異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

318話 裏切り者の末路 -3-

公開日時: 2021年12月8日(水) 20:01
文字数:3,940

『正当な報酬を払う』と、テンポゥロは言った。

 払ってもらおうじゃねぇか。

 

「カーラ」

 

 大衆浴場前で情報紙を違法販売していた売り子女子カーラに、記者たちを代表して質問に答えてもらう。

 

「報酬が支払われなかったのは今回だけか?」

「え? ……は、はい。今回だけ……です」

 

 カーラの顔が悔しそうに歪む。

 本当なら、すべての罪を認めさせ、もっと重い罰を科したい。

 けれど、報酬が支払われなかったのは今回だけだ。罪に問えるのは、今回の一件のみ。

 

 そんな思いの表れなのだろう、あの眉間のシワは。

 

 支払いが行われなかったのは今回だけ、というのは事実なのだろう。

 まぁ、発行会の財政が極端に破綻したのは年が明けて、マーゥルたちの怒りを買ってからだろうからな。

 一部の者たちからの寄付が止まり、売り上げが急落した。

 それでも他の貴族からの寄付がある――と、高を括って尊大な態度をとっていたテンポゥロだったが、おそらくその『他の貴族』からの寄付も止まったのだろう。

 

 そうでなければ、ド三流バロッサの親族、土木ギルド組合のグレイゴンが金策に奔走するはずがない。

 自らケンカを吹っかけたデミリーの四十区にまで手を伸ばして仕事の工面をしようとしていたあたり、相当切羽詰まっていたとみられる。

 

 報酬の支払いに窮したのは、今回が初めてのはずだ。

 むしろ、そうでなければ……倒れる者が出ていたかもしれない。金がなきゃ、飯も食えないからな。

 陽だまり亭でカニ雑炊を食べた時のカーラを見れば、こいつらがどれだけ追い詰められていたかが容易に想像できる。

 

「じゃあ、テンポゥロ……あ、会長って呼んだ方がいいか?」

「く……っ、好きにするがいい」

 

 今、この状態で「会長」なんて呼ばれるのは屈辱以外の何物でもないだろう。

 これだけの失態を犯した責任者だと、いちいち指摘されるようで。

 

「んじゃあ、テンポゥロ。まずは前回払わなかったこいつらの報酬を、本来であれば正当に受け取れたであろう金額分支払うんだな」

「……『まずは』、だと?」

 

 おやおや。

 どうやらテンポゥロは、今回分の報酬を払えばそれでおしまいだと勘違いしているらしい。

 

「お前が自分で言ったんだろう。『正当な報酬を払う』って」

 

 それを反故にすれば、今度こそカエルにされるだろうよ。この中の誰かに。

 

「こいつらは、不当に記事を没にされ、不当に情報紙の作成から外され、不当に仕事を奪われていたんだ。そこのド三流のチーフデスクと編集長によってな」

 

 俺が言うと、記者たちが勢いづいた。

 

「そうだ!」

「俺たちは、もうずっと不当な扱いを受けていた!」

「報酬だって、随分減らされた!」

「俺は半分になったぞ!」

「私なんか四分の一よ!」

「イラストなんて描いたことないのに無理やり描かされて、それで売り上げが落ちた責任だって大量の情報紙を買わされたわ!」

「そうだ! 不当に購入させられた情報紙の代金も保証しろ!」

「そうでなければ、規約違反で――!」

「わ、分かった! 保証する! するから腕を下ろせ!」

「『下ろせ』だと!?」

「下ろしてくださいっ!」

 

 テンポゥロが床に手をついている。

 土下座――ではなく、もう体を起こしているのもしんどいのだろう。

 追い詰められると、人は呼吸することすら困難なほど疲弊する。

 この数分で、頬がげっそりしたようにすら見える。

 

「しかし……記事の選別やイラストに関しては、ミズ・グレイゴンに一任しておったのでな、その保証というのであれば、加害者たるミズ・グレイゴン及び編集長が支払うのが筋であろう」

「ちょっ!? アタシはあんたの命令で――」

「見苦しいぞっ!」

 

 バロッサに向かって一斉に指が差される。

 二十人以上の者がバロッサに『精霊の審判』の構えを取る。

 相当嫌われているようだ。

 

 目に余る傍若無人な振る舞いがこの状況を引き寄せたのだ。

 

 発言力や影響力といった力を得た時にこそ、人は謙虚であるべきだ。

 人の本質というものは、自身の心の中ではなく、他人の目の中にこそ映し出されるものなのだから。

 御大層なお題目を掲げようと、どんな美辞麗句で装飾しようと、人の本質なんてもんは簡単に見透かされてしまうものなんだよ。

 

「は、払う……ったって、アタシだってそんなにお金もらってないのにっ、払えるわけないじゃない!」

 

 そんなもんは知らん。

 お前が貧乏だから保証できませんなんて、これまで散々虐げられてきた者たちが納得するわけがないだろうが。

 

「情報紙発行の責任は編集長にあるんだから、編集長が払うべきよ!」

「んなぁぁあ、何をっ、何を言うっ、言うんですか!? わたっ、私だって、そんな、全然もらってませんよ! ここはやはり、発行会最高責任者の会長に――」

「見苦しいぞ、貴様ら!」

「あんたにだけは言われたくないわよ!」

「そーだそーだ!」

 

 あぁ、見苦しい。

 結局、他人の権力にタダ乗りしてるヤツなんてのは、都合のいい時だけ仲間面する自己中ばっかなんだろうな。

 権力に阿るなとか、権力を利用するなとは言わないけどよ……

 

 

 

「テメェの仕出かしたことの尻拭いくらい、テメェできっちりケジメつけろよな」

 

 

 

 騙すことだけ考えて、自分の利益だけを見つめて、その影響がどれほど周りに波及するのか、その結果どれだけの者が苦しめられるのか考えが及ばないのは馬鹿なんて言葉では生温いクズの特性だ。

 

 自分は優れているから、自分は特別だから、他人を踏み台にしても構わないとか。

 弱者だったから踏み台にされたというだけで、自分は悪くないだとか。

 自分が絶対的に正しく正義であると勘違いしているクズは、おのれの非を省みることが出来ない。

 

 悔しければ、お前もこっち側に来ればいいじゃないか。

 そんな見当違いな言葉を吐く野郎にははっきりと言ってやるべきだ。

『テメェと同じ場所に堕ちるのは、死ぬよりも耐えられねぇんだよ』ってな。

 

 エコーチェンバーという言葉がある。

 同じ意見を持つ者同士が集まり意見交換をすると、自分と同じ意見ばかりが聞こえてきて、それを多数派だと思い込んでしまうというものだ。

 似た思考の者だけが集まっているのだから同じ意見しか聞こえないのは当然なのだが、狭いコミュニティに閉じこもっているとそのことに気が付けない。

 

 クズが集まりクズ同士で「自分は間違っていない」と慰め合って、真っ当な人間を食い物にして罪悪感すら抱くことなく開き直っている。

 

 

 

 ――虫唾が走るぜ。

 

 

 

「他人を踏み台にして眺める景色は、壮観だったか?」

「ひ……ぅぐっ!?」

 

 視線を向けると、クズどもが目を見開いて胸を押さえた。

 なんだよ、呼吸が出来ないとでもいうのか?

 じゃあ、するな。酸素が勿体ねぇ。

 

 

 ……はぁ。バカバカしい。

 こんな小物相手に、熱くなっても仕方ないよな。

 

 お山の大将は、お山から引きずり出してやればただの獣なのだ。

 

「お仲間と閉じこもっていた小さな世界はさぞ居心地がよかっただろう? ようやく外に目を向けられたようだからよく見ておけ。……これが、テメェらを取り囲む世間の目だ」

 

 貴様らは、非難されるべきクズだ。

 仲間内でいかに誤魔化し合おうとも、そこに正当性がないからちょっとしたことで仲間割れが生じる。

 責任一つ取れないヤツが権利を振りかざした結果がこれだ。

 

 虐げられてきた記者たちが、この場にいることも出来なくされた仲間たちの分まで、怒りを瞳に宿らせてクズどもを睨みつける。

 

「誠意をもって対応しろ。嘘や誤魔化しは――この俺が許さねぇ」

 

 ほんの少しだけ殺気を込めて睨んでやると、クズどもは揃って首肯した。何度も、何度も。

 あぁ、それから、クズどもの後ろで素知らぬ顔をしているバカども。お前らも同罪だからな?

 苦しむ同僚を見捨てて甘い汁を啜っていたんだからよ。

 補償しろとまでは言わないが……もう、ここにお前たちの居場所はないものと思え。

 

「あとの対応はタートリオとエステラに任せるよ。金勘定と権利のやり取りはお前の特技だろ?」

 

 そうエステラに言ってやると――

 

 

 なぜか抱きしめられた。

 無言で。

 ぎゅっと。

 割と強い力で。

 

 

「……大丈夫。ボクたちが付いている。だから、大丈夫だよ、ヤシロ」

 

 

 大丈夫って……

 俺は完勝したんだが?

 このクズどもを完膚なきまでに叩きのめして、もう二度と悪事を働こうなんて思わないほどに踏みにじって…………あぁ、そうか。

 また、やり過ぎちまったのか。

 

 

 どうにもいけないな。

 

 

 

 弱者を虐げるクズを見ると、昔の記憶がよぎっちまって。

 

「大丈夫だ、エステラ」

 

 俺にしがみつくエステラの背をぽんぽんと叩く。

 いいから、話をさっさと終わらせろ。

 

「お前は、押し当てるのは不得意なんだから、得意分野で活躍してくれ」

「悪かったね、不得意で!? ……ったくもう、人が折角心配して……」

 

 また変なところを見せちまったなと、マーゥルたちの方を見れば、ゲラーシーが肩を跳ねさせ顔を引き攣らせた。……そんな怖かったかよ、俺。

 マーゥルに背を叩かれ、はっと我に返るゲラーシー。まだまだ修行が必要だな、お前は。

 

「ナタリア。金額の算出をお願いするよ」

「すでに始めております。もう五分お待ちください」

 

 エステラが空気を換え、ナタリアに指示を出す。

 記者たちに聞き取りを行い、本来支払われるはずであった金額の算出を開始する。

 ド三流が情報紙の紙面に割り込んできたあの時期から、不当に利益を奪われた者たちの意見をすべて聞き取り、そして驚くほどゼロが並んだ算出結果が導き出された。

 

 こりゃ、貴族でも払えないんじゃね?

 まぁ、数ヶ月分の全従業員の給料を一括で払うとなれば、日本の企業でも難しいかもしれないしなぁ。

 

 ない袖をどう振るのか、見せてもらおうかテンポゥロ。

 それが出来なきゃお前は終わる。

 

 それが嫌なら……

 

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 ただし、骨の髄までしゃぶりつくさせてもらうけどな。

 

 

 

 

 

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