「……機会は待つものではなく、作るもの」
ぼそりと、でもよく通る声でマグダが言う。
いつもの半眼で、誰を見るとはなく、まっすぐ前を見つめて。
「……幸せは、思っている以上に逃げ足が速い。手に入れたいなら、全力で追いかけなければいけない」
マグダの手が、俺の服の裾をぎゅっと掴む。
「……マグダは、なくしたくないものをなくなさないように、全力で頑張る所存」
かつて、両親の帰りを待ち続けていたマグダ。
待っていれば、泣き叫べば、両親は戻ってきてくれる――と、そう思っていた無力で幼い少女。
初めて会った時のマグダは、本当に空っぽの目をしていた。
強くなったんだな、こいつは。
最近はまとまりがよくなってきた髪の毛をかき乱すように、マグダの頭を撫で回す。
お前が頑張ってんのは、みんなが知ってる。
だから大丈夫だ。
お前はもう、何もなくしたりはしない。
「そうね……マグダちゃんの言うとおりね」
マーゥルも、この小さな少女の口にした言葉に相好を崩す。
「欲しいものは、どんな手を使ってでも手に入れなきゃね」
お前が言うと怖ぇよ、マーゥル。
なんか、言葉の端々に黒いもんを感じるんだよな、こいつは。
何か通ずるものがあったのか、マグダとマーゥルは互いに見つめ合い、そしてこくりと頷き合った。
「……ただ待つだけで幸せが舞い込んでくるのは、爆乳の持ち主だけ」
「そんなことはないと思うよ!?」
エステラ、必死の抗議である。
「……店長だけが、待機の姿勢で幸運を呼び込んでいる」
「確かに、ジネットちゃんの周りにはいい人脈が形成されているけど……ジネットちゃんもいろいろ頑張っているんだよ」
「……無論、それは承知している。ただ…………あの爆乳は卑怯」
「胸に吸い寄せられてやって来たのはヤシロだけだよ!」
「おいこら、そこの風評被害振りまきマシーン」
誰が爆乳に吸い寄せられたか。まだ吸ってねぇわ。
「うふふ。あなたたちは、本当に賑やかで楽しいわね」
手紙を大切そうに胸に抱き、マーゥルは立ち上がる。
部屋の奥の、やたらと豪奢な棚に近付き、引き出しへとドニスからの手紙をしまう。
「さぁ、このお話はこれでおしまい」
ぽんと手を打って、こちらへと振り返る。
その顔は…………あぁ、そういうことか。
「ヤシぴっぴの目論見がうまくいくことを祈っているわね」
自分とドニスの過去話は、俺に対するヒントだったわけか。
ドニスを攻略するのに役立てろと。
そして、それだけのヒントを与えてやったのだから、私の利益になることをしっかりやれよと、そういう腹積もりなわけだな、このオバハンは。
まぁ、確かに。ドニスの過去が分かればこちらの手札は増える。
スピリチュアルモードで過去を言い当てる(ように見せかける)ことも可能だ。
なにより、フィルマンの思い人の年齢が、あの頃のドニスが恋をした相手と同じ年齢だというのは、揺さぶりをかける道具としては強力だ。
こいつは貸しか?
それとも借りか?
恋する乙女モードなどどこ吹く風で、こちらを挑発するように笑みを向けているマーゥル。
欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。
それが、マーゥルの信条だ。
『私の欲しいものを与えてくれるなら、私を好きなだけ利用していいわよ』
余裕の笑みを浮かべるマーゥルの顔は、そう物語っているようだった。
ふん。上等だ。
なら、せいぜい利用させてもらうさ。……お前たちの生み出したくだらない制度をぶっ壊すためにな。
「モコカ」
「おぅ、なんか用かですよ?」
「お前は、俺に感謝をしているな?」
「そりゃあもう、感謝しまくりだっつぅのですよ!」
素直でいい娘だな、モコカ。
「なら、俺がお願いしたことは、なんだって叶えてくれるよな?」
「モチのロンだぜですよ! 命に代えても叶えてやるってばよです!」
「なら……」
ちらりと、マーゥルを見る。
「存分に気に入られておいてくれ、お前の雇い主に」
「おぅです! 望むところだぜです!」
俺の意図を知ってか知らずか、マーゥルは微笑みを崩さない。
ポーカーフェイスが板についている。やっかいなオバハンだ。
「自分の願いも、『大切な人に頼まれて』ということにすれば、思い切りやすいからな」
モコカがそこまで言うなら仕方ないわね、って言い訳を、お前にくれてやるよ。
おそらく、お前が欲しいものと、俺が欲しいものは一致しているだろうからな。
そのためには、まずは『宴』を成功させなきゃな。
「じゃあ、マーゥル。ドニスに手紙をしたためてくれるか?」
「あらあら。急に言われても、なんて書けばいいのか迷っちゃうわね」
「なに、簡単な挨拶と世間話でいいんじゃないか」
貼りつけた仮面のような笑みで俺たちは『交渉』を開始する。
「そうだな……新しい給仕を雇ったとか、『そちらで何か楽しいことがあったら、是非聞かせてほしいなぁ』みたいなことなんか書いておけばいいんじゃないかな?」
「うふふ。そうね。それは、お返事が楽しみだわね」
もはや、貸し借りの量は分からなくなっている。
だからここはひとまず――お互いが最大限の利益を得られたらチャラ――ってことで、手を打とうじゃねぇか。
『BU』の突き崩しに、協力してもらうぞ、マーゥル。
マーゥルに手紙を頼み、俺たちは四十二区へと戻った。
馬車に揺られて、崖を迂回するようにぐるっと回り道をして。
あぁ、本当に…………回り道は大変だな。
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