「陽だまり亭のかまくら、どうする?」
まだまだ体力がありそうなデリアが、腕を捲って言う。
あ、そうそう。さすがのデリアも、この時期だけは長袖を着ている。
ちょっともこもこしたトレーナーを着てるデリアは、露出が減ったというのになんとなく新鮮で魅力が増して見える。
ゆったりしたトレーナーだというのに、中から押し上げるパワーがすごいから、もう「ぱーん!」としてんだよね、「ぱーんっ!」と!
「ヤシロ、元気そうだね。ちょっと一人で作ってきてくれる?」
「分かってないな、エステラ。俺はな、自宅の庭先でだって遭難できる男だぜ?」
「自慢になってないよ」
ぺしりと尻を叩かれる。尻だけに?
ズルくね? 次、俺の番じゃね?
試しに手を伸ばしてみたら、するっとよけられた。
……くっ。かまくら講習で腕に乳酸が溜まってしまったようだ。なんかもうパンパンだ。
「腕がだるい。風呂に浸かって揉みたい」
――と、俺が言った瞬間、その場にいた女子のほとんどが「ばっ!」と胸を隠した。
「腕がだるい」っつってんだろうが!
え、なに?
「お前の疲労、おっぱい揉むことで回復するんだろ?」とか思われてるの?
じゃあ検証させろや!
「もうさ、どうせかまくらはあっちこっちに出来るんだからさ、ウチは雪合戦カフェでもやろうぜ」
「雪合戦ですか!? それ、どんなカフェです!?」
「注文を聞きに来たり、商品を運んできたりするウェイトレスに雪玉をぶつけることが出来れば特別なサービスが受けられるんだ。ただし、雪玉は有料。一玉、そうだな……100Rb」
「それは面白そうです! 是非やるです!」
「……マグダを捕らえられる者はいない」
「あたいが全部跳ね返してやるぜ!」
「デリアさん頼もしいです! ……けど、それ全部当たってますから! もれなくアウトですから!」
などと盛り上がる雪合戦大好きチーム。
「本気で言ってるのかい?」
「んなわけないだろう? 怪我人が出そうな危険な催しを、ウチの店長がOKするわけないだろうが」
「そうですね。陽だまり亭では、落ち着いてお食事をされたいという方もいらっしゃるでしょうし、雪合戦は別の機会にお願いします」
やんわりとした明確な拒絶。
そもそも、100Rb(千円)払って買える玉を女の子にぶつけると特別なサービスを――なんて、いかがわしいこと、こいつらにやらせられるかってんだ。
「私もしてみたいな~、雪合戦☆」
「めっちゃ的にされるぞ?」
マーシャは一人では動けない。
きっと集中砲火を受けるだろう。
「私はヤシロ君とペアで参加~☆」
「そういうのはデリアみたいな体力が有り余ってるヤツに頼んでくれ」
俺がマーシャを背負って雪上に出れば、結局動けずに集中砲火を浴びるだろう。目に見えている。
「んじゃあ、店長さぁ。今年の陽だまり亭は、去年とおんなじ感じなのか?」
デリアは不服そうに言うが、そうそう目新しい物を生み出し続けるなんて出来ないのだ。
なんなら、今年はかまくらをやめて、雪像メインにしてもいいくらいだ。
いくつかテーマを決めて、窓際の席から外を見れば雪で出来たおとぎの世界が広がっている――みたいなな。
座る席によって見える景色が違うとなれば、豪雪期の間に何度も足を運んでくれるかもしれん。
そんな案がふと浮かんだのだが、俺はそれを口にすることなく飲み込んだ。
なぜなら。
「あの、ヤシロさん……実は、お伺いしたいことがありまして」
ジネットが、意欲に燃える瞳で俺を見ていたから。
珍しく、自分から「何かをやってみたい」と、主張しようとしていたから。
こいつが何をやりたがっているのか、聞いてみたい。
俺が勝手に持ち込んだあれやこれやのせいで、陽だまり亭は祖父さんのいた頃からかなり雰囲気が変わってしまったはずだ。
いや、店長が変わったのだから変わること自体は悪くない。
だが、変わるにしてもジネット主体で変わっていくべきなのだ。
陽だまり亭の店長はジネットなのだから。
だから、ジネットの意見は可能な限り聞く。
……英雄像祭りとか、ふざけたことを言い出したら猿轡をかませてやるけれども。
「雪だるまちゃんのおなかをくりぬけないでしょうか!?」
…………ん?
「雪だるまに、何か恨みでもあるのか?」
「違います! 大好きです! そうではなくてですね、かまくらです!」
きっと、頭の中で、それはそれは素晴らしい風景が広がっているのだろう。
気持ちばかりが前のめりになって、全然要領を得ない。
「雪だるまちゃんの形をしたかまくらって、作れないでしょうか?」
あぁ……うん。なんとなく言わんとするところが見えてきた。
かまくらの上に、雪だるまの顔を乗っければいいんだな?
……いや、ジネットなら胴体の造形にもこだわるかもしれないな。
雪だるまのおなかの中に入ってお汁粉を食いたいと、そういうことなのだろう。
「ウーマロ~」
「はいッス!」
「出来ると思うか?」
「頭を大きくし過ぎなければ、大丈夫だと思うッスよ?」
かまくらも、大きくなれば建築と変わらない。
ドーム状の上部、真ん中に意味のない重い雪玉を乗せるのは、構造上どうかと思ったのだが、ウーマロが大丈夫だと言うなら平気だろうか……
「中で、七輪を焚くわけだけれど?」
「あぁ、熱がこもるかもしれないッスね」
うんうんと唸って、首を捻って、ウーマロは結局「やってみないとなんとも言えないッス」という回答を出した。
回答になってねぇ。
「ドームは、柱のように点ではなく面で重さを支えるものッスから、横広ではなく縦長にしてやれば多少は荷重が……」
「めっちゃ叩いてカッチカチにしたら大丈夫なんじゃねぇのか?」
ウーマロが図まで書いて細かい計算をしながら説明を始めたところ、なーんにも考えていないデリアが感覚だけで物を言う。
うん。デリアのパワーで固めたら、来年の猛暑期まで持つ頑丈なかまくらが出来るかもしれないけど、こっちは安心が欲しいんだわ。
「鉄骨で補強すれば、頑丈なかまくらになるさよ」
「ノーマ、それもうかまくら違う」
骨組み作っちゃったら、建造物だから。
豪雪期明けに骨組みが庭に残っちゃうから。
そしたら、陽だまり亭寮の建設が現実味帯びちゃうから! 不許可です!
「まぁ、大丈夫だと思うよ~☆」
雪に親しみのなさそうなマーシャが、根拠もなさそうなことを言い出す。
「四十二区まで来る航路は洞窟なんだけどね、上にどーんって崖が乗ってても崩落する気配もないからね☆」
そりゃ洞窟だからな。
崩落するなら、そもそも洞窟なんか出来てない。
洞窟が崩落しないんじゃない。崩落しなかったから洞窟が出来たんだ。
「ほにょぅ!? なんかウーマロさんがめっちゃ計算してるです!?」
テーブルの上で紙にガリガリと凄まじい速度で書き込みをしているウーマロ。
覗き込んだロレッタが、そこに書かれた難解な数式を見て頭痛を訴える。見るだけで頭痛を訴えるような計算式なのかよ。
「ヤシロさん、なんとか出来そうッス!」
ばばーんと広げられた紙には、ジネットが好きそうなとぼけた顔の雪だるまが描かれていて、腹部に空洞が、その周りにびっしりと数式が書き込まれていた。
こっちが体積の計算で、こっちは荷重の計算か……ふむ。
「なんとかなりそうだな」
「お兄ちゃん、その計算分かるですか!?」
まぁ、建築も軽く齧ったからな。
どれくらいコンクリを減らしても大丈夫かとか、鉄筋の節約術とか、合法すれすれの違法建築を……もとい、違法すれすれの建築を少々……まぁ、昔のことだ。
「か、可愛いです……っ!」
描かれた雪だるまかまくらを見て、ジネットが目をキラキラ輝かせている。
「こ、これが作れるんですか?」
「お、おぉおお、おそらくは、だ、だだ、だだだ……っ!」
「……店長代理のマグダが問う。ウーマロ、これは作れるの?」
「もちろんッス! オイラにドーンとおまかせッス!」
店長代理が思わぬところで威力を発揮している。
「それじゃあ、みんなで作ってみようよ!」
「もう、パウラ。さっきからずっと作りたい作りたいって言ってる」
「だって、ヤシロがいるうちに作っていろいろアドバイス欲しいんだもん」
「もう、先に帰って作ってくれば?」
「イヤよ! 今日は泊まるって決めたし、お風呂にも入りたいし」
パウラとネフェリーがきゃっきゃっとはしゃぐ。
かまくら作りなんか、そんな楽しいもんじゃねぇぞ? 疲れるだけだ。
「あ、あのっ!」
それじゃあ、試しに作ってみるか~という雰囲気が漂い始めた陽だまり亭に、ジネットの大きな声が響く。
「か、顔の造形は、是非わたしにやらせてくださいませんか!」
雪だるま制作に最も熱心だったのがジネットだ。
去年の豪雪期には、無縁仏の供養でもしてんのかと思うほど無数の雪だるまを生み出していた。
雪だるまの造形に関しては一家言ありそうな雰囲気だ。
丸と棒だけの単純な顔って、バランス一つで可愛さが雲泥だからな。
ジネットにはこだわりのバランスがあるのだろう。
「でも、高いッスよ?」
ウーマロの設計図を改めて見る。
胴体部分がかまくらだとすれば、人が入って余裕があるくらいの空間が必要となり、それに応じてデカくなる。
その上にバランスのいい顔を付けるとなると……一階の屋根くらいには届きそうだ。
一階の屋根の上でジネットが物作り…………
「よし、安全な足場を作ろう!」
「……簡単な足場ではダメ。店長は想像を絶する角度で足を踏み外す」
「床面積を大きくしてです! 大の字で寝ころべるくらいは必須です!」
「転落防止の柵も必要さね」
「上り下りは梯子?」
「バカね、ネフェリー。ジネットだよ? 梯子とか無理だって」
「そんなことないですよ、パウラさん! ウチにも梯子ありますし!」
「けど、梯子の隙間におっぱい挟まったりしないか?」
「もう、懺悔してください、ヤシロさん!」
雪の中での作業ということもあり、絶対安全な足場を作ることが決定された。
ウーマロとノーマに頼んで、頑丈な足場を作ってもらおう。
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