすようになる前はベルティーナのもとで暮らしていたのだ。
血の繋がらない弟妹に囲まれることに、違和感はないのだろう。
「血縁関係よりも、お互いがお互いを大切に思い合う……それが、家族にとって大切な絆になるのだと思います」
ジネットの言葉は、経験者が発する一種独特な雰囲気を纏い、妙な説得力があった。
「ふふ……」
そして、不意に漏れた笑いは、なんだかとても優しげで。
「だとしたら、わたしたちももう家族なのかもしれませんね。『お兄~ちゃん』」
少し甘えたような声と、悪戯っ子のような口調に……少しだけドキッとさせられた。
……けどまぁ、お兄ちゃんじゃな…………
「じゃあ今度、兄妹仲良く風呂にでも入るか」
「にょっ!?」
俺の反撃にジネットは顔を赤く染め、大きな目をまんまるに見開いた。
そして、少し怒った風に眉を歪め……それでも、どこか楽しそうな口調でいつものセリフを口にした。
「もうっ! 懺悔してください!」
まぁ、これくらいの意趣返しはありだろう。
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