「やぁ、みんな! 今日は爽やかな天気だね! 僕はとても元気だよ!」
「僕もさ! 昨日はとても美味しいアップルパイを食べたんだ」
ネックとチック。砂糖大根を生産する農家のアリクイ兄弟だ。
「ややっ! 見てごらんよネック!」
「わぁお! 僕もちょうど今物凄い物を見かけたところだよ、チック!」
「あそこにいるのは……僕の目と記憶がもし狂っていないと仮定するならば……てんとうむしさんじゃないかい!?」
「おぉう! 今まさに僕もそう思っていたところなんだ。どうやら、君も僕も至って正常なようだね。ここ数日は働き詰めだったから若干の不安があったんだが、やっぱり毎朝食べているアップルパイが、僕たちを正常な状態にしておいてくれているようだね」
「あぁ、まったくその通りだ。アップルパイは実に素晴らしい食べ物だよ。ところで知っているかい? アップルパイには二種類あるってことを」
「なんだって!? 二種類? それはどういうことだい?」
「僕たちのよく食べるアップルパイとは別に、四十二区で新種のアップルパイが出来たのさ」
「わぁ~お、それは興味深いね。是非食べてみたいよ」
「だったら、打ってつけの人物に心当たりがあるよ」
「おいおい、穏やかじゃないね。どうしてそんなホットな情報を今まで黙っていたんだい? あまりに人が悪いじゃないか、チック」
「そう怒らないでくれよネック。反省している。あの時の僕はどうかしていたのさ。すぐにでも君に伝えるべきだった。まったくそのとおりさ」
「いや、もういいよ。それよりも、その人物っていうのは、一体誰なんだい?」
「それはね……そこにいるてんとうむしさんさ!」
「わぉ! てんとうむしさん、ご機嫌いかが!?」
「長いわ!」
何を二人でダラダラしゃべってやがんだ!?
「「てんとうむしさん。新しいアップルパイを食べさせてください。プリーズ」」
「お前ら、まだアップルカツ食ってんのかよ……」
こいつらの言うアップルパイは、まるごとのリンゴに衣をつけて揚げただけの代物で、とても美味いとは言い難い代物だ。
「ポンペーオには、タルトより先にアップルパイを教えてやるべきだったんじゃないかい?」
「いいや。どうせこいつらはラグジュアリーには行かねぇよ。どんなに金を稼いだって貧乏生活をやめるつもりがないんだから」
今、四十区と四十二区では砂糖大根を生産している農家が爆発的に増えている。利益が約束された新しい食材に、多くの農家が群がっているのだ。
その砂糖大根利権の中心にいるのが、このアリクイ兄弟だ。
良質な砂糖大根の種や育て方などのノウハウは、このアリクイ兄弟がほぼ独占している状態にある。……の、だが。こいつらは根っからのお人好しか、でなければ真性のバカで、その利権をあっさり他人に撒き散らそうとしやがった。
四十区の領主デミリーが注意しつつ、権利の拡散を食い止めなければ、今頃砂糖大根の価格は暴落し、市場は破壊されていただろう。
利益が上がらないと作る農家は減り、収穫量も落ちるのだ。
締めるところで締め、どこかに利益が集中する制度は、ある程度は必要なのだ。
で、利益を集めてかなりの金を手に入れたはずのアリクイ兄弟なのだが……いまだに吹けば飛びそうなボロ屋に住み、贅沢なんかとは無縁の生活をしているようだ。
たまに陽だまり亭に顔を出すようにはなったけどな。……マグダ目当てで。
「なっぽーぱーい!」
「なっぽーぱーい!」
「分かった! 今度食わせてやるから!」
「「イェーイ! おごりだー!」」
「金は払えよ、この成金兄弟!」
まったく。こんなおかしな二人が、砂糖大根の大元締めとか、世の中それでいいのかと問いたいね。
「君たち。一つ質問していいかな?」
「あぁ、いいとも。幸い、僕たちは今とても機嫌がいいんだ」
「一つでも二つでも質問してくれ。おっと、ただし、三つはダメだよ? そうでなきゃ、僕たちがアップルパイを食べる時間が無くなってしまうからね」
「へーい、チック! ナイスジョーク!」
「サンキュー、ネック!」
「……質問、していいかな?」
エステラがもう疲れた顔を見せている。
そいつらと絡むなら、もっと持久力が必要になるぞ。忍耐だ、忍耐。
「ここ最近、おかしな人を見なかったかい? ヤシロとパーシーと君たちを除いて」
ついに質問相手までを除外対象に含みやがったか。
「変な人ならたくさん見たが、おそらく君が聞きたがっているような人は見かけていないね」
「そうだね。ユニークな人ではなく、不審な人、だろうからね」
「そういえば、最近四十二区にストーカーが出るそうじゃないか」
「なんだって、それは一大事だね」
「あ、それ、お前らの『恩人さん』のことだから」
一体、どの程度ストーカーの噂が広がっているのやら。
あんまりネフェリーを怖がらせるなよ、パーシー。
「となると……」
エステラの目が俺を見つめる。
あぁ、そうだろうな。
やはり、狙いは四十二区のケーキだ。
バカ爬虫類ことオットマーの証言から、狙いはケーキであると予想されたが、『砂糖を使ったケーキ』がターゲットだった可能性も否定できなかった。
もし貴族が絡んでいるなら、『貧民砂糖』を生み出したアリクイ兄弟とパーシーの工場にも被害が出ているはずだ。だが、そうではなかった。
このことから、ターゲットは純粋に四十二区のケーキであることが窺える。
これで完全に、容疑者から貴族を除外できるだろう。
「四十区で得られる情報は、もうなさそうだな」
「そうだね。ゴロツキのたまり場に情報収集に行くわけにもいかないしね」
オットマーに仕事を依頼した人物の目撃情報でも得られれば話は早いのだが……ゴロツキどもが協力してくれるとは思えない。後々、自分たちに火の粉が降りかかるかもしれない案件だからな。
下手すりゃ、囲まれてボッコボコだ。
「じゃあ、ラグジュアリーに行って馬車を出してもらうか」
「……帰りも乗せてもらうのかい?」
「当たり前だ。『何往復』してもいいんだからよ」
タルトのレシピは、一連のゴタゴタが片付いたらということで話をつけてある。
ならば、利用できるものは利用しないとな。
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