「本当に、お疲れだったんですね」
「無茶し過ぎなんだよ……ったく」
気持ちよさそうに眠るノーマ。これはもう、ちょっとやそっとでは起きそうにない。
「どう、しましょうか?」
「空き部屋に寝かせてやってもいいとは思うんだが……嫁入り前だからな」
「え? そういうことでしたら、よく泊まっていかれるロレッタさんも嫁入り前ですけれど?」
バカだなジネットは。
……ノーマは、とてもデリケートな年齢なんだよ。
ロレッタと同じような『若い娘のノリ』で考えちゃいけないんだよ。
「では、ノーマさんのお家へ運びますか?」
「おんぶとか、有りかな!?」
「困りましたね……マグダさんはもうお休みになってしまいましたし……」
スルーはやめて!?
……くそ。今日はもう乳話はやめた方がよさそうだな。
しょうがない。今日は泊めてやるか。
まぁ、初めてってわけでもないしな。ついこの間もお泊まりしていたし。……俺がいない日にな!
なんてことを考えていると……顔にでも出てたのか……ジネットがじぃっと俺の顔を見つめていた。
「えっと……なに、かな?」
「あ、いえ……別に、何というわけではないのですが……」
デリアやイメルダが泊まった時だって別に何もなかったろうに……まぁ、いいように解釈すれば、そういう危機管理的なものに、ジネットもようやく目覚めたのだなということで喜ばしくもあるわけで……ただ、それが自分に置き換わった時にきちんと出来るかどうかはまた別の話なわけだが……そういやこいつは、俺がイメルダの家へ(強制的に)一泊することになった時もこんな風に心配してたよなぁ……心配性め。その不安を、もっと自分を心配する方にも回せっての。ちょいちょい無防備な表情をさらしやがって。
「俺に感謝しろよ、ジネット」
「へ? あ、はい。それはもう、毎日のように感謝していますけれど……でも、なぜ今?」
そうじゃない。
そういうことじゃなくて。
俺の鉄の理性に感謝しろと言っているのだ。
……いまだ揉んでもいないのは奇跡と言っても差し支えないんだからな。
「金物ギルドに行ってくる」
「今からですか?」
「ノーマのことだ。ベアリングチームに『すぐ戻るから待っとけ』くらいのことは言ってそうだからな」
いつまでも帰ってこない者を待たせておくのは忍びない。
……あいつら、夜更かしと肌荒れに敏感だから。
「ついでに、誰か手伝いに来てくれるなら、ノーマを家まで運んでもらう」
俺が負ぶってノーマを一人暮らしの部屋へ送っていくのは、おそらくきっといろいろマズいだろう。ノーマは爆睡して起きそうにもないし。
だが、アノ連中なら問題ない。間違いが起こるわけもないからな。
あいつらはノーマと同じく女子だ、乙女だ。……見た目と性別以外は。
「迎えが来てくれなくても、ギルドの連中に一言断りを入れておけば、妙な噂も立ちゃしないだろう」
「ヤシロさん」
包み込むような、そんな笑みが俺を見つめる。
「やっぱり、ヤシロさんは優しいですね」
「アホか……」
妙な噂でも立って、責任を取らされちゃかなわんだけだ。
ロレッタやデリアなら「ねぇよ」の一言で済ませられるが……ノーマはなぁ。
いやはや。気を遣うぜ、適齢期。
「……俺、お人好しだな」
「くすっ。今頃気付いたんですか?」
今日一番の笑顔を見せて、ジネットがくすくすと笑う。えぇい、やかましい。
なんにせよ、ノーマが目を覚ましたらきつく説教をしてやらなけりゃいかんな。
無茶をし過ぎたこと。
無防備に眠ったこと。
ここが陽だまり亭じゃなかったらどうなっていたか……それこそ、ノーマに気のある男の家だったりしたら…………まぁ、探せばどこかにいるだろうし、ないとは言えない状況だからな。
ノーマが、自分の意志で一泊したいというのなら、ここまで気を遣う必要はないのだ。
だが、意図しない外泊は……気を遣う。
何より、ノーマがすごく気にしそうだからな。
あのアゴヒゲマッチョのオッサンども以上に乙女なのが、この妖艶巨乳のノーマなのだ。
外見と精神にギャップがないと金物ギルドには入れないんじゃないのかねぇ、まったく。
「じゃ、行ってくる」
「では、わたしはノーマさんをお部屋に運んでおきますね。ここで寝ていては、風邪を引いてしまいますから」
ギルドのオッサンが迎えに来るとしても、とりあえずはベッドに寝かせておいた方がいいか。
ノーマのことはジネットに任せて、俺は店を出る。
「あの、ヤシロさん」
店を出たところで、ジネットが声をかけてくる。若干慌てた様子で。
「もう暗いですので、気を付けてくださいね。それから――」
おなかの前で手を組み、客を見送る時とは別の、俺やマグダを見送る時にだけ見せる特別な笑みを浮かべる。
「ホットミルクを二つ、用意しておきます。はちみつたっぷりの、甘いやつです」
これから出かけると、帰る頃には遅くなるから「先に寝てろ」と言うつもりだったのだが……どうやら、起きて待っていてくれるらしい。
いつもなら、とっくにベッドに入っている時間だというのに。
「分かった。急いで帰るよ」
「はい」
これ以上、ジネットを夜更かしさせるわけにもいかないしな。
明日の朝食に影響が出るかもしれないし、金型が来たのだから試食もしなければいけない。
明日もジネットは大忙しになる予定だ。
それに。
ジネットだって女の子だしな。
夜更かしして、お肌が荒れたら……ちょっとヘコむかもしれないし、な。
寒さも手伝って、俺は思っていたよりもはやい速度で街道を駆けていく。
行って帰れば体が冷えちまうな、これは。
「……ホットミルクが楽しみだ」
そんなことを呟きながら、俺は夜の道を走っていった。
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