異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

58話 木こりギルドの視察・後編 -1-

公開日時: 2020年11月26日(木) 20:01
文字数:2,444

 燃えるようだった空の赤が徐々に静かな藍色へと変化していき、俺たちの影を長くしていく。

 隣を歩く者の顔が辛うじて分かる程度の薄暗さに包まれ、俺たちは程よい疲労感を感じていた。

 昼食後に始まった視察とはいえ、さすがにこの時間まで歩き続けていたのでは腹も減る。

 視察団の胃袋もそろそろ断末魔の叫びを上げそうな雰囲気だ。


「いかがでしたか? 下水を完備したことにより、現在の四十二区は衛生面で他区から一歩抜け出したと自負しています。木こりギルドの支部を置くことが汚名になることはないと、自信を持って断言いたしましょう」

「確かに。よくぞここまで変わったものだと感心しきりだったぞ」


 ハビエルがそんな感想を寄越す。

 実際、ハビエルは道や建物など、あらゆるものに興味を示し、見て、触って、質問をして、四十二区の変貌ぶりに感嘆の息を漏らしていた。


「今後、こいつが四十区にも出来るのか……アンブローズめ、いい買い物をしやがったな」


 アンブローズ・デミリーは四十区の領主で、先ごろ下水工事の契約を結んだばかりだ。

 四十区から四十二区へ引っ越してきたばかりのウーマロが、ほぼ毎日四十区へ『出かけていく』のも、その工事のためだ。タイミング悪いんだよな、あいつ。


 なんにせよ、ギルド長のハビエルは四十二区の現状に満足しているようだ。

 もともとハビエルは四十二区に木こりギルドの支部を作ることに賛成していたのだ。

 今回の視察も、前向きに参加してくれたのだろう。


「けれど、何もなさ過ぎて不便ですわね」


 一方のお嬢様だが…………こいつは、どこかしらにケチをつけては「所詮は四十二区ですものね」と高飛車に帰結する。

 なんというか……「四十区に拠点を構える木こりギルドの息女であるワタクシが、最底辺の四十二区をそうやすやすと認めるのはプライドが許しませんわ」……とでも思っているのであろうことがありありと見て取れる反発の仕方なんだよなぁ。

 イメルダにしても、下水の処理工程には素直に感心していたし、環境や設備に関する質問も大量に寄越してきていた。興味はあるのだ。

 そして、それらの質問がすべて「もし木こりギルドが支部を置くのであれば」という前提を元にしたものばかりだったことからも、否が応でも支部の設置を阻止したいということではないようなのだ。


 ただ一点――『最底辺の四十二区をそう簡単に認めたくない』という一点だけが、イメルダの色よい返事を阻害しているように見受けられる。というか、それ以外に考えられない。

 ごねることで好条件を引き出そうというタイプにも見えないし、このお嬢様は本当に意地っ張りでプライドの塊のような性格をしているのだろう。

 ……面倒くさい性格をしている。


 だが、逆に言えば、ネックはそこだけなのだ。



 そこさえ突き崩せれば、この誘致は確実に成功する。



「それじゃあ、そろそろ食事にするか」

「待ってましたっ!」

「ぅうおおおっ! 飯だっ!」


 よほど腹が減っているのだろう、木こりたちが獣のような雄叫びを上げる。

 これだけ飢えてりゃ何食っても美味いだろう。

 …………頼むぞ、マグダ。店の飾りつけを普通にしておいてくれよ…………


「では、みなさん。こちらへ」


 エステラが先頭を切り、来た道を引き返していく。

 少し急いだ方がいいかもしれないな。

 この周りには畑が広がっているだけで、店も民家もない。日が落ちると完全な闇に包まれるのだ。

 そんな中を歩かせるのはマイナス点だ。


「随分と暗いですわね。夜道は危険ですわ」


 ほらな。早速突かれちまった。


「怖いんなら、手でも繋いでやろうか?」

「ふぁっ!?」


 イメルダがキジのような声を発する。

 もう日は落ちたというのに、いまだに日傘を差してくるくると回転させている。

 その回転速度が物凄いことになっていく。……なに、お前はボールとかをその上で回したいの?


「け……結構ですわっ! そんな……こっ、こい……子供じゃあるまいし!」


 ツンと顔を背け、足早に歩いていってしまう。

 さっき恋人って言いかけたろ、あいつ?


 それはそうと、背後から筋ムキ木こりーズの負の念がビシバシぶつけられているのが怖いんですが……木こりギルドの誘致に成功したら、こいつらがここに住むことになるのか? うわぁ……メンドクサソウ…………


 少し足早に、田園地帯を進んでいく。


「あれ?」


 前方にぼんやりとした明かりが灯っている。

 なんだ?


 明かりを目指して歩いていくと、それはランタンの明かりだということが分かった。


「視察ご苦労様です」


 ランタンの揺らめく淡い光に照らされて、シスター・ベルティーナが聖女のような微笑みを浮かべて俺たちを迎えてくれた。

 暗くて分からなかったが、そこは教会の前だった。

 ……夜の教会、こんな暗いの?

 ガキどもが倒れた時は看病のために明かりをつけていたんだな。まぁ、貧乏教会だから節約しているのも納得か。


「道が暗くなりましたので、私たちが陽だまり亭までお送りさせていただきます」

「私たち?」

「わたしたちだよ!」


 と、ベルティーナの足元からわらわらと子供たちが出てきた。

 教会の子供たちと、最近教会に世話になることになったロレッタの弟妹たちだ。

 視察団は、あっという間に二十にも及ぶ数の子供たちに取り囲まれた。


「危ないからねー」

「足元気を付けてねー」

「明かりあるよー」


 子供たちの何人かがランタンを持っている。それで、俺たちを取り囲むようにして足元を照らしてくれるようだ。

 なんだよ。スゲェ気が利くじゃねぇか。

 見ろよ、イメルダが嬉しそうに子供たちを眺めている。効果絶大だろ、この演出。

 それにギルド長のハビエルも、ランタンを持つ幼女たちを愛おしげな眼差しで見つめて……


「ワシ……支部が出来たらここに住もうかな」


 住むな! お前は速やかに帰れ!

 だからよぉ、支部にトップが来ようとしてんじゃねぇよ!

 四十区の職人はバカばっかりなのか?


 ……………………あぁ…………ウーマロもつるぺた派だ…………


 なんだか嫌な共通点に気付いてしまった俺は、子供たちに守られるようにして陽だまり亭への道のりをとぼとぼと歩いていった。


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