「ヒントをくれたのはミリィだ」
「ぇ……みりぃ?」
「あの日。ミリィは本当に嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔が多くの者に広がれば、きっとうまくいく。そう思えたんだ」
「みりぃ…………あの時、本当にうれしかったんだ……じねっとさんや、てんとうむしさん……みんなが、みりぃのこと思ってくれてるって、わかったから…………」
頭に飾りをつける。
言ってしまえば、ただそれだけのことだ。
だが、『ただそれだけのこと』ってヤツを、「よっしゃ、やってみようぜ!」となる過程が想像できるから、思いはきっと相手に伝わる。
『ただそれだけ』のことを、わざわざやる理由なんてのは、一つしかない。
相手を喜ばせたい。
その思いこそが、払拭できないものを払拭し、動かせないものを動かしちまうんだと思う。
「言っとくが、人間が虫人族に『合わせてやる』わけじゃねぇぞ? 人間も虫人族も、一緒になって楽しむためのものだ。なぁ、エステラ?」
「うん! ボク、それつけてみたい! ミリィやウェンディとお揃いになって、一緒に楽しみたいよ」
「てんとうむしさん…………えすてら、さん…………ぅん。一緒は、楽しい、ょね」
これだ。
今ここで起こったような、小さな幸福感が町中に広がれば、俺の思惑は成功だと言える。
「絶対に成功させてやるぞ、ウェンディの結婚式!」
「…………あんた、そこまで娘のことを…………」
俺の後ろで、チボーがポツリと呟いた言葉は、聞かなかったことにしといてやる。
親父の顔して漏らす湿っぽい言葉なんか、他人に聞かれたくないだろうからな。
「でもヤシロ。試作品、三つしかないんだよね?」
「私は譲らんぞ、カタクチイワシ」
「私も、こういうアイテムで可愛らしさを演出し、ギャップ萌えでハートをズッキュンさせたいですね」
「俺、つけたいなんて言ってないだろう……お前らでつけろよ」
ちょうど三つあるのだ。
エステラ、ナタリア、ルシアの三人でつければいい。
そもそも、俺がカチューシャなんかつけるかってんだ。
……まぁ、ミリィと約束したから、いつかはつけなきゃいかんのだろうが…………だからって、それが今である必要はない。
なんか、大勢が盛り上がってつけてる中で、こっそりつける程度でいいんだ、俺は。
「でも……、てんとうむしさんだけ、お揃いじゃないの……かわいそう」
おぉっと、そんなことはないぞミリィ!
気にせず、さぁつけろ!
俺のことは気にしなくていいから!
「あっ……そういえば…………」
この不穏な流れの中で、チボーが何かを思い出しやがった。
この流れで思い出すことなんざ、往々にしてろくなことではないのだ。
忘れろ。今すぐ記憶をなくせ。
隕石とか、チボーの後頭部目掛けて降ってこい。
「ウクリネスさんからお預かりした物が、もう一つあったんだった」
やっぱりかぁ……
触角カチューシャではないにせよ、何かしらのお揃いアイテムなんだろう、どうせ。
ウクリネスのヤツ、そういうところ抜かりないっつうか、余計な気を回すっつうか……
「これを身に着ければ、あんたもお揃いになれるぞ」
えぇ……チボーとお揃いに…………えぇ~……
が、しかし。
ミリィが「よかったねぇ、てんとうむしさん」みたいな目で見てくるから、つけないわけにはいかない空気になっている。
助けを求めようにも……エステラは俺が苦労する様を面白がって見たい派だし、ナタリアは火に油を注ぐ派だ。ルシアに至っては初期設定が敵対勢力だからな……仲間がいねぇ。
「……分かったよ」
ここは、さっさと諦めて素直に身に着けるのが、一番傷を浅く済ませる方法だ。
馬車の中だけつけて、到着と同時に外せば、ここにいるメンバー以外に見られる心配もない。
むしろ、ここで約束を果たしておけば、本番で触角カチューシャをつけなくてもよくなるかもしれん。うん、そうだ。ポジティブに考えよう。
あ、違うぞ。虫人族とお揃いになるのが嫌なんじゃなくて、触角カチューシャとか痛過ぎるだろ?
俺、そういうのノリでもつけるタイプじゃないし……
だが、今を乗り越えれば苦行は終わりだ。
そう思おう。
「じゃあ、それを寄越せ、チボー」
「うむ。受け取るがいい」
お前は何様だ。
あ~ぁ。どうせ、ジネットやミリィが大喜びしそうな、ファンシーで可愛さ溢れるオシャレアイテムなんだろうなぁ…………と、袋に手を突っ込んで引っ張り出してみた結果、出てきたのは――黒タイツ。
「それを履けば、ワシとお揃いじゃい!」
「誰が穿くか、ボケェッ!」
なんで俺がお前とお揃いにならなきゃなんねぇんだよ!?
しかも二人っきりでっ!
「カタクチイワシよ。差別をなくすための第一歩だ…………ぷくすっ」
「そうだよ、ヤシロ。ボクたちは同じ人間じゃないか…………ぷぷっ」
「さぁ、ヤシロ様。黒タイツを穿き、それ以外を脱いで、完全にそこの変質者と同化をっ! …………ぷーくすくす」
「テメェらいい度胸してんな、マジで!?」
ニヤニヤした顔でこっち見んな!
「ぁの……てんとうむしさん……」
ミリィが、泣きそうな顔で、俺の服の袖をギュッと掴む。
大きな瞳がうるうると揺らめいて、今にも泣き出しそうだ。
しまったな。お揃いを激しく嫌がったせいで傷付けたか?
「ぁの人とお揃いになっちゃ…………ぃや、かも」
「よかった、ミリィがまともな感性を持った娘でっ! やっぱ、俺の味方はミリィだけだよ!」
今、この場において、俺の心のよりどころはミリィしかいない。
ナタリア。よくぞ呼んできてくれた。その点に関してだけは褒めてやる。
……さっき笑った件は絶対許さないけどな。
「てんとうむしさんは、また今度、じねっとさんとみりぃと、三人でお揃いしようね」
「え……あ、あぁ…………そう、だな」
……味方……なの、かな?
笑顔で俺を死地へと追い込んでいる気がしなくもないんだが……
「それじゃあ、そろそろ出発しようか」
「ミリィたん。それからチボーよ。二人は遠慮することなく、馬車に乗るように。よいな?」
「は、はぃ…………お邪魔します」
「ワ、ワシも…………分かりました、です」
「では、皆様。ご乗車を」
ナタリアの誘導で、ルシアから順に乗り込んでいく。
「んじゃ、チボーは馬車が出発してから、百数えて、全力で追いかけてきてくれ」
「そうする意味はまったく見出せんがっ!?」
少しからかってやると、ムキになって俺より先に乗り込もうとしやがった。
うん、よしよし。
いい感じで図々しくなってきたじゃねぇか。
こいつをきっかけに、ルシアと領民の距離が縮まれば申し分ないな。
そして、ウェンディの結婚式に対しても、もっと前向きになってくれれば、言うことなしだ。
意図せず訪れた幸運……なんて大層なものではないが、ウクリネスが引き止めてくれたおかげでチボーとじっくり話す機会が出来た。
ウェンディに対する思いも聞けたしな…………『よく出来た自慢の娘』か。ウェンディに教えてやれば、きっと喜ぶだろう。
まだ日も昇らない早朝の道を、馬車が駆けていく。
目指すは三十五区。
いろいろ片付けることがある。そろそろケリをつけたいところだ。
そして、ジネットを連れて帰って、ゆっくりとコーヒーでも飲みたいもんだ。
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