異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

後日譚50 明日からも -2-

公開日時: 2021年3月10日(水) 20:01
文字数:4,203

 がらーんとした店内を見渡す。

 昨日は、奥の壁際にセロンとウェンディが座っていたんだよな。

 

「結婚……か」

「なんだ。結婚に興味があるのか、カタクチイワシ」

「パォーン!?」

 

 いつの間にか、店の中にルシアがいた。

 け、気配を殺すな! 思わずゾウみたいな声が出ちまったじゃねぇか。

 

「ねぇ、ヤシロ」

 

 ドアの向こうから顔を覗かせるエステラ。

 庭に視線を向けている。

 

「屋台がないけど、またどこかで商売をしているのかい?」

「あぁ。それなら教会だ。関係者の慰労会をやるって、ジネットが大張りきりでな」

「ジネットちゃん……タフだよね」

 

 エステラもここ数日……いや、なんだかんだで一ヶ月以上も走り回っていた口だ。

 さすがに疲れが溜まっているのだろう。浮かべる笑みは見事に引き攣っていた。

 

「お前も食いに来いよ。ナタリアと一緒に」

「そうさせてもらうよ。まだ仕事が残ってるから、それが済んだらね」

 

 仕事が残っているのに、エステラがここに来る理由なんてのは一つしかない。

 ジネットの料理を食いに来たのだろう。

 

「残念だったな。タッチの差でジネットは出てったぞ」

「え? あ、違う違う。ジネットちゃんに会いに来たんじゃないんだ」

「なんだ、違うのか?」

「君に用があったんだよ。――ルシアさんがね」

 

 俺に? ルシアが?

 

 視線を向けると、ルシアが一歩、俺へと近付いてきた。

 ……なんか、迫力あるよな。真正面から、こう至近距離で見ると。

 

「一先ずは、礼を言わせてもらう」

「……へ?」

「貴様の…………いや、そなたの働きは評価するに十分値する大きなものであった。これは一面上の事実であり、否定のしようもない」

 

 な、なんだ?

 ルシアが俺を褒めている?

 

「ど、どうしたルシア……重い病気にでもかかったのか?」

「そういうところがあるので、貴様自身を評価することは保留して、今回の働き『のみ』を評価しているのだ。察しろ、下郎が」

「暴言のバリエーション豊富だな、お前は」

 

 初めて言われたわ『下郎』。

 

 しかし、なんでかな、こんな会話で落ち着いてしまう俺がいる。

 

「見事であったぞ。大通りのパレードもしかり、長らくくすぶっていたかつてのしこりを取り払ってみせたこともな」

「俺だけの功績じゃねぇよ。そもそも、連中の気質が五割のお人好しと三割の好奇心と二割の単純さで出来ているから出来たことだ。褒めるなら自分の区の住民を褒めてやれよ」

「ふふん。貴様にしては随分と殊勝ではないか」

「お前に褒められてるとな、何か裏があるんじゃないかと思えて仕方ないんだよ」

 

 結局『貴様』に落ち着いた二人称。

 ルシアが不敵な……しかし嬉しそうな笑みを俺に向けている。

 

 あ……そうか。

 今日が終われば、もうこいつと会う理由が無くなるのか。

 少なくとも、こうやって意味もなく立ち話をする機会はグッと減るだろう。

 二度とないかもしれない。

 

 なにせ、ルシアは三十五区の領主なのだ。

 俺みたいな四十二区の一般人と会う理由も、割ける時間もないのだ。

 

「そう、寂しそうな顔をするな、カタクチイワシよ」

「どっちがだよ」

 

 ふん……と、鼻を鳴らすルシア。

 お前も寂しいんだろ? 俺みたいにずけずけと物を言ってくれるヤツは、お前のそばにはいないだろうからな。

 

「一つ、貴様に素晴らしい提案をしてやろう」

 

 得意満面で、ルシアが両腕を広げる。

 何を言う気か知らんが、そのドヤ顔…………恩着せがましさがすでに滲み出してるぞ。

 

「貴様が望むのであれば、私の家の養子にしてやっても構わんぞ?」

「「はぁっ!?」」

 

 思いのほか甲高い声が漏れてしまった。

 そして、俺の隣で同じように甲高い声を上げたのはエステラだ。

 

「あ、あの、ルシアさんっ、そ、それって……む、婿養子って、こと……ですか?」

「それは宣戦布告か、エステラよ?」

 

 おいこら。

 俺との結婚をほのめかすのは宣戦布告なのかよ?

 

「私はコレと決めた相手としか、そのような関係になるつもりはない。だが……」

 

 ルシアの目が俺を見る。

 謎の生物を偶然発見したマッドサイエンティストのような目だ。

 

「この男は非常に面白い。実に興味深い。観察してみるのも悪くないと思えるほどにな」

 

 それは、おそらく褒め言葉なのだろう。

 真っ平御免だが。

 

「だから、そうだな……私の弟にしてやってもいいぞ。姉を敬い、下僕のように尽くす栄誉をくれてやってもいいぞ?」

「熨斗つけて顔面に叩き返してやるよ」

 

 誰が下僕だ。

 

「そうか。不満か……」

 

 そこで、ルシアの顔がニヤリと歪んだ。

 これまで見せた中で、一番意地の悪い笑みだ。

 

「私の弟ということは貴族になるということだぞ?」

「他の男なら、それで喜ぶのかもしれんが、あいにく俺は貴族に興味がなくてな。なりたいとも思わねぇんだよ」

「そうか? もし貴族になれば……」

 

 そうして、とんでもない言葉を口にする。

 

「……家柄も釣り合うから、エステラを嫁にすることも可能だぞ」

「「ぷひょっ!?」」

 

 またまた変な音が出た、俺の鼻とエステラの口から。

 

「なっ、なな、なに、言ってるんですか、ルシアさんっ!?」

「なんだエステラ。カタクチイワシでは不満か?」

「ふ、不満とか……そういうわけじゃ…………じゃなくて! どうしていきなりそんな話になるんですか!?」

「なぁに、単純なことだ」

 

 ここでルシアは、なんとも貴族らしい表情を見せる。

 

「四十二区と懇意にしておくことが、今後三十五区にとってプラスになると感じた。特に、エステラ。そなたと、このカタクチイワシの二人とはな」

「そ、そうだとしても…………そんな、強引な……」

 

 俺がルシアの弟となりエステラと結婚すれば、ルシアが望む二人との縁が出来上がる。

 って、ことなんだろうが…………突拍子もない案だな、おい。

 

「それに、カタクチイワシがウチに来れば、ギルベルタも喜ぶだろうしな」

 

 そういえば、ギルベルタの姿が見えない。

 ルシアのそばを離れてどこに行ったんだ……と思った矢先、ルシアが庭に向かって声をかける。

 

「入ってくるのだ、ギルベルタ」

「了解した、私は」

 

 そうして、陽だまり亭に入ってきたギルベルタは、ふわふわとした可愛らしいドレスを身に纏っていた。

 

「貴様に見せたかったのだそうだ。昨日は給仕の仕事で、ドレスは着られなかったからな」

「変ではないか、私のドレスは?」

 

 少しだけ怯えたような表情で、ギルベルタが尋ねてくる。

 こいつは……本当に。

 

「ギルベルタ。そういう時は『似合うか?』と聞くもんだよ」

「そう、なのか? 分かった、私は、言う通りにする、友達のヤシロの」

 

 そうして、言い慣れていない感満載で改めて尋ねてくる。

 

「に、似合うか……私の、ドレスは?」

「あぁ。よく似合っている。可愛いぞ」

「あはっ!」

 

 小さくガッツポーズをして、くるりとその場で回転をする。

 ふわりとスカートが舞い、小柄なギルベルタがダンスをする妖精のように見えた。

 

「養子になる気になれば、いつだって申し出るがいい。ギルベルタはやらんが、観賞する権利くらいは分け与えてやる」

「そりゃ、極上の特権だな」

「だろう?」

 

 ニヤリと笑ってルシアはチラリとエステラの方へと視線を向けた。

 

「ぁう……っ」

 

 そんな声が聞こえたが、どんな顔をしているかまでは分からない。

 意地でも振り返ってはやらないつもりだ。

 ……そんな顔見せられたら、変に意識しちまうからな。

 

「エステラも、何か相談があれば、いつでも話しに来るがいい」

「も、もう! ルシアさんからかっているでしょう!?」

「ふふっ。よいではないか。そなたは、私に初めて出来た気の置けない友人なのだから」

 

 へぇ。

 ルシアがそんなことを言うとはな。

 エステラも、外交がうまくなったもんだな。

 もっとも、暴走するルシアにツッコミを入れ続けたってだけかもしれんがな。

 

「ルシア、ギルベルタ。お前らも飯を食っていくか?」

 

 教会でのディナーに誘ってみるが、ルシアは静かに首を振った。

 

「そうしたいのは山々なのだが、三十五区をこれ以上留守には出来ん。今日中には戻りたいのだ」

 

 夕飯を食えば、もう一泊することになる。

 四十二区と三十五区は、オールブルームの外周区の対角線上にあるのだ。

 今から出ても、到着は夜中になるだろう。

 

「安心してほしい、友達のヤシロ。また必ず会いに来る、私とルシア様は」

「うむ。ジネットの作る食事は美味いからな。必ず食べに来ると約束しよう」

「じゃあ、そう伝えておくよ」

 

 随分と濃い時間を共有してきた気がしたのだが……別れ際というのはあっさりとしたものだ。

 

 ルシアとギルベルタは軽く目礼だけを残して陽だまり亭を出ていってしまった。

 庭に馬車が停まっていたらしい。蹄の音が遠ざかっていく。

 

「真に……、受けないようにね」

 

 隣で、あさっての方向を向いたままエステラが言う。

 …………分かってるよ。

 

「ボクは別に、家柄とかは気にしないんだ。両親もそれでいいと言ってくれているし……」

 

 言い訳のようなことを語り出すエステラ。なのだが……それって、言い訳になってないんじゃないか?

 まぁ、深くは追及しないけどな。

 

「それに……」

 

 まだ言い訳が足りないのか、エステラはさらに言葉を重ねる。

 ただそれは、どことなく不機嫌そうな色味を含んだ声だった。

 

「……ヤシロは、貴族にはなりたいとも思ってないんだもんね」

 

 ……なんだろう、この棘のある言い方。

 それはお前、ほら、ルシアを煙に巻くためというか…………あぁ、もう。

 

「エステラ」

 

 俺は限りなくニュートラルに近い声を意識して発声する。

 

「飯、食いに行こうぜ」

 

 この話は保留だ。

 まだまだ結婚なんて早いさ。……俺らは、全員な。

 

「……うん。そうだね」

 

 ほんの一瞬だけ考えて、エステラも俺と同じ答えにたどり着いたはずだ。

 今ここでこねくり返して得になることなど何もない。

 今はただ、過ぎ去ったイベントの後片付けをして、それすら終えた後に待っている打ち上げを心待ちにする。それだけで十分だ。

 

「さぁ~あ! これでボクも、ようやく一息つけるよ。ゆっくりジネットちゃんと話がしたいや」

「それじゃあ俺はその隣で、お前らの会話を邪魔しないように細心の注意を払いつつ、この世の格差と不条理について黙考するとしよう」

「ははっ、二分に一回刺すけど、いい?」

 

 こんな時にまで懐にナイフを忍ばせているのか、お前は。

 物騒なヤツだなぁ。

 とか言う俺も、いざという時のために袖口にナイフを隠したりしてるわけだが……いつまで持っとくかな。この平和な街で。

 

「行こう。ヤシロ」

「おう」

 

 俺へと振り返り、俺の名を呼ぶエステラは、いつもの爽やかな顔をしていて、なんだかほっとした。

 

 

 

 

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