「ジネット」
「はい」
まぁ、こういうことには目聡くて、誰よりも他人を心配してしまうジネットにだけは断りを入れておくか。
「……用件を聞こう」
「なんです、お兄ちゃん?」
「お前ら、いつから『ジネット』の一部になった?」
ジネットが俺の前へ来るより早く、マグダとロレッタが俺を両側から挟み込んだ。
まぁいいけども。
「ちょっとやらなきゃいかんことがあってな。……まぁ、本人は大したことないみたいな顔をしてやがるんだが、それが隠しきれてなくて、見てらんなくてな」
「どなたか、お怪我を?」
「あたし全然気付かなかったです? 誰です?」
「…………該当者に思い当たる人物がいない」
まぁ、お前らじゃ気が付かないかもな。アイツの照れ隠し、やせ我慢、構うなオーラは一級品だから。
だが、俺の目は誤魔化せない。
「いつもと、右乳の揺れ方が違うんだ。違和感が酷くてな」
「そんなところで見極めないでください。もぅ」
「あたしたちが気付けるはずなかった案件です」
「……ヤシロにしか出来ない芸当」
「そんだけ隠したいってことなんだろう。だから、競技の間にちゃちゃっと済ませてくる」
「え、でもヤシロさん……次の競技、参加されますよね?」
「次の競技は一気に大量のポイントを獲得するチャンスですよ!?」
「……それに、いきなり不参加を表明すれば、当然理由を聞かれる。怪しまれる。日頃の行い的に」
はっはー、マグダ。一言多いぞ~。……けっ。
「うまく抜けるさ。代わりにアホのリカルドを入れるから、うまく操縦しといてくれ」
「……マグダになら、造作もないこと」
「じゃあ、あたしはイネスさんたちと連携するです」
「えっと、わたしは……」
「「「怪我をしないように」」」
「それは作戦なんでしょうか!?」
確かに大量ポイントのチャンスなんだが……マグダやロレッタがいればなんとかしてくれるだろう。
正直、この競技に関してはあんま自信ないしな。
純粋な体力では、到底敵わないからなぁ――ハムっ子どもには。
「とりあえず、一旦グラウンドには出る。その後のことは頼む」
「……任せて」
「お兄ちゃんの抜けた穴は、あたしがきっちり埋め立てるです!」
「わたしもがんばります!」
「十秒以内に転ぶに1Rb」
「じゃああたしは五秒に2Rbです!」
「……三秒に3Rb」
「酷いです、みなさん!」
そうして、トラックの中を埋め尽くすように『選手』と『ハムっ子』が集まった。
トラックの中には、直径10メートルの円が四つ描かれ、それぞれに青、黄、白、赤の旗が立てられている。これが、各チームの『陣地』となる。
ハムっ子は、その陣地に入らないようにトラックの中心に固まっている。すげぇわくわくした顔で。
これから何が始まるのかというと……
「続いての競技は、『ハムっ子、ゲットだぜ!』です」
そう!
『ハムっ子、ゲットだぜ!』だ!
完全オリジナルの競技で、簡単に言えば鬼ごっこだ。
総勢五十匹……もとい、五十人のハムっ子たちがトラックから飛び出してこのグラウンド中を逃げ回る。
そいつらを捕まえて自軍の陣地に連れ帰ればポイントがもらえるのだ。
ハムっ子の年齢によって得られるポイントは異なる。
まだそこまで速く走れない幼児は3ポイント。こいつらは全部で二十二人いる。
そして、少し足が遅くなり始めた十一歳から十四歳までのハムっ子は10ポイント。こちらは十五人いる。
最も腕白な七歳~十歳までのハムっ子たちは高得点の50ポイント。こいつらが十人だ。
そして、ハム摩呂を含む、現役世代の中でも群を抜いて足の速い三人を捕まえたチームには超高得点、なんとびっくり100ポイントが与えられるのだ!!
三人を独占すればそれだけで300ポイント! 最下位から一気にトップへ大逆転ってのも夢じゃない!
……そのためには、他のチームの強敵をなんとかする必要があるけどな。
「それでは、ハムスター人族のみなさんが逃げ出してから十秒後に開始となります。選手のみなさんは自軍の陣地内に入ってください。鐘の音と共に陣地を出ることが許可されます」
そんな給仕の説明の後、一度目の鐘の音と同時に五十人のハムっ子がグラウンド中に散らばっていった。
屋台や貴賓席を越えて、グラウンドの隅の隅まで。
敷地を出なければ、どこに行ってもいいというルールになっている。
そうして十秒後、選手たちに向けて競技開始の鐘の音が鳴り響く。
「「「よっしゃぁああ!」」」
「「「ハムっ子ぉぉお!」」」
「「「ゲットだぜぇぇ!」」」
獲物を狙うハンターたちが一斉に駆け出す。
そんな姿を見つめ、俺は白組陣地の中で大声を上げた。
「俺を捕まえたハムっ子には特別にスペシャルなご褒美プレゼントー!」
言った直後、五十人のハムっ子が白組陣地内に侵入してきて俺に飛びついた。
瞬間移動かと思うような速度のヤツもいた。
「よし! ハムっ子全部、独り占め!」
「反則だよ、ヤシロ!?」
エステラが抗議の声を挙げるが、そんなもんは事前に協議されていない。
「ヤシロの『お兄ちゃんパワー』は禁止にすべきだ! 競技が成立しなくなる!」
「そうさね! これじゃあ『ハムっ子、ゲットだぜ!』じゃなくて、『ハムっ子が、ゲットだぜ!』さね!」
「カタクチイワシ! 物で釣るとは不届き千万! 私のハム摩呂たんを返せ!」
各チームから猛抗議を受ける。
まぁ、こんな勝ち方しちゃ競技どころか運動会すら滅茶苦茶になってしまう。
なので……
「俺の能力を使うなってんなら、俺が指名する『チート級』の能力も封印させてもらうぞ」
「……うむ。白組だけに制裁を科すのは不公平」
「そうです! 明らかにズルっこい人、他のチームにもいるです!」
マグダとロレッタの援護射撃もあり、俺の意見は割とすんなり受け入れられた。
なので、俺は各チーム一人ずつを道連れに『自爆』――退場ということになる。
「まず、黄組のメドラ」
「まぁ、そうなるだろうね」
メドラは笑顔で受け入れてくれた。
誰の目から見ても、ずば抜けてチート級だからな。ハム摩呂でも、本気のメドラからは逃げきれないだろう。
「で、青組からはナタリア」
「かしこまりました」
「ちょっと待て、ヤシロ! チート級の能力っていやぁ、狩猟ギルド四十二区支部の代表である、この俺じゃねぇのか!?」
「あぁ、ウッセは大丈夫だ。だって、ウッセだし」
「どーゆー意味だこら!?」
お前くらいなら、マグダで十分やり合える。
それよりも怖いのはナタリアだ。
あいつは服屋のオバハンを空へ舞い上げるようなヤツだからな。何を仕出かすか分からん。警戒すべきはヤツだ。
「で、赤組からは――」
「あたいか、ヤシロ?」
「デリアじゃなくて、ベルティーナだ」
「あらあら。私ですか」
そりゃそうだろう。
ハムっ子の、特にちんまいガキどもは無条件でベルティーナが好きなのだ。
ベルティーナが追いかけてきたら自分から向かっていくに違いない。
あの『母性』も、チート級なんだよ。
「じゃあ、代わりにもう一人ずつ選手を入れて、チート軍団は退場だ」
マグダとロレッタ。そしてジネットに視線を送ってからトラックを出る。
あいつらに任せておけば大丈夫だろう。信じてるぞ、お前たち。
「あんたたち! アタシの分まで頑張っておくれよ! パウラ! リーダーの統率力、見せておくれよ!」
「任しといて! さぁ、黄組! 頑張るよ!」
黄組も一致団結って感じだ。
ぶっと過ぎる大黒柱を失っても意気消沈しないあたり、チームが仕上がってきている証拠だろう。手強くなりそうだ。
「では、エステラ様。あとのことはよろしくお願いいたします」
「って……ナタリア。それはウッセだよ」
「すみません。平らさで判断してしまいました」
「さっさと退場しろぉ!」
青組はいつも通りだ。
そっか、エステラのヤツ…………しくしく。
「ではみなさん。あとのことはお任せしますね」
「おう! あたいらの活躍、見ててくれよなシスター!」
「ワタクシがいますので、大船に乗ったつもりでいてくださいまし」
くすくすと笑ってから頭を下げて、ベルティーナが退場していく。
子供たちと戯れたかったかもしれんが、それはまた明日にでも教会でやってくれ。
こうして、俺たちが退場した後、再び鐘の音が鳴り、『ハムっ子、ゲットだぜ!』は始まった。
で、俺は白熱する競技を横目に、氷を持ってアイツのもとへと向かう。
救護テントへと。
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