異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

84話 裏ワザ -2-

公開日時: 2020年12月20日(日) 20:01
文字数:2,409

「こら! ちゃんと全部食べなさい!」

「もういらない~!」

 

 見ると、母親と幼い少年が焼き鮭定食を食べていた。と、いうか、少年の食べ残しをなんとか食べさせようと母親が苦慮しているようだ。

 

「あの……少し多かったでしょうか?」

「あ、いえいえ。たくさんいただけるなんて、感謝したくらいで……ほら、あんたもわがまま言わないで全部食べなさい!」

「やー! ケーキ食べるー!」

「ケーキ食べられるならご飯食べなさい! もったいないでしょ!?」

「やー! もーいらないー!」

「はぅ…………」

 

「もういらない」その一言にジネットの表情が曇る。

 ……殴ろうか、ガキ?

 

 どうせ、イメルダがモンブランを美味しそうに食うから、自分もそっちが食べたくなっただけなのだろう。ご飯よりケーキの方が美味そうだもんな。

 だがな、俺は飯を食わずにお菓子を優先させるヤツが大嫌いだ!

 飯前にお菓子を食って、「ご飯食べられない」とか言うヤツは、二度と白米が食えなくなる刑にでも服せばいい。

 

「あの……でしたら、お弁当箱に入れて、お持ち帰りになりますか?」

「え、でも……量が、これだけですし……」

 

 少年の食べ残しは、ご飯が半分とシャケ四分の一、そして付け合わせの野菜があと二口といったところか。

 無理して掻き込めばいけそうな量だ。

 つか、ご飯残し過ぎだろこのガキ。おかず、ご飯、汁物と、三角食べが基本だろうが! なってないぞ、教育がっ!

 

 ……ん?

 あれ…………そういや、こういうの、昔………………

 

「……あっ」

 

 ふと、とても…………とても懐かしい記憶がよみがえった。

 

 俺が親方と女将さんに引き取られたのは五歳の時で、俺の記憶が鮮明に残っているのもそれくらいからで……だからまぁ、本当の両親の記憶なんかはほとんどないようなものなのだが……ただはっきりと、五歳の俺は落ち込んでいたのだという記憶だけは残っていた。

 ガキなりに両親がいなくなったことに傷付き、優しい伯父夫婦に気を遣わせてしまっていたのだ。

 女将さんの作ってくれるご飯を「食べたくない」なんて、困らせたこともあった。

 

 そんな時……

 そう、ちょうどこのガキみたいに俺はわがままを言ったことがあって…………うわ、思い出すとすげぇ恥ずかしい……俺は、両親がいなくなって『いらない子』なんじゃないかと錯覚して……『お前は特別だ』と言ってもらいたくて……わがままを言った。このガキとまったく同じで飯を残して、ケーキを食わせろと……

 

 その時……女将さんは俺に………………

 

「おい、坊主」

「……えっ?」

 

 俺はガキの背後に立ち、高いところからそのこまっしゃくれたガキの顔を思いっきり見下ろす。

 ガキが微かに怯えた表情を見せる。

 

「ちょっと、厨房へ来い」

「ヤ、ヤシロさん!? い、いじめちゃダメですよ?」

 

 お前は俺をなんだと思ってんだ?

 それにいじめるなら表に連れ出すわ。

 部外者を厨房に入れるなんて、よほどのことがない限り、この俺が許さない。衛生管理は食品を扱う者にとって命と同じ重さがある使命だからな。

 

「ジネット、新しいエプロンを二つ持ってこい」

「は、はい。ただいま」

「おい、ババァ…………もとい、お母さん。あんたもついてきてくれ」

「え? あ、は、はい……」

 

 ジネットが持ってきたエプロンをババアとガキに着せ、厨房へと連れて行く。入ってすぐに手洗いをさせ、爪の中までブラシで洗浄させ、最後にアルコールを吹きつけてから厨房への立ち入りを許可した。当然、靴も殺菌させてもらった。

 

「そこら辺にある物には触るなよ」

 

 念のために釘を刺し、二人を作業台が見える場所へ連れて行く。

 

 さて……やるか。

 

 俺は持ってきたガキの食い残しをまな板の上に載せる。

 野菜と、鮭の切り身だ。

 そこに、味噌、砂糖、醤油を混ぜ包丁で叩く。ちゃんちゃん焼きもどきだ。

 で、こいつをかる~くフライパンで炒める。水分を飛ばし、味の濃縮された『タネ』を作る。

 あとは、ガキが例外なく大好きな『アレ』を作る。

 

 記憶にないだろうか?

 すごく幼い頃、ご飯がどうしても食べられない時、茶碗に残った白いご飯を、おにぎりにしてもらったら不思議と食べられた……なんていう経験が。

 

 ガキなんてのは単純だから、見た目に面白ければ興味を示し、そして食うのだ。

 ガキの「お腹いっぱい」は、単純に「もう飽きた」であることが多い。その証拠に、飯のすぐ後に「おなかすいた」とか平気な顔して抜かしやがる。

 

「お~にぎり、お~にぎり、な~にいれよ~?」

「あはっ!」

 

 そんな歌を歌いながら、残ったご飯を手に取り、一口サイズのおにぎりを作る。

 こういう、なんてことのない歌とか、ガキは結構食いついてきたりするんだよな。

 ……女将さんが歌っていた調子はずれのオリジナルソング、今でも覚えてるもんな。

 

 気の利くジネットが、新しく平たい皿を出してきてくれる。

 そこに一口サイズのおにぎりを置く。

 すると、もう我慢できないような様子でガキの目がキラキラしていた。

 

「食うのは、向こうに戻って椅子に座ってからだぞ」

「えぇー!?」

 

 焦らすのも、効果的だ。

 

 なるべくゆっくりと、時間をかけ、歌なんぞを歌いながら、ガキが食い残した物を全部おにぎりへと作り変える。味噌などの調味料を追加したが……まぁ、今回はサービスでいいだろう。

 

「さぁ、戻ろうか! あ、エプロン返せよ」

「うん! 早く! 早くっ!」

 

 厨房を出るなり、ガキはエプロンを脱ぎ、ジネットへと押しつける。そして、電光石火の速度で椅子に座り、ワクテカした表情でおにぎりの登場を待った。

 ……分かりやすいガキめ。

 

「ほら、残さず食えよ」

「いただきまーす!」

 

 ガキが『ちゃんちゃん焼きもどきおにぎり』に齧りつく。

 

「ん~っ! おいひぃっ!」

 

 足をバタバタさせて口に頬張る。

 この調子なら完食できるだろう。

 モンブランよりも後に登場した、見たこともない面白い料理に、ガキの興味は完全に移っていったようだ。

 

「ヤシロ! あれ、ボクにも出してくれないかい!?」

「ワタクシにも!」

 

 お前らの興味も移ったのかよ? 子供か……

 

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