異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

48話 賄い料理 -3-

公開日時: 2020年11月16日(月) 20:01
文字数:2,969

「あ、あの……っ!」

 

 そんな時だった。

 俺に声をかける者がいた。思い切ったような、勇気を振り絞った感じの呼びかけ。

 振り返ると、幾分かやつれて見える線の細い女性が立っていた。

 遠慮がちに声をかけてくる様は、どこか怯えているようにも見える。

 

「あの……これって、お店……では、ないんですよね?」

 

 何か、含んだような物言いだ。

 この屋台はあくまで下水工事作業に従事する者たちへの賄い料理を運ぶためのものだが……「店か」と聞かれて頑なに「ノー」と答えなければいけない謂れもない。

 この女性の言いたいことは分かる。ならば……

 

「いや、これは移動販売用の屋台だ。領主の許可もちゃんと取ってある」

 

 言って、屋台の屋根に取り付けたままだった出展許可証をアゴで示すと、女性の顔にわずかばかりだが赤みが差した。

 

 タコスの香りと、楽しげな声につられて買いに来たのだろう。

 というか、賄い料理を運搬するようになって数日が経つが、初日から遠巻きにこちらを眺める視線は感じていた。俺たちが以前屋台を引いていた者であることには気が付いていたのだろう。

 しかし、いや、だからこそかもしれんが……声をかけてくる者はいなかった。

「この屋台で働いているのはスラムの住人だ」というイメージが先行していたに違いないのだ。

 

 だが、この女性は声をかけてきた。

 タコスの香りに負けたのか、楽しげな声につられたのか……

 はたまた、懸命に働くハムスター人族を見る目が変わったのか……なんだっていい。

 この女性が歩み寄ってきたこの一歩は、とても意味のある、大きな一歩となる。

 

「あ、あの、ちなみに……それっておいくらなんでしょうか?」

 

 と、またも怯えたような口調で、女性が質問を投げてくる。

 その表情を見て、俺は少し考えた素振りを見せてからこう答えた。

 

「そうだな……1つ10Rbでいい」

「買います!」

 

 まさに即答だった。

 目がやや血走っていてちょっと怖い。そんなに食いたかったのか?

 

 でも、その気持ちも分からなくはない。

 パンが20Rbといわれる世界なのだ。

 その半額であるだけでなく、肉や野菜まで載った上でのこの価格。「これは買いだ!」と思わせるには十分過ぎるだろう。

 

 ちなみにだが……このトルティーヤ、陽だまり亭・本店でももちろん10Rbで販売中だ。

 

「よし、ではお前たち! 今から一般販売解禁だ!」

「「「わー!!」」」

 

 その気勢を聞きつけて、遠巻きに見ていた連中が一斉に駆け寄ってきた。

 

「俺にも売ってくれ!」

「こっちにも!」

「こっちには二つだ!」

 

 凄まじい勢いである。

 ポップコーンの時を凌ぐ勢いだ。

 そんなに食べてみたかったのか?

 

 …………いや、何かが違う。

 

「お兄ちゃん。なんだかすごいですね!? タコス、大人気です!」

 

 ロレッタが驚きを隠さずに、嬉しそうに言う。

 大人気……と、言うよりは…………

 

「ロレッタ。すまないが今すぐ陽だまり亭に戻って屋台をもう一台持ってきてくれ」

「二台でやるですか?」

「この先の通りでも工事は行われている。そっちにも飯を届けてやらないといかんからな」

「なるほどです。では、マグダっちょを応援に呼んだ方がいいですかね?」

「そうだな」

 

 ロレッタと妹たちは計算が出来ない。

 ジネットは店を離れるわけにはいかないので、マグダを呼んでもらおう。

 店の方が手薄になるが、おそらくさほど混み合うことはないだろうから平気なはずだ。

 

 今ここにある屋台、『陽だまり亭二号店』の分の補充も持ってきてもらうために、ロレッタと妹二人を陽だまり亭へ帰す。

 

 俺の予想が当たっていれば、相当な量が必要になるはずだ。

 

「なぁ、明日もここで販売してんのか?」

「他の料理はないのか?」

「『二号店』ってことは、本店に行けば食べられるのか?」

 

 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 答える前に次の質問が来るせいで、結局どの質問にも答えられなかった。

 

 そして、決定的な質問が来て、俺は確信に至る。

 

「ここは、値上げとかしないよな?」

 

 やはりな。

 

 水害のせいで、物価が上がっているのだ。

 モーマットの農場でも野菜が壊滅的なダメージを受けていた。

 川漁ギルドも大雨の影響で漁が出来ていないだろうし、狩猟ギルドは外壁の外の森の補修にずっとかかりっきりだそうだ。マグダは怪我を理由に免除されているが、狩りを行った者はいないだろう。

 それ以外の生産者も、概ね同じような状況のはずだ。

 

 この大雨で、食べ物の流通が極端に落ち込んだのだ。

 

 商品がなければ物価は上がる。

 物価が上がれば買えなくなる者も出てくる。

 特に、貧富の差が極端に激しい四十二区でのことだ。多くの者がこの食糧不足を『我慢』という方法で乗り切ろうとしているのだろう。

 

 そう思って改めて見渡すと、屋台に群がっている連中は皆、どこかやつれて見えた。

 

「なぁ」

 

 俺は、近くにいたオッサンに声をかける。

 タコスに齧りつこうとしていたオッサンは、お預けを食らった犬みたいな目で俺を見てきた。

 

「食い物の物価ってどれくらい上がってるんだ?」

「あぁ……口にしたくもないほどだな」

「…………二倍?」

「四倍以上ってところかな……パンなんか、十倍近い値段に跳ね上がっていたよ……」

 

 十倍?

 あのカッチカチの黒パンが200Rb?

 日本円で二千円かよ!? あり得ねぇ……

 

 物流の停滞に加え、こういう時に荒稼ぎをしようという輩が出てきてしまったのだろう。

 日本で震災が起きた時にも湧いていたっけな。コンビニのおにぎりを一つ千円で売り叩いていたヤツが。

 この街にもそういうのがいるのか…………

 

「一週間くらいで物価は落ち着くと思っていたんだが……どうも行商ギルドにも物がないみたいでな…………この物価高はしばらく引き摺りそうだよ」

 

 物がない。

 それは仕方のないことだ。

 モーマットだって、野菜さえ手元にあれば売りたいだろうさ。

 だが、それがないのだ。

 いろんなところにしわ寄せが行ってしまってんだな。

 

「大通りの店も軒並み値上がりしちまって、俺たちにゃ手が出せない金額になってるしよぉ……」

 

 大通りといえば、酒場やマーケットなんかが軒を連ねている場所だ。

 イヌ耳店員パウラの酒場も大通りにある。今から考えると、あの酒場は金持ちが集まる高級店だったんだな。……無一文でそんな店に入った俺って、ある意味勇者じゃね?

 

「なぁ、頼む! 虫がいい話だとは思うが……」

 

 タコスを大切そうに片手に持って、オッサンは俺の手を握りしめてきた。

 額にシワが深く刻み込まれる。懇願の表情だ。

 

「どうか、この店だけは値上げをしないでくれ。この通りだ!」

 

 頭を下げるオッサン。

 ふと見ると、俺たちのやり取りを見ていた観衆が、皆一様に頷いていた。

 捨てられた子犬みたいな、すがるような瞳がいくつも俺を見ていた。

 

 現在の物価高は、貧困層には相当ダメージがデカいようだ。

 陽だまり亭で山積みになっている売り物にならない野菜たちは、半ば押しつけられるような格好だったが……こうなると、アレはとても幸運なことだったかのような錯覚に陥るから不思議だ。

 

 災害を種に、テメェの懐を満たそうって裕福層の面々に一泡吹かせてやるのも面白いかもしれん。

 俺が破格の値段で飯を売り歩けば、客は皆こちらに流れてくるだろう。

 そして、災害時にあこぎな商売をしたという記憶は消費者の脳裏に焼きつき、平時に戻った後もずっと付き纏う。

 一度痛い目を見ればいい。

 この街の経済を支えているのがどの層なのか、よく考えてみることだ。

 

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