「っと。そんな話をしている間に、もう大通りか」
レンガ職人のいる地区はもう少し先だ。
心なしか、ロレッタの顔がワクテカしてきているような気がする……マジで首輪でもつけてくればよかったか?
歩幅を大きくし、速度を上げ、ロレッタが俺より先行して歩く。
そして、問題の地区へ入るなり、両手を広げて高らかに言い放つ。
「出でよ幽霊! 我らの前に姿を現し、その恨み、未練を存分に語るです!」
「お前、何やってんの!?」
「さすれば、そなたの悩みは、全部、まるっと、一切合財、綺麗さっぱり、弁当箱の隅っこを突っつくような勢いで、見事解決してやるです――」
「無責任なこと言ってんじゃねぇよ!」
「――お兄ちゃんがっ!」
「しかも丸投げかよ!?」
どこで覚えてきたのか、痛い中二丸出しなセリフを吐いて、鼻息をふんすと吐き出すロレッタ。……こいつ、マジで解任するぞ。
「アホなことやってないで、さっさと行くぞ!」
「いーやーでーすー! あたしは幽霊が見たいですー! 絶対面白そうですー!」
「面白くない! めっちゃ怖い! お前、おしっこちびるぞ!」
「それはそれで需要があるって、レジーナさんが言っていたです!」
「なに吹き込んでんだ、あのアホ薬剤師!?」
陽だまり亭への出入り禁止処置も、真剣に検討しなければいけないかもしれない。
「見たいです見たいです見たいです見たいです見たいです!」
「子供かっ!?」
「子供です! あたしはお兄ちゃんの子供ですもん!」
「俺の子じゃねぇだろ!」
「お兄ちゃんの子ですもん! 誰がなんと言おうとお兄ちゃんの子ですもん!」
「って! この会話は他人に聞かれると誤解されるからやめようか!?」
「じゃあ、幽霊探すですか?」
「それとこれとは別だ!」
「見たいです見たいです見たいです見たいです見たいです!」
あぁ、ウザいっ!
「お前、パウラのために幽霊調査したいんじゃなかったのかよ!?」
「パウラさんなんかどうでもいいです! 面白そうだから見たいです!」
俺のちょっとした感動を返せ、コノヤロウ!
俺はギャーギャー騒ぐロレッタの首根っこを掴まえ、ずるずると引き摺るように人気のない地区を進んでいく。
……本当に人がいないな。
この付近で幽霊の目撃情報が頻発しているらしいが……なんか納得だな。
こういう寂れた場所では、よく見るって言うしな。
…………もちろん、怖いという先入観がなんの関係もない、他愛もない、意味もないものをそれっぽく見せているだけで、本当に幽霊などというものは存在しないのが大前提だけどな!
「あっ! お兄ちゃん! 今向こうの角に何か影みたいなものが横切ったです!」
「きっ、ききき、気のせいだ! 見間違いだ! ネコかなんかだ!」
「ちょっと調べに行くです!」
「行かん!」
「なぜ影が横切ったのに見に行かないです? お兄ちゃんは、巨乳が揺れたら一も二もなく見に行くですのに!」
「何を勝手なイメージ持ってくれてんだ!?」
「レジーナさんがそう言っていたです」
「ホント、ぶっ飛ばすぞ、あのアホ薬剤師!?」
今度会ったら無表情でエンドレスデコピンの刑を執行することを心に決め、俺はズンズンと人気のない細い路地を進む。
この先にレンガ職人が住んでいるのだ。もう少しだ。
「あ、そこ曲がってです! 曲がった先が一番目撃情報の多いところです!」
「いつの間に情報収集なんかしたんだよ!?」
「仕事中に、お客さんに聞きまくったです!」
「仕事しろ!」
だからカンタルチカをクビになったんだよ、お前は!
「でもみなさん、こういう話は好きみたいで、いっぱい情報くれたですよ」
「どいつもこいつも祟られればいい。関わったヤツ全員被害に遭え! 俺以外!」
「お兄ちゃん、本当に怖がりさんですねぇ。萌え路線狙ってんじゃないかってレジーナさん言ってたですよ?」
「あいつ、ホンット余計なことしか口にしないな!?」
「お兄ちゃん、可愛いです。キュってして寝たいです! ……って言えば喜ぶんじゃないかって、レジーナさんが……」
「お前、ホント、黙らないとしゃべれなくなるまで頬袋に生野菜詰め込むぞ」
「なっ!? ななな、なんであたしの頬袋のこと知ってるですか!? 誰にも話したことないですのに!?」
ハムスター人族ならあるだろうと思っただけだよ。
「お兄ちゃんのエッチ!」
頬袋でエッチ呼ばわりされたの初めてだわ、俺。
「さては、あたしが寝ている間に『あたしの中』に変な物を出したり入れたりしていたですねっ!? レジーナさんの言うような、そういう趣味を持っていたですね!?」
「お前、しばらくレジーナとの接触禁止!」
こんなに汚染が進んでいるとは思わなかった……
レジーナ……要注意だな、あいつは。
「店長さんに報告しなくちゃです」
「おいバカ、やめろ! 変な誤解を受けるだろうが!」
「じゃあ、店長さんに黙っていてあげるですから、幽霊を探しに行くです!」
……イライラ…………
「見たいです見たいです見たいです! 幽霊見たいです!」
あぁ、もう、無理…………怒~鳴ろ~うっと。
「「いい加減にしろぉ!」」
……と、力任せに怒鳴った声が、誰かの怒鳴り声と被った。
なんだ?
振り返ると、そこはレンガ工房の入り口だった。
怒鳴り声はこの中から聞こえてきたようだ。
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