異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

357話 共犯者たち -2-

公開日時: 2022年5月12日(木) 20:01
文字数:3,754

「マーシャ。頼んでおいたものって、今日中に手に入るか?」

「うん。今朝港に届くようにお願いしておいたから、取りに行けばきっともうあるよ☆」

「では、私が行ってまいります」

「あぁ、待てナタリア。マグダ、ロレッタ。たぶん大荷物になるからナタリアを手伝ってやってくれ」

「……任された」

「大船に乗ったつもりでお任せです!」

「あ、じゃ~ねぇ。店長さん、紙とペン貸して~」

「はい。少々お待ちください」

 

 ジネットがカウンターから紙とペンを持ってくる。

 そこへ、マーシャがさらさら~っと文字を書き、最後にサインを付ける。

 まるでイラストのような、可愛らしいサインだ。

 

「このマークを見せれば、私からの手紙だってすぐ分かるからね。あ、それでね――」

「ご心配なく。マーシャさんのマークは他の誰にもお見せいたしません」

「うん。さっすがナタリアちゃん。話が分かるね~☆」

 

 マークを見られて悪用されると一大事だ。

 コピーでもされたらまたマークを変えなければいけなくなるし、発覚するまでマーシャの名を騙って好き勝手される恐れもある。

 きっと、俺らにも見せないようなものなのだろうな、本来は。

 少なからず、俺たちのことは信用してくれているようだ。

 

「このマークは、私の一族しか使っちゃいけないものだから~、ヤシロ君、君なら完璧にコピー出来ちゃいそうだけれど……無断使用したら、責任、取ってもらうからね☆」

 

 その責任って、娘をキズモノにした時と同じ責任の取り方だよな?

 全然信用されてない。物凄ぇデッカイ釘を刺されちまったな、おい。

 マーシャの一族に加われば、そのマーク使っていいんだもんな。うんうん、理に適ってるよ、その責任の取り方。

 

 絶対使わねぇ。

 

「マーシャの一族になったら、俺もホタテで隠すのかぁ……厳しいなぁ」

「何を言っているんだい、君は?」

「エステラの言う通りだ。貴様など、アサリで充分であろう」

「何を言っているんですか、ルシアさん!? ボクはそんな話はしてないですよ!?」

「ん? カタクチイワシに乳はないのだから、アサリで十分であろう?」

「ぐ…………あ、あぁ~……ですよねぇ」

「あれあれぇ? エステラは、何を隠すと思ったのかなぁ~☆」

「と、とにかく! ヤシロはマーシャの一族のマークを悪用しないように!」

 

 しねぇよ。

 するなんて言ってないだろうに。

 

 あと、……アサリじゃ無理だっつの。

 ほら貝持ってこい、ほら貝。

 

「では、荷物を受け取ってまいります、ヤシロ様。脳内桃色タイフーン様」

「誰が脳内桃色タイフーンさ!?」

「……行ってくる、ヤシロ。エロス大明神様」

「エロス大明神でもない!」

「行ってくるです! お兄ちゃん! エステラさん!」

「その並びで言われると、ボクの名前がエロスの代名詞みたいでイヤな感じだよ!」

「あたし、普通に挨拶したですのに!?」

 

 エステラの被害妄想が加速している。

 この街では「レジーナ」が下ネタの、「エステラ」が思春期の代名詞になる。うん、きっとなる。

 

「ジネット。これからちょっとレジーナの家に行ってくる。ナタリアたちが戻ったら、魚を三枚におろしといてくれるか?」

「あ、お荷物って海魚なんですね」

「あぁ。俺が戻ったらにぎり寿司を教えてやる。港の完成まで時間はないが、存分に練習してくれ」

「はい! 楽しみにしています!」

 

 魚の処理はジネットに任せておけば間違いないだろう。

 酢飯も作っておいてもらおうか。手巻き寿司で作ったことがあるからやり方も知ってるし。

 

「ねぇねぇ、ヤシロ君。魚を捌くなら私もお手伝いできるよ☆」

「えっとマーシャは……」

 

 エステラに視線を向ける。

 

「夕方にメドラさんたちと話し合いをするから、それまでは自由にしててもらっていいんじゃないかな?」

「じゃあ、にぎり寿司もやってみるか?」

「わ~い、お料理~☆」

 

 おにぎりがうまかったマーシャなら、にぎり寿司もそこそこいいものが出来るだろう。

 

「それじゃあ、みんな。各々よろしく頼む」

「おう、任せとけ! 陽だまり亭は、あたいとカンパニュラたちで守ってやる。な?」

「はい。お店のお手伝いはお任せください。ヤーくんとエステラ姉様は、ご自身のなすべきことに集中してください」

「おてちゅらい、すゅー!」

 

 あぁ、いかんいかん。

 留守にすることが不安になっているようだ。口数が増えてるな、俺。

 自分一人で出来りゃ、こんな不安を覚えることなんかないんだろうが……

 

 今回のことに関しては、他人に任せなきゃいけな部分が多い。

 何より、「知らないうちに解決してた」では済まされない連中が割といる。

 

 俺が一人で勝手やって、事後報告――じゃあ、納得しないだろうしな。

 

 中間管理職みたいでヤだねぇ。

 実行は他人任せで、責任だけ全部自分が引き受ける。

 胃がひっくり返りそうだ。

 

 だが、それを乗り越えていかなきゃいけないんだよな。

 俺ではなく、エステラたちが過去にケジメをつけるために。

 

 そして、こいつも――

 

「レジーナ。協力してくれるな?」

「なにやらされるんか、まだ聞いてへんけど……ま、ふわふわ系女子に変装せぇっちゅう無茶振りをも乗り越えたウチや。大抵のことやったらやったげるで」

 

 レジーナが嫌がるかもしれない頼り方になるが、早期解決のために利用させてもらう。

 

「エングリンドの名を貸してほしい」

「…………」

 

 レジーナの瞳の色が深くなる。

 

 おそらく、バオクリエアにいる間中ついて回ったであろう『エングリンド』の名。

 その名のせいで一目を置かれ。

 その名のせいで貴族に目を付けられ。

 その名のせいでいろいろとつらい目にも遭ってきたのだろう。

 

 レジーナがバオクリエアで最新鋭の研究に携われたのは、エングリンドの名のおかげであるのかもしれないが、その恩恵以上にエングリンドの名はレジーナに不利益をもたらせたはずだ。

 どこまで行ってもついて回るエングリンドの名。

 それを嫌って、レジーナは国を出たのかもしれない。

 

 だが、今回はそのエングリンドの名を貸してもらう。

 これ以上ない説得力のために。

 

「……まぁ、同じ利用されるにしても、楽しい結末に結びつくやり方の方が何十倍もえぇわな」

「おぅ。お前が喜びそうな結末を見せてやるよ」

 

 命の危機にも、誰かを失う恐怖にも怯えずに済む、平穏な日常。

 好きなことに没頭し、気が向いた時に息抜きが出来る。そんな当たり前の毎日。

 

 レジーナみたいな引きこもりには、そういう平穏が何よりも尊いに違いない。

 

「好きなだけ引きこもれる日常を、お前にプレゼントしてやる」

「いやっ、そんな魅力的なもんくれはるのん? ほな、ウチも全力で協力せなアカンなぁ」

 

 けらけらと笑って、静かな声で言う。

 

「ほな、詳細を聞かせてもらおかな」

「あぁ。お前の家で、ゆっくりとな」

 

 昨夜は、レジーナの精神がまだ安定していなかった。

 あの状況では出来ない話だった。

 

 一夜明け、レジーナも多少は落ち着いただろう。

 死の恐怖が付きまとうバオクリエアから逃げ帰ってきたばかりで申し訳ないが、もう一度バオクリエアと向き合ってもらうぞ。

 バオクリエアの侵略馬鹿が、当面はこちらへちょっかいかけられなくなるようにな。

 

 目先の美味そうなエサに釣られて欲をかいてるバカ王子の視線を別の方向へ向けさせる。

 そして、バオクリエアの情勢は、バオクリエアの中だけでカタを付けさせる。

 それまで、オールブルームに手を伸ばせないように、もう一度膠着状態に戻ってもらう。

 

 ……まぁ、そうすると、マグダの両親の帰還が遅れることになるのだが。

 

 少なからず、もう一年二年は先延ばしにさせてもらう。

 それだけの時間があれば、きっと四十二区は今よりもっと強くなれる。

 外周区と『BU』との連携を強め、外からの脅威を跳ね返せるくらいに成長させられるかもしれない。

 

 今先延ばしさせることで、二度と手出しが出来なくすることも可能かもしれない。

 

 そのための煙幕を張らせてもらう。

 マグダには、悪いけどな。

 

 マグダは、……うん。ちゃんと甘えさせてやろう。

 いつか、両親がこの街へ戻ってくるその日まで。

 

「エステラよ。私とギルベルタも少し外すぞ。一度三十五区へ戻ろうと思う。だが、夕刻までには戻る」

「はい。慌ただしいスケジュールで申し訳ないです」

「そなたが気にすることではない。こちらも、覚悟を決めて望んでいることだ。行くぞギルベルタ」

「はい。急がせます、馬車を。時刻に間に合うように」


 言うが早いかルシアはギルベルタを連れて陽だまり亭を出ていく。


「ワタクシも一時お暇させていただきますわ。お父様と話をしなければいけませんので」


 明日で状況が大きく変わってしまうかもしれないハビエル父娘。

 いろいろと話し合うこともあるだろう。


「あたしとネフェリーも家に戻るね」

「何かあったらいつでも呼んでね。すぐに飛んでくるからね」

「ほんじゃ、アタシも戻って金型の研究でもするかぃね」

「みりぃも、お家帰るね。ぱうらさん、ねふぇりーさん、あとでお話聞きに行くね」


 そうして、急遽一泊することになった連中も、それぞれ自宅へ戻り日常業務の準備に入る。

 賑やかながらも穏やかだったお泊まり会が終わり、日常が戻ってくる。


 この日常を守るために、俺たちも動き出さなきゃな。


「エステラ、準備はいいな?」

「うん。いつでもどうぞ」

「じゃ、ジネット。行ってくる」

「はい。お気を付けて行ってらしてください」

 

 

 太陽のような笑顔に見送られ、俺たちは陽だまり亭を出発した。

 

 

 

 

 

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