ベッコの家でハチミツを手に入れた翌日、俺は朝早くに生花ギルドの店へと来ていた。
「ミリィ」
「ぁ……てんとうむしさん。いらっしゃいませ」
ぺこりと、小動物のように頭を下げるミリィ。
今日、店は休みのようだ。
「休みなんだな」
「はぃ。……ぁの、領主様がぉやすみ、しなさいって」
その割には休んでいるようには見えない。「いらっしゃいませ」とも言っていたし、店も開いているし、エプロンをつけて花の世話をしているし。
「ぁう……ぁの、こ、これは……、お花はね、毎日ぉ世話してあげないと、元気、なくなるからね?」
「別にいいよ、そんな説明しなくても」
領主に言いつけるつもりもないし、言いつけたところで「ミリィらしいねぇ」で終わる話だ。
もしかして、ちょっと悪いことをしている気でもしているのだろうか。
ならば、好都合かもしれない。
今日は仕事のことは忘れて……
「ミリィ。これ」
「ぇ………………わぁっ!」
背中に隠していた花束を差し出す。
ベッコのところでもらってきた花たちだ。なんの花なのかまでは知らんが。
「ラベンダー、ラズベリー、サフラワー、ローズマリー……」
ピンクや紫の花を指さし、一つ一つの名前を言っていく。
「これ……一緒に咲いている場所があるの?」
「あぁ。高台の上の養蜂場だ」
「へぇ…………知らなかった……」
花に鼻を近付け、すぅ~っと息を吸い込む。
「ぃいこと聞いちゃったっ」
それは、初めて見るような柔らかい笑顔で、素直に喜んでくれているのがはっきりと分かった。
「もらっていいの?」
小首を傾げて問いかけてくるミリィ。しかし、瞳には「ほしいなぁ」とはっきり書かれていて、思わず笑ってしまった。
「ぇ、なに? みりぃ、変なこと言った?」
「いいや。……ふふ、あげるよ。ミリィのために採ってきたんだ」
「ぅん! ぁりがとう、てんとうむしさんっ」
本当に、ミリィは花が咲くように笑う。
これほど花に愛された女の子も珍しいんじゃないだろうか。
「ミリィ。今から森へ連れて行ってくれないか?」
「ぅん。ぃいよ。なにか必要なぉ花があるの?」
「あぁ、まぁ……それもあるんだが……」
花束を渡すタイミングで言えばよかったのだが、……さて、どう言ったものか。
俺は、胸を内側からノックしてくる妙な緊張を誤魔化すように、ミリィの柔らかい髪に触れる。
「みゅっ!?」
突然触れられて驚いたのか、ミリィが肩を震わせる。
不安と期待が混じったような色をして、大きな瞳が俺を見上げてくる。
髪につけられた大きなテントウムシの髪留めを指でなぞりながら、俺を見つめる大きな瞳に話しかける。
「デート、しないか?」
「…………………………す、……する」
こくりと、小さく頷き、そして「くわっ!」と目を見開く。
「ちょ、ちょっと、待って、て…………ぁの、す、すぐ、準備、してくるから」
その場で足踏みをして、意味なく二回転し、家に入ろうとしながらも、俺を気にし右往左往した後、何かを訴えかけるように俺を見つめてくる。
「そのままでもいいぞ。十分可愛い」
「ぁ…………うっ!」
褒めると、耳まで真っ赤に染めて、大きな瞳が揺らぎ始める。
そして、ぷるぷると小さく首を振り懸命に否定する。
「だ、だめだよぅ、もっと、ちゃんと……おしゃれ…………する、もん」
涙目で訴えかけられる。
……やっぱ、そういうとこは譲れないんだろうな。
「分かった。ちゃんと待ってるから。行っておいで」
「ぅ、ぅん!」
ぱたぱたと店へと駆け込み、店内でくるりと反転して、もう一度ドアのところまで戻ってくる。
花束をギュッと抱きしめて、その花越しににっこりと微笑む顔をこちらへ向けてくる。
「お花、ありがとう。すごくうれしかった……」
おそらく、部屋に置いてくるからなのだろう。花を持ってお礼が言いたかったんだろうなぁと、そんな気がした。
「待っててっ」
肩をすくめて笑い、ぱたぱたと店内へと入っていく。
喜んでもらえてよかった。
やっぱり、サプライズって効果絶大だな。
……しかし。
「家の前で女の子の着換えを待つのって……なんか、恥ずかしいな」
中学生の頃、クラスの女子の家の前でじっと立っていたクラスメイトを見かけて、「あいつ何してんだ? 下着泥棒か?」とか思っていたのだが…………そうか、アノ野郎はあの後デートだったのか…………時間が戻せるなら一発ぶん殴ってやるのに!
「……って、傍から見たら思われるようなことを、俺はやっているわけか…………」
俺、恥ずかしさで死んじゃうかも。
何やってんだろうなぁ……いい歳して。
「ぁぅ……ぁの…………ぉ…………ぉ待、たせ……」
二十分ほどして、ミリィがそっと、店のドアから顔を出した。
「ぁの……時間がなくて……ホントはもっと、ちゃんとできるんだけどね……ぁの……」
待たせるのは悪いと思ったから急いだ。
けどそのせいで少し簡単なオシャレになってしまった。
私は、本当はもっとちゃんとオシャレ出来るんだ。
と、そういう訴えのようだ。
だが、なかなかどうして。
「可愛いじゃないか」
「……ほんと?」
「あぁ。よく見せてくれよ」
「ぅ、…………ぅんっ!」
ドアからぴょこんと飛び出してきたミリィは、いつものエプロンを外し、水色の爽やかで清楚なイメージがするワンピースを着ていた。
頭にはいつもの大きなテントウムシと、その反対側に、小さなお団子が載っていた。
肩に届かないくらいの髪を、頑張って団子にしましたというような、小さなお団子だ。
ミリィの頭の上に大きなテントウムシと小さなテントウムシが乗り、向かい合っているような、そんなシルエットになっている。
「お団子、可愛いな」
「わぁ…………うん!」
珍しく、「うん」の出初めがはっきりと聞こえた。お団子には自信があったのだろう。
俺も、自分の得意分野を褒められるとすげぇ嬉しいもんな。分かるぞその気持ち。
「……ぁの、でも……」
ミリィが小さなお団子ヘアを手で押さえながら、恥ずかしそうに言う。
「ぉ……ぉんなの人の……ぉ胸じゃ、ない……よ?」
「うん。分かってるし、ミリィにそんな余計な知恵を吹き込んだ犯人も見当はついている」
昨日は世話になったが、今日の分の制裁はいつかきっちりつけさせてもらうぞ、真っ黒薬剤師。
「急で悪かったな。昨日のうちにお誘いだけでもしておけばよかったな」
「ぁう……ダメ、だよぉ……」
両手を開いて、おろおろとするミリィ。
ダメ?
「そんなことしたら……みりぃ、昨日の夜きっと眠れなかったもん…………これでぃい。ぁりがとね」
おぉっふ……
デートが楽しみで眠れない女子とか、可愛過ぎるじゃねぇか……
なんだろう……ミリィって、ホントいい子だなぁ。
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