異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

201話 スピリチュアル・ヤシロ -2-

公開日時: 2021年3月20日(土) 20:01
文字数:2,991

「そ、そなたは……何者なのだ?」

 

 ドニスも、自分には正直なようだ。

 

 しばらく呆けたように俺を見つめた後、ハッと息をのんで、ドニスは使用人たちに退室を命じる。

 こちらが呼ぶまで、食堂への立ち入りを禁じると申しつける。

 

 使用人にも話していないようだな、自分の片思いを。

 

 初老執事を含む使用人たちが全員はけた後、俺は改めてドニスの秘密を暴く。

 

「使用人が全員男なのも、その特別な女性のため……なんだな」

「……そんなことまで分かってしまうのか」

 

 うん。分かりやすいもん、お前。

「せい」ではなく「ため」という表現にしたのも、ドニスの心にはグッと来たことだろう。

 こいつは常に、紳士であろうとしている。

 己の心を秘匿し、すべてを自身の中で完了させる。

 その根底には「相手への配慮」があり、迷惑をかけたくないという思いに溢れている。

 

「誰にも話さず、己の心一つに閉じ込めておいた、古い恋心だったのだがな……」

「……古い?」

「あぁ……もう、何十年も前に終わった、儚い恋の話だ…………」

 

 などと自分に酔い始めるドニス。

 こいつには、自分の恋愛を相談できる相手がいなかった。

 だからこじらせてしまっているのだ。

「古い恋心」とか「儚い恋の話」なんて表現が、その最たる証拠だ。

 

 そして、そんな自分を「カッコいい」と心底思い込んでいるのだ。

 そうでなければ、この歳になるまで片思いを貫くなんて不可能だろうからな。

 

 ……ったく。この世界のジジイどもは、どいつもこいつもセンチメンタルだな。

 シラハを思い続けた元貴族のオルキオといい、ムム婆さんに絶賛片思い中のゼルマルの爺さんといい。

 乙女系ジジイのオンパレードだな。

 

 そんな目の前の乙女ジジイは、一つ嘘を吐いている。

 

「『古い』……じゃ、ないだろう?」

「ん?」

 

 シラを切ろうとして、失敗している。

 ドニスの表情が一瞬強張った。「ドキリ」とした証拠だ。

 

「…………『今も』……好きなんだろう?」

「…………」

 

 ドニスは答えない。

 ここで認めると、相手に迷惑がかかるとでも思っているのか。

 それとも、ひた隠しにしてきた思いを簡単にさらけ出せないのか……

 

「…………そなたでも、外すことがあるのだな」

 

 ドニスが静かに言う。

 その言葉の裏には、こんな気持ちが隠されているのだろう――

 

 

 この男の発言はすべて正しく、今も言い当てられてしまった。けれど、紳士なワシはあえて真逆の気持ちを吐露するのだ…………的なワシ、かっこいい……

 

 

 うん。このジジイ、完全にスピリチュアル信じちゃってるな。驚くほど信じ込んでいる。

 なんか知んないけど、かーなーりカッコつけてるな。……波○ヘアーのくせに。

 

 案外このジジイも、『BU』特有の「流されやすいDNA」を持っているのかもしれないな。

 完全に雰囲気にのみ込まれてやがる。

 

 独裁者とか、対外的に強気で強硬な態度をとるようなヤツに限って、スピリチュアルな偶像を心の拠り所にしていることがあったりする。

 歴戦の英雄ほど験を担いだりな。

 

 答えのない不思議体験にハマりやすい傾向にあるのだ。こういう、ワンマンな頑固者ほどな。

 

「ワシの恋心など……もう何十年も前に枯れ果てておるわ。思い出すのすら、困難だ」

「そうかい……なら、そういうことでもいいさ…………ただ」

 

 酩酊するくらい自分に酔っているジジイに、俺は調子を合わせる。

 ほんの少しだけ、こちらに傾くようにこっそり誘導してな。

 

「……相手の女性の気持ちまでもが、もう終わってしまっているかは…………分からないけどな」

 

 ドニスの動きが止まる。

 さぁ、語ってやるさ。お前の聞きたい言葉だけを、嘘にならない範囲で、とても甘美な響きを持たせてな……

 

「……窓辺のよく似合う女性だな…………彼女はいつも窓辺で、静かな笑みを湛えて、遠くを…………ずっと遠くを眺めている。……遠くにある…………何かを」

 

 ドニスの手が微かに震え出す。

 

「……窓辺………………あぁ、そうだ。確かに、あの人は……よく窓辺に佇んで……遠くを見つめていた……」

 

 震える自身の手を押さえて、ドニスが古い記憶を紐解いていく。

 

 窓辺に佇む女性。

 遠くを見つめる儚げな視線……

 

「彼女の目には、今…………何が映っているんだろうな?」

 

 俺の言葉を聞いて、ドニスの瞳にうっすらと涙が浮かぶ…………小鼻が広がり、少々荒い音を立てて空気が吸い込まれていく…………唇を噛み締め……頬が微かに揺れ……頭頂部の一本毛がさわりと揺れる…………ぷぷーっ!

 

 必死に吹き出すのを我慢して、俺は最後の言葉をドニスに告げる。

 

「気が向けば…………手紙でも書いてみたらいいんじゃないか……届けるかどうかは、あとで考えるとして、な」

「届かぬ手紙か…………ふむ。気が向いたら、試してみるとしよう」

 

 ドニス、にっこり。

 一本毛、さわり。

 

 ぷぷーっ!

 

 限界に達した俺は、くるりと反転しドニスに背中を向ける。

 そして、足音を立てないように、そっとその場を離れる。

 来た時と同じように、遠回りをしてゆっくりと、今度はエステラたちのもとへと向かう。

 

 ようやく元の位置へたどり着いた時、エステラが俺のみぞおちに軽い拳をぶつけてきた。

 

「よくもまぁ、そんなもっともらしいことをもっともらしく言えたもんだね……ボクは君が怖いよ」

 

 頬が触れそうな至近距離まで顔を近付け、極限まで潜めた声で囁くエステラ。

 俺のペテンがバレないように苦言を呈したいようだ。いいだろう、乗ってやる。

 俺も同じ声量で囁き返してやる。

 

「嘘は言ってないぞ。ドニスみたいな初恋ボーイの心くらい読めるし、マーゥルは今も窓辺で遠くを見ているじゃねぇか。遠くにある、四十二区を――そこには恋愛要素なんか微塵も含まれていないがな」

 

 それらの情報をもっともらしく言っただけだ。

 あとはドニスが勝手に自分を美化し、自分の過去に酔いしれ、自分で勘違いを引き起こしただけだ。

 

「まったく……」と、エステラはため息交じりに首を振る。

 柔らかい髪の毛が数度、俺の頬を撫でる。

 

「それはそうと、さっきのしゃべり方……気持ち悪いから二度としないでね」

 

 反論の種がなくなったエステラが、負け惜しみの代わりにそんな皮肉を寄越してくる。

 だから、そういうのは「フリ」に聞こえるんだっつの。「絶対押すなよ」みたいなな。

 なので、その「フリ」にも乗っかってやる。

 

「……一本毛が…………さわり」

「ぶふーっ!」

 

 耳元でバカでかい音が鳴り響いた。

 全力で吹き出しやがったな、こいつ。頬と耳に唾が飛びまくりだ。

 

「ごほっ! ごほっ! ……やぁしぃろぉ~!」

「待てエステラ。その怒りは八つ当たりというヤツだ。俺はたぶん悪くない」

 

 もし責任の所在を追及するのであれば、豊か過ぎるお前の想像力を責めるべきだ。

 

 ……と、まぁ。こっちでごちゃごちゃやっている間も、ドニスはなんだか一人の世界に浸りきり、ぼへ~っと宙を見つめていた。

 隣に『でっかい長身の古時計』を置いたら、もう動かないんじゃないかと思ってしまいそうな呆け具合だ。

 

「…………枯れるのは……まだ、早いのかも、しれんな……」

 

 若干、俺の『神降ろしのオーラ』が伝染したかのような口調で、ドニスが呟く。口角が持ち上がり、にんまりとした表情を形作る。

 

「引退すれば……茶飲み友達くらいには、なれるやもしれんな…………」

 

 ジジイが未来の希望を見出したようだ。

 これで一層、目の前のごたごたを片付ける力が湧いてくるだろう。

 少なくとも、膠着状態をよしとはしないはずだ。

 

 さぁ、乗ってこい。俺の口車に。

 

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