「それで、何を作りゃあいいんさね?」
物凄くぐいぐい来る。その勢いでおっぱいを押しつけてくれればいいのに、その寸前で止まる。
くぅ……ままならないっ!
「前にミルを作ってもらったろ?」
「ミル……あぁ、コーヒー豆を粉々にするヤツさね」
「あれをちょっと改良して、別の物を潰せるようにしてほしいんだ。出来れば、粗さを調節できると嬉しい」
「ベースがミルなら、割と簡単に作れるとは思うけど……今度は何を作るつもりさね?」
折角ピーナッツが腐るほど手に入ったからな。
俺が日本で好きだった物を再現してみたくなっただけだ。
「ドーナツを作ろうかと思ってな」
パンが作れないということで、俺の意識は小麦から離れトウモロコシ粉や米に向いていたのだが、今朝ロレッタがホットケーキを作っていたのを見て、ピンと来たのだ。
ドーナツなら、石窯で焼かないからパンには該当しない。
作るのもさほど難しくもないし、腹もちもいい。
あれなら、陽だまり亭でも出せるじゃないか、とな。
中でも俺は、表面にチョコをコーティングして砕いたピーナッツをまぶしたドーナツがお気に入りだったのだ。
プレーンと、何種類かの味を用意すれば、また女子たちが食いつくだろう。
「それは、どんな料理なんだ!? お菓子か!?」
「道具を作ったら、また試食させてくれるんかい!?」
……このように。
なんだろう。この街の人間は、俺が何かを作るとテンションが上がるような催眠にでもかかってるのか? パブロフの犬じゃあるまいし……条件反射って怖ぇ。
「甘いお菓子だ。なかなか美味いぞ」
「ノーマ! あたいも手伝うからすぐ作ってやれ!」
「あんたに手伝いなんかされたら余計時間かかっちまうさね! 徹夜で完成させてやるさよ……っ!」
いや、ノーマ……燃えているところ悪いんだが。
「イカリは、ちゃんと作ってやれよ?」
「大丈夫さね! 期限はばっちり守る、それがアタシのポリシーさよ!」
「そうだぞ、ヤシロ! まだ一ヶ月もあるんだ! ノーマならきっと間に合わせる! だからドーナツが先だ!」
デリアは、ノーマを応援しているのか、酷使しようとしているのかどっちなんだろうな。
「イカリは後回しでいいのか?」
「問題ないさね! 必ず間に合わせるさよ!」
「で、マーシャはなんて言ってたんだっけ?」
「『次の航海は一ヶ月先なの~☆』……って、言わせんじゃないさよ!」
「なぁ、ノーマ……全っ然マーシャに似てねぇぞ?」
「うっさいさね! まだ練習中なんさよ!」
マスターする気なんだ、ノーマ。
「はぁぁ……川は元通りになるし、ドーナツは食べられるし……いい日だなぁ、今日は」
「まてまて。今日はドーナツしないからな?」
「なんでだよ!?」
「まだなんの準備もしてねぇんだよ!」
一日にそう何個も作れるか。
まだまだ豆が余ってるんだ。今はそっちをどうにかしないとな。
「ピーナッツバターも作んなきゃいけないし、今日はそっち優先なんだよ」
「「ピーナッツバター!?」」
物凄い食いついてきた!?
「手伝う! 川漁はしばらく休みだし! あたい手伝ってやるよ!」
「アタシも手伝うさね!」
「ノーマはミルとイカリ作れよ!」
「はっ!? もしかして、今教会に行ったら……!?」
「それさね、デリア! 今頃シスターのところで試食会してるに違いないさね!」
「よし! 行こう!」
「行かいでかぃな!」
「おい、お前ら!?」
俺を強引にここまで連行してきた二人が、今度は俺を置いてけぼりにして物凄い速度で河原を出ていく。
くっそ!
ベルティーナに加えてデリアなんて……世の中の甘い物が枯渇しちまうぞ!
……ノーマは、まぁ、普通に食べるだけだろうし、気にしなくてもいいか。割と少食だし。
とにかく、これ以上広まると厄介だ。まだピーナッツバターも全然作ってないのに。
ハムっ子たちとのんびり殻剥きして、まったりと作るつもりが……すげぇせっつかれそうだ……
「阻止せねばっ!」
右足に渾身の力を入れて大きく踏み出す。
全力で地面を蹴りつけ爆走する二人を追いかけ…………って、もう見えない!? あいつら、そんなに足速かったっけ!?
大急ぎで教会へと引き返すが、俺がたどり着いた時にはもうデリアたちは談話室へと上がり込んだ後だったようだ。……物凄い盛り上がってる。
「ガキ共も、大騒ぎだな……ったく」
半ば諦めの境地で、俺は教会に入っていった。
玄関先で俺を出迎えてくれたのは……
「遅かったな、カタクチイワシ」
「早ぇよ、来んのが!」
ルシアとギルベルタだった。
……こいつらが来るのは昼過ぎだと思っていたのに。どんだけ楽しみにしてたんだよ。
「さぁ、出すもの出してもらおうか!」
「借金取りかっ」
今言われてもすぐには出ねぇよ。
「あ、ヤシロさん! 大変です、ピーナッツバターが底をついてしまいました!」
「……早急に追加が必要」
「今、手の空いているウチの弟妹を呼び集めてるです! もうすぐやって来ると思うです!」
厨房から陽だまり亭の三人娘が顔を出し、その後ろからほくほく顔のデリアとノーマが現れる。
「一口だけもらったけど、美味いなぁ、ピーナッツバター! あたい、アレ大好きだ!」
「子供たちの分を取るのは悪いから遠慮したけんど……もうちょっと食べたいさねぇ」
それに続いて、わらわらと教会のガキ共とハムっ子が現れる。
「おにーちゃん! おいしかったよー!」
「おかわりー!」
「やちろー! もっとー!」
「おねだりー!」
俺を取り囲み群がってくる。
アリか、お前らは!? 甘い物に群がる習性でもあるのか!?
「あ、あの、ヤシロさん……どうしましょうか?」
「どうしましょうって…………」
ガキどもを一発ずつ殴って黙らせるか?
……いや、デリアとノーマには勝てない。あいつらがガキどもについているうちは返り討ちに遭うのが関の山だ。……どうにかして大人しくさせたいのだが…………
「ちゃんとご飯を食べない子は、甘い物は抜きですよ」
パンパンと手を打ち鳴らし、ガキどもを沈めたのは、意外にもベルティーナだった。
「うふふ。甘い物は魅力的ではありますが、栄養面を考えると、やはりきちんとした食事が一番ですので」
そうだった。
この人は躾には厳しい母親代わりなんだったな。
ご飯よりおやつを優先すれば、どこの親だって子を叱る。
……ただ、なぜそれを自分に言い聞かせられないのか…………あ、この人は『ご飯も』しっかりと食べるからか。ガキどもと違って「おやつでお腹いっぱ~い、ご飯いらな~い」とは、ならないもんな。
「私はまだ食べていないので、早急に作るのだぞ、カタクチイワシよ」
「わくわくしている、私も、昨日から」
そして、大の大人からの圧力……分かったよ。
「飯食ったら、作業に取りかかるぞ」
「はい!」
「……腕が鳴る」
「我が家の弟妹大集結です!」
朝っぱらから全力モードの陽だまり亭。
ただのピーナッツバターなんだけどなぁ…………でもまぁ、この感じから言えば、流通させさえすれば物凄く売れそうだ。
それがせめてもの救い、かもな。
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