「むふっ……もふっ……にゅふ~……っ!」
祭壇の前で、リベカが蹲って身悶えている。
この反応は間違いない。
とりあえず、気遣って声でもかけてやるか。
「リベカー、大丈夫かー」
「む、むぅ、だ、大丈夫じゃないのじゃっ」
半泣きな声でリベカが答える。
俺の方へは顔も向けない。
「し、心臓が……破裂しそうなのじゃ……っ!」
「なっ!? だ、大丈夫ですか、リベカさん!?」
「にゃふんっ!?」
フィルマンに声をかけられると、リベカの体がびくんと跳ねる。心臓、破裂したんじゃね?
「だ…………大丈夫……なの、じゃ…………ですわ」
なにそのちょっとしたお嬢様口調!?
自分をよく見せようとした結果?
盛大に失敗してるぞ、それ。
「あら、まぁ。こんなリベカ様は初めて見ますね」
バーサがゆっくりと近付いてくる。蹲るリベカを驚きの表情で見つめながら。
その背後に怨念……もとい、ソフィーがゆらりと付いてくる。
いやぁ、バーサ越しに見ると、ホント心霊だわ。画像でもアップすればネットが騒然としそうな絵面だな。
「リベカ、平気ですか?」
ソフィーが優しい声をかける。
「う…………うむ……平気、なのじゃ」
姉の声に、少しだけ落ち着きを取り戻す。
が、俯いて顔を隠したままのリベカは知らないだろう。
その優しい声を出した姉が、鬼の形相で微笑んでいることを。……怖ぇって。
「こちらの方が、噂のお相手なのですか?」
と、モーニングスター(鈍器)を握りしめて問いかけるソフィー。
ダメだ、リベカ! それに答えると、人が一人死ぬぞ!
「う…………うん」
照れたように小さく頷くリベカ。
なんとも少女チックで可愛らしいその動作で……一人の人生が幕を下ろした。
「って! させるかよ!」
モーニングスター(凶器)を振り上げるソフィーを押さえる。
危ない危ない……真顔で何やってんだ、こいつ?
「……はっ!? 私は、いつの間にこんなものを?」
無意識!?
え、無意識で!?
「妹の幸せのために、姉として出来ることをやろうと誓ったばかりなのに……」
その誓いの結果が『排除』か?
姉の強権、怖ぇな。
「えっと…………クソムシさん、でしたっけ?」
「あ、いえ……フィルマン、です」
「あぁ、フナムシさん」
虫から離れて!
そして、フィルマン。姉と知って頑張ったな。ちゃんと会話が成立している。……成立している、か?
「あなたは、リベカのことが好きなのですか?」
ド直球の質問だ。
けどまぁ、フィルマンだからな。これくらい直球でないと好きか嫌いも有耶無耶にしてしまいかねない。
ある意味いいパスだ。はっきり言っちまえ。
「…………リベカさんは、世界です」
有耶無耶ー!
何が言いたいのか、まるで分からん!
「きゅんっ!」
ときめいちゃってるよ、あの九歳女児!?
「えっと……意味が、分からないのですが?」
正論だな、姉!
俺も同じ意見だよ。
「す…………好きっ…………です」
「もにゅんっ!?」
蹲ったリベカがまるで大玉転がしの玉のように転がっていった!
連続後ろでんぐり返りだ!?
そして、バーサがそっと回転を止めた!
「…………」
「…………」
そして、睨み合うソフィーとフィルマン。
「……どこが?」
おぉう、ソフィー。その質問、すげぇ答えにくいんだぞ。
「全部」って言葉を濁すと空々しいし、かといって一個ずつ挙げていくのも煩わしいし――聞いてる方がな。
「語っていいんですか!?」
けれど、フィルマンという男はそんな面倒くさい質問に、瞳をきらきらさせ急に勢いづいた。
あぁ、いるよなぁ。自分の好きな物の話を語りたがるヤツ。こっちに興味があろうがなかろうがお構いなしに語りまくる厄介な生き物。
フィルマンは、それだ。
「まず歩き方なんですが、これは大きく六十四個のカテゴリーに分けて説明……」
「ストップだ、フィルマン!」
歩き方だけで六十四もあるのかよ……しかもカテゴリーって。そのカテゴリーの中で何項目に分かれているのか想像もしたくない。
一日二日じゃ終わらねぇぞ、これ。
そこまで時間を使うわけにはいかない。庭にはドニスもいるのだ。手短に終わらせたい。
「そうですね。まずは声としゃべり方の素晴らしさから説明するべきでした。そちらの方がすんなり世界観に入っていけると思いますし。声のカテゴリーは七十七個ありまして……」
「ストップ・ザ・フィルマン!」
そうじゃない。
そうじゃないんだ、フィルマン。
それ以上くだらないことをしゃべると、口を塞いじゃうぞ――まつり縫いで。
「ソフィーの気持ちも分かるが、今はリベカと話をさせてやってくれ」
「ですが……リベカはまだ子供ですし……」
「わ、わしはっ!」
バーサに介抱されていたリベカがすっくと立ち上がる。
顔が、見たこともないくらいに真っ赤に染まっている。気力で立っているという感じだ。
「わしは、もう大人なのじゃ! お姉ちゃんにも会えた、大人なのじゃ!」
ソフィーが工場を離れる際、「大人になったらまた会える」とリベカに言っていた。
そのため、リベカは必死に大人になろうと努力していた。人一倍、子供扱いされることを嫌って。大人ぶっていた。
だからこそ、今この場で子供扱いをされるのは不本意なのだろう。
大人になろうと努力し続けた少女は、年齢以上に大人であるという自尊心が大きくなっている。
それ故に、恋だって自分で決めたいのだ。大人だから。
「わしは、自分で決めるのじゃ!」
言い切って、フィルマンを見つめる。
目が合うと、そそっとバーサの陰に隠れる。……おぉ、子供がいるぞ、あそこに。
「分かりました。では、私はリベカの決定を尊重します……でももし、リベカが悲しむようなことがあれば…………容赦はしません。私には、リベカの笑顔を守る義務があるからです」
あくまで姉として、妹の思いを尊重するとソフィーは断言する。
これまで出来なかった姉としての務めを全うするつもりなのだろう。
「それから……私からリベカを奪うような行為にも容赦しません。卑猥な目で見たら断罪します。指一本でも触れれば口では言えないような制裁を科したいと思っています」
「それ姉の領分越えてるから!」
言外の圧力をこれでもかと掛けまくるソフィーを、リベカから強制的に引き離す。
マグダとロレッタの間に置いて、隔離しておく。
いいか二人とも、きちんと見張っておくように。
「最後に、最後にこれだけは聞かせてください!」
マグダとロレッタに体を拘束されながらも、ソフィーは身を乗り出して訴えかける。
「リベカの、どこが一番好きですか!?」
必死な芸能レポーターか……
そんな問いに、フィルマンは絶対的な自信を持って答えを返す。
「顔です!」
……うん。割と最低な返答じゃないかな、それ。
いや、正直なんだろうけど……顔って。
「にゃふんっ!」
リベカ、再爆発。
あ、ときめくんだ、それで。
「納得です」
納得しちゃうんだ!?
「超可愛いですものね、リベカ!」
「はい! 超可愛いです!」
「みゅふぅ~……」
アホ姉とアホ彼氏(候補)は意見が合うようだ。
間に挟まれたリベカも……まぁ、嬉しそうだしいいか。
「あたし、告白の時に『顔が好みです』って言われたら、ちょっと嫌です……」
「……けれど、顔から好きになるケースは多い」
「仲良くなって、気が付くとその方のお顔が誰よりもステキに見えるというケースもあるようですよ。パウラさんがおっしゃってました」
陽だまり亭女子が三人でわきゃわきゃ話し合っている。
……パウラ、不細工に惚れたことでもあるのかな。まぁ、あのタイプは恋に恋しちゃう系だしな。あり得る。
確かに、「顔が好み」ってところから仲良くなっていくケースは多いんだが……あぁ、そうか。フィルマンはその「仲良くなっていく」って期間が一切ないから「顔が好み」ってところで立ち止まってるのか。納得。
けどまぁ、勢いとはいえ、「リベカが好きだ」「顔が好みだ」みたいなことが言えたんだ。あとはそれを本人に伝えて、OKをもらえば、晴れて恋人同士ってわけだな。
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