「捕まえた賊がね、黙秘をしているんだよ」
「黙秘、か」
たしか、ナタリアがそんなことを言っていた。
そのせいで、賊がどこの誰なのかも分からないと。
「相手に会わせて罪状を決めるのか?」
「そうじゃないけど……それでも、やっぱり、さ……」
エステラが戸惑いを見せる。
あぁ、甘い。
そんな態度じゃ、犯罪者が四十二区に集まってきちまうぞ。「あそこでなら、軽い罰で済むぞ」「犯罪やり放題だ!」ってな。
「まぁ、いつまでも時間を割くわけにはいかないから、もしこのまま黙秘を続けるなら、相応に重い罰を科すことになるだろうね」
それでも構わないと、その賊は思っているのだろうか。
「その話、賊にはしたのか?」
「もちろんだよ。黙秘は君に不利な状況しか生まないと、何度も説得したよ」
「けど、何もしゃべらないと」
「正直、お手上げだよ」
その賊というのはかなり強情なようだ。
強情に黙秘を続ける犯罪者の心理はいくつかのパターンに分かれる。
法整備がしっかりなされた日本での場合、黙秘することで守られる権利があり、不利益を被る発言を控えるという利点がある。被告人が黙秘している間に弁護人が状況をひっくり返すための準備を抜かりなく行うことが出来れば、裁判で勝ちをもぎ取れるだろう。そのための時間稼ぎならば、黙秘は有効な手段だ。
ただ、弁護人が優秀でなければただの時間稼ぎにしかならない。そこに深い意味や意思はなく、どうしていいか分からないから黙っているという往生際の悪い場合、黙秘はなんの効果も発揮しない。
しかし、このオールブルームは『貴族の裁量』なんてあやふやなもので刑罰が決する世界だ。日本の法律のように黙秘がいい結果を生む可能性は限りなく低い。
なぜなら、黙秘されるとかなりムカつくからだ。
裁く側である貴族に対し、悪印象を与えるだけだ。
それでも黙秘をするのはどんな場合か?
一つは、貴族などには屈さないという死をも覚悟した反発心。誇りのために死を選ぶという場合だ。
そしてもう一つは、誰かを庇っている場合。
自分が何かをしゃべることで特定の誰かになんらかの被害が及ぶと考えている時、人は頑なに口を閉ざす。
このどちらか……と、まぁ一応追加するなら、どうしていいのか分かっていない強情なバカって場合もある。が、まぁ、それは排除して考えよう。ただのバカなら、そいつの思考を考えるだけ無駄だからな。
で、死を覚悟しているか誰かを庇っているの二択だとすれば…………ポップコーンで死を覚悟するほど思い詰めるか? おそらく、それはないだろう。
誇り高い義賊を気取った盗賊だとしたら、あんなにも畑を荒らしたりはしないんじゃないだろうか。スマートじゃない。思慮の浅さが見て取れる。
やっぱり、誰かを庇ってるってのが一番しっくりくるんだよな。
「誰かにポップコーンを食わせてやりたかった。けど、その誰かってのは死んでも教えたくない……ってところか?」
「ボクも、そうなんじゃないかと思っているんだ。だからこそ……ね。時間をかけてでも話を聞いてあげたいと思っているんだよ……甘い、かな?」
何を不安になってんだよ。
お前が甘いのなんか、今に始まったことじゃないだろうが。
お前の甘さなんか知り尽くしてるっつうの。
なので思いっきり肯定しといてやる。お前は甘いってな。
「あぁ、そうだな。お前は薄い!」
「形容詞を変えるな!」
ごっめ~ん! ついだよ、つい。つい間違っちゃった。てへっ。
「だがな、エステラ。お前のその甘さと薄さはお前の長所だ」
「薄さは長所じゃないよ! 薄くないよ! その『褒めたのにぃ~』みたいな恨みがましい目をやめてくれるかい!?」
どこにいても騒がしいエステラがワンブレスで長く元気なツッコミを言い切る。さすがプロだな。お見事だ。
「俺にも会わせてくれないか、その賊に」
「え、興味があるのかい?」
「まぁ、ポップコーンを狙ったって話だったからな」
一歩間違えば、陽だまり亭や二号店や七号店があのトウモロコシ畑のように荒らされていたかもしれない。そして、運悪くそこに妹たちがいたら…………マグダなら返り討ちに出来るかもしれんが、マグダ以外の従業員には厳しい。
組織的な犯罪でないという確証は欲しいところだ。
「じゃあ、案内するよ」
「あの、領主様、英雄様!」
ヤップロックが小さい手を必死に伸ばして俺たちの間に入ってくる。
「私も同行させてください。もう一度、あの女性に会って話を聞いてみたいのです」
女性?
「いいけど……、無理だと思うよ……」
「それでも、もう一度……」
「おい。その賊ってのは女なのか?」
「そうだけど?」
女か……
だったら話は変わってくる。
身柄を拘束されている状況で領主や貴族に不興を買う黙秘を続ければ、最悪極刑もあり得る。そんなことは、この街に住む者であれば生まれたてのガキでもない限り知っていることだ。
「命を懸けてまで黙秘を貫くほどの理由……誰かを庇おうとしていると考えた時、賊が女ならその候補は絞られる」
恋人ってことは、なくはないが可能性は低いだろう。
大抵の場合、男の方が飯の調達はやりやすいはずだ。スタミナが常人の三分の一になってしまったアブラムシ人族のミケルのようなヤツでもない限り。
最もあり得そうなのは……子供。
幼い子供であれば、飯を得る能力がなく、また命を懸けて守りたいと思う対象としても納得がいく。
「賊には幼い子供がいるんじゃないか?」
「それはどうかな……?」
しかしエステラは渋い顔をする。
「彼女は、――何も話してくれないから見た目で判断した不確かな情報だけど――ボクたちとさほど変わらない年齢に見えたよ」
そうか……
いや、まぁ、いないとは言い切れないが……
「それよりも、妹や弟という方がしっくりくると、ボクは睨んでいるんだ」
「なるほど。ありそうな話だな」
幼い弟妹のために、か。
「だからこそ、私は彼女の本心が知りたいのです……」
ヤップロックが小さな手を握り、わなわなと震わせる。
「……力のない者を守るための手段を誤っているのではないか、それを、問いたいのです」
かつて、家族のために自身を犠牲にしようとしていたヤップロック。
その考えは悔い改められたわけだが……気持ちは分かる、というところか。
「とりあえず会わせてくれ」
「分かった。……結局引っ張り出してしまって、すまないね」
らしくなく、謝罪なんかを寄越してくる。
エステラ的にも、行き詰まってにっちもさっちも行かずにお手上げ状態だったということだろう。
ふん……
「店が臨時休業で暇になったもんでな……暇つぶしついでだ」
そう言ってやると、エステラはくしゃっと顔を歪めた。
「じゃあ、片手間に救っておくれよ。ボクを、この心労から」
報酬は高く付くぞと、言いかけて、やめておいた。
たぶん、ジネットやマグダが少しずつ変わっていたってことを実感したからだろうな。今だけは、そんなお決まりの言葉遊びをする気にはなれなかった。
「案内、頼む」
「うん」
エステラに連れられて、俺は領主の館から少し離れた場所に立つ牢獄へと向かった。
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