異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

212話 思い出と手紙と -3-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:2,147

「……機会は待つものではなく、作るもの」

 

 ぼそりと、でもよく通る声でマグダが言う。

 いつもの半眼で、誰を見るとはなく、まっすぐ前を見つめて。

 

「……幸せは、思っている以上に逃げ足が速い。手に入れたいなら、全力で追いかけなければいけない」

 

 マグダの手が、俺の服の裾をぎゅっと掴む。

 

「……マグダは、なくしたくないものをなくなさないように、全力で頑張る所存」

 

 かつて、両親の帰りを待ち続けていたマグダ。

 待っていれば、泣き叫べば、両親は戻ってきてくれる――と、そう思っていた無力で幼い少女。

 

 初めて会った時のマグダは、本当に空っぽの目をしていた。

 

 強くなったんだな、こいつは。

 

 最近はまとまりがよくなってきた髪の毛をかき乱すように、マグダの頭を撫で回す。

 お前が頑張ってんのは、みんなが知ってる。

 だから大丈夫だ。

 お前はもう、何もなくしたりはしない。

 

「そうね……マグダちゃんの言うとおりね」

 

 マーゥルも、この小さな少女の口にした言葉に相好を崩す。

 

「欲しいものは、どんな手を使ってでも手に入れなきゃね」

 

 お前が言うと怖ぇよ、マーゥル。

 なんか、言葉の端々に黒いもんを感じるんだよな、こいつは。

 

 何か通ずるものがあったのか、マグダとマーゥルは互いに見つめ合い、そしてこくりと頷き合った。

 

「……ただ待つだけで幸せが舞い込んでくるのは、爆乳の持ち主だけ」

「そんなことはないと思うよ!?」

 

 エステラ、必死の抗議である。

 

「……店長だけが、待機の姿勢で幸運を呼び込んでいる」

「確かに、ジネットちゃんの周りにはいい人脈が形成されているけど……ジネットちゃんもいろいろ頑張っているんだよ」

「……無論、それは承知している。ただ…………あの爆乳は卑怯」

「胸に吸い寄せられてやって来たのはヤシロだけだよ!」

「おいこら、そこの風評被害振りまきマシーン」

 

 誰が爆乳に吸い寄せられたか。まだ吸ってねぇわ。

 

「うふふ。あなたたちは、本当に賑やかで楽しいわね」

 

 手紙を大切そうに胸に抱き、マーゥルは立ち上がる。

 部屋の奥の、やたらと豪奢な棚に近付き、引き出しへとドニスからの手紙をしまう。

 

「さぁ、このお話はこれでおしまい」

 

 ぽんと手を打って、こちらへと振り返る。

 その顔は…………あぁ、そういうことか。

 

「ヤシぴっぴの目論見がうまくいくことを祈っているわね」

 

 自分とドニスの過去話は、俺に対するヒントだったわけか。

 ドニスを攻略するのに役立てろと。

 そして、それだけのヒントを与えてやったのだから、私の利益になることをしっかりやれよと、そういう腹積もりなわけだな、このオバハンは。

 

 まぁ、確かに。ドニスの過去が分かればこちらの手札は増える。

 スピリチュアルモードで過去を言い当てる(ように見せかける)ことも可能だ。

 なにより、フィルマンの思い人の年齢が、あの頃のドニスが恋をした相手と同じ年齢だというのは、揺さぶりをかける道具としては強力だ。

 

 こいつは貸しか?

 それとも借りか?

 

 恋する乙女モードなどどこ吹く風で、こちらを挑発するように笑みを向けているマーゥル。

 欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。

 それが、マーゥルの信条だ。

 

 

『私の欲しいものを与えてくれるなら、私を好きなだけ利用していいわよ』

 

 

 余裕の笑みを浮かべるマーゥルの顔は、そう物語っているようだった。

 ふん。上等だ。

 なら、せいぜい利用させてもらうさ。……お前たちの生み出したくだらない制度をぶっ壊すためにな。

 

「モコカ」

「おぅ、なんか用かですよ?」

「お前は、俺に感謝をしているな?」

「そりゃあもう、感謝しまくりだっつぅのですよ!」

 

 素直でいい娘だな、モコカ。

 

「なら、俺がお願いしたことは、なんだって叶えてくれるよな?」

「モチのロンだぜですよ! 命に代えても叶えてやるってばよです!」

「なら……」

 

 ちらりと、マーゥルを見る。

 

「存分に気に入られておいてくれ、お前の雇い主に」

「おぅです! 望むところだぜです!」

 

 俺の意図を知ってか知らずか、マーゥルは微笑みを崩さない。

 ポーカーフェイスが板についている。やっかいなオバハンだ。

 

「自分の願いも、『大切な人に頼まれて』ということにすれば、思い切りやすいからな」

 

 モコカがそこまで言うなら仕方ないわね、って言い訳を、お前にくれてやるよ。

 おそらく、お前が欲しいものと、俺が欲しいものは一致しているだろうからな。

 

 そのためには、まずは『宴』を成功させなきゃな。

 

「じゃあ、マーゥル。ドニスに手紙をしたためてくれるか?」

「あらあら。急に言われても、なんて書けばいいのか迷っちゃうわね」

「なに、簡単な挨拶と世間話でいいんじゃないか」

 

 貼りつけた仮面のような笑みで俺たちは『交渉』を開始する。

 

「そうだな……新しい給仕を雇ったとか、『そちらで何か楽しいことがあったら、是非聞かせてほしいなぁ』みたいなことなんか書いておけばいいんじゃないかな?」

「うふふ。そうね。それは、お返事が楽しみだわね」

 

 もはや、貸し借りの量は分からなくなっている。

 だからここはひとまず――お互いが最大限の利益を得られたらチャラ――ってことで、手を打とうじゃねぇか。

 

『BU』の突き崩しに、協力してもらうぞ、マーゥル。

 

 

 マーゥルに手紙を頼み、俺たちは四十二区へと戻った。

 馬車に揺られて、崖を迂回するようにぐるっと回り道をして。

 

 あぁ、本当に…………回り道は大変だな。

 

 

 

 

 

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