レジーナがシスターの服を着ている。
……安物の『大人のビデオ』のようだ。
「なんやろ? 自分の目ぇ、えらい失礼なこと考えてるように感じるなぁ」
「よく似合ってるぞ。夜のお仕事の人みたいで」
「シスターの穢れなき衣装を穢したいやなんて、自分、罰当たりな鬼畜やなぁ」
「ヤシロさん、レジーナさん。懺悔してください」
背後からベルティーナに首根っこを掴まれて諭される。
うむうむ。レジーナがいると、俺だけが理不尽に怒られることがなくていいな。道連れって、いるだけで安心する時、あるよね?
「ウチ、被害者やのに……」とか、不満を垂れるレジーナ。
しかしながら……なかなかどーして。
普段見ない白っぽい服を着たレジーナは、見ようによっては美人に見えた。口さえ開かなければ。本性さえ知らなければ!
「とてもよくお似合いですよ、レジーナさん」
「い、いややわぁ、シスターはん。褒めても、片乳くらいしか出せへんで?」
「……レジーナさん?」
「ごめんなさい。せやからそのめっちゃ怖い目ぇで睨まんといてください」
ベルティーナの教育は、この教会の関係者以外にも適用されるらしい。
レジーナ、二~三週間ほどここに閉じ込めておくってのはどうだろうか。多少はまっとうな人間にならないだろうか?
…………ガキどもに感染者が出るか。ダメだな。
「それで、あの。レジーナさん。テレサさんの目なのですが……」
「それやったら問題あらへんで」
着替えてすぐにテレサの診察を行ったレジーナ。診察結果を俺たちに教えてくれる。
「経過は良好。この調子やったら、あと一週間もせぇへんうちに見えるようになる思うで。まぁ、最初はぼんやりと、やけどな」
「そうですか。……よかった」
結果を聞き、ほっと息を吐くベルティーナ。
こうやって回復している兆しが見えると、やっぱり安心するのだろう。
「しすたぁ、おいしゃしゃ~」
テレサがよたよたと、両手を前に突き出して歩いてくる。
テレサが転ばないように、二人の少女が付き過ぎず離れ過ぎない距離で付いてくる。
「テレサさん。お利口に診察が受けられて、偉いですねぇ」
「ぅん! あーし、おめめなおすの。おねーしゃのぉかお、はやくみゆの!」
姉の顔が見たい。
その思いが、テレサの回復力を高めているのかもしれない。
「ロレッタの場合、『親の顔が見たい』なんだけどな」
「はぅっ!? ご、ごめんなさいですが、両親の顔だけは……勘弁してほしいです」
頑なだなぁ。
四十二区の娘は親を避ける傾向にあるのかなぁ。
じゃあ、ジネットがベルティーナにべったりなのは珍しいことなのか。
「おいしゃしゃ~、ありがといいにきたの~」
「そんなん、礼なんかいらへんで」
膝を曲げ、テレサの頭にそっと触れるレジーナ。
満面の笑顔で屈託なく笑う少女の顔を見つめて、聖女のような声で言う。
「体で払ってくれさえすれば」
「ロレッタ、大至急そこの堕シスターをつまみ出せ!」
「いややわぁ、普通はん。ウチのナニを摘まみたい言ぅのん? この摘まみん坊!」
「あたし、もらい事故もいいとこです!」
「三人とも、もう少し静かにしてください『ね』?」
ベルティーナの『ね』が物凄く怖い。
うん。ちょっとはしゃぎ過ぎたかな。落ち着こう。まぁ、八割方レジーナのせいなんだけどな。
「それから、テレサさん」
「あい!」
「『はい』ですよ」
「ふぁい!」
「惜しいですね。でも、さっきよりよくなりましたので、その調子で練習しましょうね」
「ぱい!」
「はい」が上手に言えず、いろいろ迷走した結果テレサがそんな返事をしたから……その場にいた連中が全員俺の方へ視線を向けやがった。
なんだ? お? 俺がそばにいるからそーゆー言葉になったとでも? 何かが感染したとでも?
「テレサさん、もう一つ。『お医者様』です」
「おいしゃしゃ~!」
「おいしゃ・さま」
「おーいーしゃー、しゃーーー!」
舌が、絶望的に足りていない。
「……わざとか?」
「いえ、まぁ、家庭環境といいますか……」
テレサのしゃべれなさ加減に、ベルティーナが短い息を漏らす。
バルバラがヤップロックのところで働くようになり、テレサの面倒が見られない時間が出来た。その間は教会にテレサを預けることになっており、そんな状況なのでベルティーナがテレサに言葉遣いやマナーなんかを教えようとしているのだ。
テレサはしゃべれなさ過ぎるからな。
それには理由……というか、原因があって。その原因が……
「テレサ! 今日の仕事終わったから迎えに来たぞ!」
「おねーしゃっ!」
「んぬっふぁああああ! テレサは可愛いなぁ!」
こいつだ!
このバカ姉が教育とはほど遠い甘やかし放置を繰り返してきたせいなのだ。
甘やかし放置とは、止めたりやめさせなければいけない悪習を、「でも子供だから」とか「喜んでいるから」なんてバカな理由で容認し、結果、そのガキの心の形成に多大なる悪影響を与えてしまう『寛容』という仮面を被った教育放棄だ。
そいつは放任主義とは言わない。どっちかっていうとネグレクトの方が近しい。
育児放棄と甘やかしは、どちらもガキの心の成長を妨げる悪しき行いだ。
「バルバラ。テレサにちゃんとした言葉を教えてやれ。ここだけじゃなくて、家でも練習しなきゃ、いつまで経ってもそのままだぞ」
「なんだよ、英雄! アーシの教育方針に文句あんのか!?」
……こいつ、ヤップロックの影響で俺を『英雄』と呼ぶようになったんだよな。
まぁ、敬いの気持ちは一切含まれていないけども。
「それに、テレサは言葉なんか覚えなくてもいいんだ! 今のままで十分可愛い……いや、今のままの方が可愛い!」
こいつが、『おねーしゃ』って呼ばれるのを気に入ってるもんだから、改善しようって意識が一切芽生えていないんだよな。
……ったく、しょうがない。
こーゆー単純バカは、ちょ~っと甘言を囁いてやるだけでころっと意見を変えるものだ。やれやれ。
「なぁ、バルバラ。テレサがちゃんとしゃべれるようになるとな、『お姉ちゃん、大好き』って言ってもらえるかもしれないぞ? 聞きたくないか? 『お姉ちゃん、大好き』」
「はぅ!? …………ぐほぅ!? …………お、お姉ちゃん、大好…………ごふぅっ!」
うん。
アホである。
まんまと心が揺らいでいるようだ。
チョロいんだから、まったく。
「おねーしゃ」
「なんだ、テレサ? アーシに何か言いたいのか?」
「あーし、おねーしゃ、だぃしゅち、ょ?」
「アーシも『だいしゅち』だぁあああ!」
「ロレッタ、鈍器!」
「ダメです! 今のは、さすがのあたしも若干『ダメだ、この姉バカ』って思ったですけど! 妹の前で姉の威厳を失墜させる行為はやめてあげてほしいです!」
くそぅ、鈍器がなきゃ俺ではバルバラに勝てない。ここはぐっと我慢しておくか。
ロレッタのヤツ、同じ姉って立場でシンパシー感じてやがるな。
「やっぱり、テレサは今のままでいい! アーシが許す!」
アホ姉が妹を抱きしめ、一人で盛り上がっている。
……どうしてくれよう。雨の中放り出すか?
「バルバラさん」
静かな声で、ベルティーナがバルバラを呼ぶ。
そっと肩に手を載せ、美しい笑顔でバルバラに言葉を向ける。
「あなたも、言葉のお勉強をしましょうね?」
「…………い、いや、アーシは、別に……」
「し・ま・しょ・う・ね?」
「……………………はい」
ベルティーナの笑顔、綺麗過ぎて怖いんだよなぁ……
美味い物食ってる時の笑顔と全然違うんだもんよ。
ある種、ベルティーナが四十二区最強かもしれないな。デリアもナタリアも、きっと怒ったベルティーナには勝てないだろう。
テレサに教育を施すという話になった際、バルバラにも基本的な教育が必要だとベルティーナは訴えていた。言葉遣い。人の心を感じ取り気遣える道徳心の教育。あと計算や料理など、生きていく上で必要なことなんかを。
だが、バルバラは逃げ回っているらしい。
うんうん。分かるよ。絶対、勉強とか苦手なタイプだもんな、バルバラは。
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