「あ、そうでした、ヤシロさん」
ババアトークを聞きつけて、ソフィーが俺のもとへと近付いてくる。
首にリベカをぶら下げて。……ポシェットか。
「私も、お願いされていた物を用意しておきましたよ」
「おぉ、アレか!? どこにある? 見せてくれ」
「では、厨房へお持ちしますので、そちらへ」
「よし! ジネット、付いてきてくれ」
「え? あ、はい!」
ジネットと共に、厨房へ向かおうとした俺の前に、エステラ、マグダ、ロレッタ、そしてなぜかリベカが立ちはだかった。
……なんだよ?
「今度は何をやるのかな? ボクたちに内緒で」
「内緒って……別に隠してねぇよ」
「……可愛さマックスのマグダを連れて行かないのは愚策」
「いや、メイクしたのに厨房で料理するのか? そこらでいろんなヤツに見てもらえよ」
「あたしも気になるです! 行くです!」
「お前はエステラにメイクしてもらっとけって」
「お姉ちゃんをどこかへ連れて行くつもりなら、わしと遊ぶのじゃ、我が騎士よ!」
「お前は二つの欲求が混ざって意味が分かんなくなってるぞ」
ソフィーを連れて行くなってのと、遊べって欲求がな。
しかし、なぜそんなに気にするんだ。
ジネット以外には扱いきれないものだと思うんだけどな。
「何か新しい商品ですか、ヤシロさん?」
ちっ。アッスントまで食いついてきやがった。
まぁ、いいか。
本当に隠す必要のないものだし。さっさとネタばらししてしまおう。
「ソフィーに作ってもらったのは、豆腐だよ」
「「「とーふ?」」」
「あぁ、言ってたね、そういえば」
ジネットたち陽だまり亭メンバーが首を傾げる。
エステラとアッスントは、麹工場でのやりとりを思い出したのか納得顔だ。
そんな中、リベカだけがぷっくりとほっぺたを膨らませた。
「我が騎士よ! わしは以前、大豆は余分に使えぬと言ったのじゃ! 規則は規則じゃと釘を刺したはずじゃぞ! それを、純真無垢でそこそこ巨乳なお姉ちゃんを利用して用意させたのじゃな!? なんたる悪童! なんたるおっぱい愛好家じゃ!?」
「誰が悪童だ!」
「うん。おっぱい愛好家は否定できないよね、絶対に」
エステラさぁ、そんなどうでもいいところを広げる必要なくない?
そんなことよりも、怒り心頭に発しちゃってるリベカを宥めてくれよ。お前の領分だろ、エステラちゃん。
「リベカさん。教会内での大豆で作る分には、『BU』のルールに反していないと伺ったのですが」
「む…………確かに、そうかも、しれん……じゃが……」
いまだ煮え切らず。
振り上げた拳の下ろしどころを失しているらしい。
ったくもう。
「この豆腐は、ソフィーがバーサに教わったものなんだぞ」
「バーサが?」
「あぁ。ソフィーが麹工場にいられるように、必要とされるように、麹以外の物の作り方を覚えればいいと言ってな」
「そ、……そう、なの、じゃ?」
リベカがバーサを見ると、首のシワを蛇腹みたいに折りたたんでバーサが頷く。
「ソフィー様も、大切なお方ですからね。私にとっては」
「バーサ……」
ソフィーの声が詰まる。
いろいろ教えてくれた、にもかかわらず麹工場を離れた自分。そんな自分を今でも大切だと言ってくれる。そんなバーサに感謝の気持ちがあふれているのだろう。
「泣くな、ソフィー」
「ヤシロさん……はい、そうですね。嬉しい時に泣くのは……おかしいです、よね」
「いや。体内の水分が枯渇しているバーサに水分を見せると吸い尽くされるぞ。見てみろ、すっげぇカッサカサだろ?」
「ヤシロ。いい場面では口を閉じる努力をしてくれないかな?」
バッカ、エステラ。俺はソフィーの身を案じてだな!
正確に言うと、ソフィーのそこそこ大きなおっぱいの水分が失われてカッサカサのしおしおにならないかという点を心配しての忠告だ。
「むぅ……そういうことなら……許す、のじゃ」
ソフィーにバーサ。
大切な二人のつながりである豆腐。それをダメだとは、今のリベカには言えないだろう。
「それで、ヤシロさん。その豆腐というのは、どういった物なんですか?」
「白い食い物だ。美味いぞ」
「漠然としていますが……美味しいのでしたら、楽しみですね」
ジネットの後ろで、ジネット以上に楽しみな顔をしているシスターが見切れているが、今は全力で無視しておく。
「麻婆茄子のナスの代わりに豆腐を使って、麻婆豆腐を作るぞ」
「まーぼーどーふ、ですか? それは美味しいんでしょうか?」
ある種の予感を胸に、ジネットがあえて俺の答えを求めてくる。
俺が口にするであろう言葉は、もうすでに分かっているのだろうが。聞きたいんだな、俺の口から。
いいだろう、言ってやるさ。お前の望むその言葉を。
「麻婆豆腐の美味さは……麻婆茄子以上だ」
「そ、それはすごいですね!?」
――ただし、好みによる。
「というわけで、麻婆豆腐の仕込みを始めるぞ」
「はい!」
「……了解」
「任せてです!」
あ、お前らも来るのね。
「ではそろそろ他のお食事も準備しましょうか?」
「そうだな」
竹とんぼや綿菓子を片手に散々はしゃいで、そろそろ時間も頃合いだ。
陽だまり亭一同、プラスお手伝いメンバー総出で『宴』の準備の仕上げにかかる。
「それじゃあ、そろそろ行ってくるよ」
エステラとナタリアが表情をキリッとさせている。
ドニスとフィルマンを呼びに行くのだ。
「バタバタしてるから給仕いないかも~ゴメソ~」みたいな手紙を出してしまったが、不足分が補われる分には問題ないだろう。
エステラたちがドニスたちを迎えに行っている間に、こっちは準備を完了させておく。
そして、それから数十分が過ぎた頃――
「……むふんっ!?」
突然、リベカが雷に打たれた。……かのように体をビクンッと震わせた。
耳、ピーン!
口元、にへらぁ~。
あ、これは、来たかな?
「リベカ。聞こえたか?」
「う……うむ…………あの、耳にくすぐったい、柔らかい声は…………間違いないのじゃっ」
恥ずかしさからか、リベカが両手で顔を覆い隠す。
ついにやって来たらしい、リベカの思い人、囁き王子こと――フィルマンが。
そして、その隣にはいるはずだ。
二十四区領主。ドニス・ドナーティ。今回のメインターゲットが。
「……なんでしょう、リベカのこの反応……非常に不愉快ですね」
あっれぇ~?
ソフィーの目が据わってるぞ?
さながら、コンビニの前にたむろするヤンチャ坊主の座り方みたいだ。
「どこの馬の骨かは存じませんが…………追い返しましょう」
「やめてくれ。そいつら、メインの招待客なんだ」
「バーバラさん、モーニングスターの使用許可を」
「やめろっつうのに!」
やべぇ、こいつ、とんでもないシスコンだ。白目の部分が真っ黒になってたぞ、今、ちょっと。黒の中に赤い瞳……魔族かよ。
六年のブランク分、物凄く可愛く見えてんじゃないだろうか?
「お、お姉ちゃん……」
「なんですかリベカ?」
「あ、あの…………ちょ、ちょっと怖いから……一緒にいて、ほしい……のじゃ」
「きゅん!」
うわぁ……あの症状、割とよく見るわぁ。
なんで会わなかったんだよ、今まで。手遅れになる前にこまめに会っとけばよかったのに。
「大丈夫ですよ、リベカ。お姉ちゃんはいつでもそばにいますからね」
おい、六年間。
「怖い相手は、お姉ちゃんが消してあげます」
笑顔が怖ぇよ!
そして、リベカが望んでいるのはそれじゃない!
一抹どころではない不安を抱えつつ、俺たちはその時を迎える。
カンカンッ――と、金属同士がぶつかり合う甲高い音が聞こえる。
ドアノッカーだ。
ついにご登場だ。領主一行が。
さぁ、『宴』の始まりだ。
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