「みなさ~ん、お待たせしました~」
皿に載ったドーナツを持って、ジネットが厨房から出てくる。
そして、知らぬ間に増えていたエステラを見つけ、嬉しそうに笑顔を咲かせる。
「エステラさん、おはようございます」
「おはよう、ジネットちゃん。あとでボクにもこのコーンポタージュをくれるかな?」
イメルダの食べかけを指さしてエステラが言う。
昨日、話だけは聞いていたから食べたくて仕方ないのだろう。
……またナタリアに文句言われるぞ、「自分ばっかりズルい」って。
「マグダさ~ん、コーンポタージュスープ一つで~す!」
厨房に向かって声をかけるジネット。
マグダが温め係でもしているのだろう。
なんだかこれまでと立場が逆転しているな。ジネットが注文を取ってマグダが作るとか。まぁ、温めるだけだからな。というか、もう温まっているから皿によそうだけだ。
オーダーを通した後、ジネットはこの場に残り、俺の隣へとちょこんと立った。
参加したいのだろうか。聞くくらいはいいけど。
「わぁ、これが『とどけ~る1号』さんの設計図なんですね」
と、設計図を覗き込むジネット。
まさかの、建造物にさん付けである。
「こんなに大きな物を建てて、倒れたりしないんでしょうか?」
「そこが心配なんだよな」
日本では、ワイヤーを使って補強したり、地中深くまで杭を打ち込んで安定させたりするのだが、どちらもこの街では難しそうだ。
ワイヤーでの補強というのは、電柱の横に斜めにワイヤーが張ってあったりするあの『電柱支持ワイヤー』のようなもので、柱にかかる力を下と斜めの二方向へ分散する役割を持つ。
だが、それには強靭なワイヤーが必要となるため、この街で再現するのは難しいだろう。
また、地中深くに杭を打つための『ボーリングマシン』も、この街にはないだろうしな。
そこをどう補うか……
「支持ワイヤーで掛かる力を分散するから問題ないさね」
「地中深くまで杭を打ち込めばしっかりと安定するッスよ」
「えっ、あんの? そういう技術」
「当然ですわ。この街の外壁は、かなり高度な技術で作られていますのよ?」
あぁ、そうか。
魔獣を防ぐ巨大な外壁を作るために、建築技術的なものはかなり発展しているのか。
だったら、街の中の建物も、もう少し近代化していてもいいような気がするんだが……
「ウチのヤンボルドは、杭打ちの名人なんッス。手先も器用ッスけど、やっぱりウマ人族はパワーがあるッスからね」
などと、ずっと俺を見て話すウーマロ。
……質問したのはジネットなんだが?
「……と、ジネットさんに伝えてほしいッス」
「大丈夫だ。聞こえてるみたいだから」
ジネットがくすくすと笑う。
さすがにウーマロの扱いにはもう慣れたようで、無駄に話しかけたりはしない。
常連の扱い方は、個別にきちんと把握する。これは結構大切なスキルだったりするわけだ。
「いい加減、目を見てお話しなさいまし、ウーマロさん!」
「のはぁあ!? オイラの視界に入らないでほしいッス!」
「ワタクシから目を逸らすとはなんたる無礼!? あなたくらいですわよ、そんな態度をお取りになるのは!」
「だから、回り込んで視界に割り込もうとしないでほしいッスって!」
もっとも、そんな個人の事情など知らんというスタンスのヤツもいるわけで、イメルダは不機嫌そうにウーマロに絡んでいる。
ウーマロの顔を覗き込んでは逸らされ、逸らされては覗き込みということを繰り返し、二人でくるくる回転している。……それくらいにしとけよ、お前ら。
「どっちも落ち着くさね。子供みたいにはしゃぐんじゃないさよ」
余裕の表情で煙管を弄ぶノーマ。
食堂内は禁煙なので、指でいじるに止めているようだ。
「あら、さすがノーマさんですこと。枯れた意見ですわね」
「アタシはどこも枯れてないさよっ!?」
イメルダに熱い灰攻撃をしようと煙管に刻み煙草を詰めようとするノーマ、――の腕を押さえる。
禁煙だっつの。
そんなユニークな三者を見て、エステラが両腕を広げて肩をすくめる。
「やれやれ……このメンバーでうまくやっていけるのかい?」
「おい、エステラ。イケメン顔で『やれやれ……』とか言うなよ。主人公みたいだろうが」
「久しぶりに言われたね、その『イケメン』という不愉快な言葉……」
そういえば、最近エステラを男と間違えるヤツが急激に減っていると、ナタリアが言っていた。なんでも、「エステラ様はここ最近とても女性らしくなられましたので…………私に憧れて」ということらしい……まぁ、「私に憧れて」は、ヤツの勝手な思い込みだろうが。
「そういや、エステラは昔みたいな男っぽい仕草をしなくなったさねぇ」
「え、そうかな?」
「確かに、以前にも増して可愛らしい表情をよくされるようになりましたよね」
「ちょっ、やめてよジネットちゃん…………可愛らしいなんて……がらじゃないよ」
「うふふ。そういうところも、可愛いですよ」
ジネットにからかわれて照れるエステラ。
うむ……確かに女子っぽい。
昔のこいつは、もっとキザな男みたいな所作が目立ったのに。
「というか、ボクってそんなに男っぽいことしてた?」
「あぁ、してたぞ。大きなおっぱいをついつい見ちゃったりな」
「それは君だけだよ、ヤシロ!」
「いや、エステラ……あんたの視線も結構感じるっさよ」
「えっ!? う、嘘でしょ!?」
「残念ながら……本当さね」
「ワタクシも、たまに感じますわね」
「あの…………わたしも、たま~に」
「ジネットちゃんまで!?」
エステラも結構な頻度で巨乳に視線をやっているようだ。……ただし、俺とは違う思いを込めて。
呆れ顔で俺とエステラを見つめるノーマとイメルダ。ジネットは困り顔で笑っている。
……っていうかさぁ。
「そんなでかいおっぱいしてたら、普通見るっつーの!」
「そ、そうだよね、ヤシロ! 見ちゃうよね!?」
「……エステラ。あんた、そこでヤシロと意見合っちゃっていいんかい……?」
ノーマがエステラにドン引きしている。エステラに。
俺にじゃない、エステラにだ。
「ドン引かれてるぞ、エステラ」
「君にだよ!」
「人のせいにするなよ、この、おっぱいマニアめ!」
「君にだけは言われたくないね、そのセリフ!」
「そんなことよりも、ナイモノネダリーナさん……もとい、エステラさん」
「物凄い間違いだね、イメルダ!? 悪意しか感じないけど、何か用かな!?」
ドヤ顔のイメルダと、般若顔のエステラ。
うわぁ……なんて低レベルな睨み合いだ。
「予算に余裕があるのでしたら、とっておきの木材をご用意できますわよ」
「余裕って…………ちなみに、その木材って、いくらくらい、かな?」
冷や汗を浮かべて、エステラがイメルダに耳を向ける。
こそこそと耳打ちをされたエステラの髪の毛が一瞬逆立つ。
……相当な金額を言われたのだろう。それでいて、出せなくはないような額を。
「…………ちょっと、考えさせて」
「では、ご用意いたしますわ!」
「あぁ、もう! 結局そういうことになるとは思うけど、一回持ち帰らせてよ!」
いくら領主と言えど、一存で大金をぽんぽん使うわけにはいかない。
最悪でも、ナタリアと話し合うくらいはしたいのだろう。
…………この街、給仕長が権限持ち過ぎてねぇか?
「まぁ、今回はマーゥルも金を出してくれるっつってんだ。なんとかなるだろう?」
「そのお金を当てにしても躊躇うような額だったんだよ!」
イメルダ……お前、いくら吹っかけた?
「雨風に強く、曲がらず、折れず、それでいて燃えにくい、この建造物に打ってつけの木材があったのですが……仕方ないですわね、ワンランク下の木材を用意させますわ」
「待って! マーゥルさんとの共同出資だから、中途半端なものは作れないんだよ」
「失敬ですわね。ウチで扱う木材は、ワンランク下げても一流の木材ですわよ」
「それでも、超一流があるならそっちを使いたいんだ」
「要するに、負けろってことだよイメルダ」
「いや、違うよヤシロ! ボクは別に、そんなつもりでごねてるわけじゃないんだ…………けど、負けてもらえるなら、嬉しい……かも」
「やめてくださいまし……エステラさんの上目遣いを見せられても、怖気が走るだけですわ……」
エステラのおねだり光線を浴びて、イメルダが自身の両腕を抱きかかえる。寒気を覚えているようだ。
甘えるのって、やっぱ相手を選ぶよな。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!