異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚29 お揃い、嬉しい -3-

公開日時: 2021年3月6日(土) 20:01
文字数:2,866

「ヒントをくれたのはミリィだ」

「ぇ……みりぃ?」

「あの日。ミリィは本当に嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔が多くの者に広がれば、きっとうまくいく。そう思えたんだ」

「みりぃ…………あの時、本当にうれしかったんだ……じねっとさんや、てんとうむしさん……みんなが、みりぃのこと思ってくれてるって、わかったから…………」

 

 頭に飾りをつける。

 言ってしまえば、ただそれだけのことだ。

 だが、『ただそれだけのこと』ってヤツを、「よっしゃ、やってみようぜ!」となる過程が想像できるから、思いはきっと相手に伝わる。

『ただそれだけ』のことを、わざわざやる理由なんてのは、一つしかない。

 

 相手を喜ばせたい。

 

 その思いこそが、払拭できないものを払拭し、動かせないものを動かしちまうんだと思う。

 

「言っとくが、人間が虫人族に『合わせてやる』わけじゃねぇぞ? 人間も虫人族も、一緒になって楽しむためのものだ。なぁ、エステラ?」

「うん! ボク、それつけてみたい! ミリィやウェンディとお揃いになって、一緒に楽しみたいよ」

「てんとうむしさん…………えすてら、さん…………ぅん。一緒は、楽しい、ょね」

 

 これだ。

 今ここで起こったような、小さな幸福感が町中に広がれば、俺の思惑は成功だと言える。

 

「絶対に成功させてやるぞ、ウェンディの結婚式!」

「…………あんた、そこまで娘のことを…………」

 

 俺の後ろで、チボーがポツリと呟いた言葉は、聞かなかったことにしといてやる。

 親父の顔して漏らす湿っぽい言葉なんか、他人に聞かれたくないだろうからな。

 

「でもヤシロ。試作品、三つしかないんだよね?」

「私は譲らんぞ、カタクチイワシ」

「私も、こういうアイテムで可愛らしさを演出し、ギャップ萌えでハートをズッキュンさせたいですね」

「俺、つけたいなんて言ってないだろう……お前らでつけろよ」

 

 ちょうど三つあるのだ。

 エステラ、ナタリア、ルシアの三人でつければいい。

 そもそも、俺がカチューシャなんかつけるかってんだ。

 ……まぁ、ミリィと約束したから、いつかはつけなきゃいかんのだろうが…………だからって、それが今である必要はない。

 なんか、大勢が盛り上がってつけてる中で、こっそりつける程度でいいんだ、俺は。

 

「でも……、てんとうむしさんだけ、お揃いじゃないの……かわいそう」

 

 おぉっと、そんなことはないぞミリィ!

 気にせず、さぁつけろ!

 俺のことは気にしなくていいから!

 

「あっ……そういえば…………」

 

 この不穏な流れの中で、チボーが何かを思い出しやがった。

 この流れで思い出すことなんざ、往々にしてろくなことではないのだ。

 忘れろ。今すぐ記憶をなくせ。

 隕石とか、チボーの後頭部目掛けて降ってこい。

 

「ウクリネスさんからお預かりした物が、もう一つあったんだった」

 

 やっぱりかぁ……

 触角カチューシャではないにせよ、何かしらのお揃いアイテムなんだろう、どうせ。

 ウクリネスのヤツ、そういうところ抜かりないっつうか、余計な気を回すっつうか……

 

「これを身に着ければ、あんたもお揃いになれるぞ」

 

 えぇ……チボーとお揃いに…………えぇ~……

 

 が、しかし。

 ミリィが「よかったねぇ、てんとうむしさん」みたいな目で見てくるから、つけないわけにはいかない空気になっている。

 

 助けを求めようにも……エステラは俺が苦労する様を面白がって見たい派だし、ナタリアは火に油を注ぐ派だ。ルシアに至っては初期設定が敵対勢力だからな……仲間がいねぇ。

 

「……分かったよ」

 

 ここは、さっさと諦めて素直に身に着けるのが、一番傷を浅く済ませる方法だ。

 馬車の中だけつけて、到着と同時に外せば、ここにいるメンバー以外に見られる心配もない。

 むしろ、ここで約束を果たしておけば、本番で触角カチューシャをつけなくてもよくなるかもしれん。うん、そうだ。ポジティブに考えよう。

 

 あ、違うぞ。虫人族とお揃いになるのが嫌なんじゃなくて、触角カチューシャとか痛過ぎるだろ?

 俺、そういうのノリでもつけるタイプじゃないし……

 

 だが、今を乗り越えれば苦行は終わりだ。

 そう思おう。

 

「じゃあ、それを寄越せ、チボー」

「うむ。受け取るがいい」

 

 お前は何様だ。

 

 あ~ぁ。どうせ、ジネットやミリィが大喜びしそうな、ファンシーで可愛さ溢れるオシャレアイテムなんだろうなぁ…………と、袋に手を突っ込んで引っ張り出してみた結果、出てきたのは――黒タイツ。

 

「それを履けば、ワシとお揃いじゃい!」

「誰が穿くか、ボケェッ!」

 

 なんで俺がお前とお揃いにならなきゃなんねぇんだよ!?

 しかも二人っきりでっ!

 

「カタクチイワシよ。差別をなくすための第一歩だ…………ぷくすっ」

「そうだよ、ヤシロ。ボクたちは同じ人間じゃないか…………ぷぷっ」

「さぁ、ヤシロ様。黒タイツを穿き、それ以外を脱いで、完全にそこの変質者と同化をっ! …………ぷーくすくす」

「テメェらいい度胸してんな、マジで!?」

 

 ニヤニヤした顔でこっち見んな!

 

「ぁの……てんとうむしさん……」

 

 ミリィが、泣きそうな顔で、俺の服の袖をギュッと掴む。

 大きな瞳がうるうると揺らめいて、今にも泣き出しそうだ。

 しまったな。お揃いを激しく嫌がったせいで傷付けたか?

 

「ぁの人とお揃いになっちゃ…………ぃや、かも」

「よかった、ミリィがまともな感性を持った娘でっ! やっぱ、俺の味方はミリィだけだよ!」

 

 今、この場において、俺の心のよりどころはミリィしかいない。

 ナタリア。よくぞ呼んできてくれた。その点に関してだけは褒めてやる。

 ……さっき笑った件は絶対許さないけどな。

 

「てんとうむしさんは、また今度、じねっとさんとみりぃと、三人でお揃いしようね」

「え……あ、あぁ…………そう、だな」

 

 ……味方……なの、かな?

 笑顔で俺を死地へと追い込んでいる気がしなくもないんだが……

 

「それじゃあ、そろそろ出発しようか」

「ミリィたん。それからチボーよ。二人は遠慮することなく、馬車に乗るように。よいな?」

「は、はぃ…………お邪魔します」

「ワ、ワシも…………分かりました、です」

「では、皆様。ご乗車を」

 

 ナタリアの誘導で、ルシアから順に乗り込んでいく。

 

「んじゃ、チボーは馬車が出発してから、百数えて、全力で追いかけてきてくれ」

「そうする意味はまったく見出せんがっ!?」

 

 少しからかってやると、ムキになって俺より先に乗り込もうとしやがった。

 うん、よしよし。

 いい感じで図々しくなってきたじゃねぇか。

 

 こいつをきっかけに、ルシアと領民の距離が縮まれば申し分ないな。

 そして、ウェンディの結婚式に対しても、もっと前向きになってくれれば、言うことなしだ。

 

 意図せず訪れた幸運……なんて大層なものではないが、ウクリネスが引き止めてくれたおかげでチボーとじっくり話す機会が出来た。

 ウェンディに対する思いも聞けたしな…………『よく出来た自慢の娘』か。ウェンディに教えてやれば、きっと喜ぶだろう。

 

 まだ日も昇らない早朝の道を、馬車が駆けていく。

 目指すは三十五区。

 いろいろ片付けることがある。そろそろケリをつけたいところだ。

 

 そして、ジネットを連れて帰って、ゆっくりとコーヒーでも飲みたいもんだ。

 

 

 

 

 

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