「では、わたしたちも戻りましょう」
「……次は店長とヤシロの番」
「あぁ、そうだな…………めんどくせぇ」
いろいろと後が怖いから、優勝しなければいけないのだが……俺は単純に運動が好きじゃない。
走って汗を流すとか、ちょっとよく分からない。
出来たら競技には参加せずに、俺は応援席で指示だけ出していたいんだがなぁ。
「……ヤシロは、白組の先鋒」
「え、一番なのか?」
「……後ろの方は、走るのが得意な人間が集まりやすい」
「確かに」
自信のあるヤツが後ろの方にエントリーしている可能性は高い。
第一レースは様子見。そんな振り分けをしているはずだ。
なら、ここで出る方が勝率は上がるか。
「なら、派手に決めてくるぜ」
徒競走のラストは、オーバー15。大人部門だ。
「ゼルマル来い、ゼルマル来い、ゼルマル来い、ゼルマル来てゴール前でポックリいけ!」
「勝手なことを抜かすな、陽だまりの穀潰しがぁ!」
ゼルマルが応戦席からデカい声を寄越してくる。
……ちっ、あいつは参加しないのか。
サクサクと進行するために、各競技の間にはさほど時間を用意していない。
すぐさまオーバー15徒競走の第一レースが始まる。
「ヤシロさん。頑張ってくださいね」
「おう! 飛び跳ねて応援してくれ!」
「それしたらお兄ちゃん見るのに忙しくて走らなくなるです! 店長さんはなるべく動かず応援するです」
応援席から選手待機列にやって来たロレッタが余計なことを言う。
黙っていればジネットは気が付かなかったに違いないのに……!
仕方なく、俺はスタートラインに立つ。
何か効果があるのかは分からないが、一応足の筋を伸ばしておく。
「ふふん。まさか、こんなに早く君を負かす機会が訪れるとはね」
俺の前にエステラがやって来る。
え……お前、第一レースなの?
「君なら、様子見をしがちな第一レースにエントリーするだろうと思って、あえてここにエントリーしたんだよ。読み通りだったようだね」
「エントリーさせたのはマグダだけどな」
そうか、エステラか……
うん。これで一位はなくなったな。
「けど、お前が相手でよかったよ」
「ほぅ。それは、ボクに勝てるという思い上がりによる発言かな?」
「いや。お前は揺れないから前から見なくても大丈夫だし」
「アキレス腱を斬るよ!?」
お前、これから走ろうとしてる人間になんつうことを……
「なんだ。やっぱりヤシロは第一レースか」
「読みは当たったようさね」
「えっ!?」
振り返ると、デリアとノーマがいた。
ブルマな上にぶるんぶるんで!
「ブルマとぶるんぶるん!」
「なに言ってんだ、ヤシロ?」
「……ただの発作さね」
なんてこった!?
ノーマとデリアのレースは特等席でじっくり観戦しようと思っていたのに!
「お腹痛い! 棄権する!」
「いいから位置につきたまえ!」
「いやだ! 離せエステラ! 絶対俺が最下位じゃん!」
「ヤシロ、負けるのが悔しいんだな? けど、あたいは容赦しないぞ!」
「いや……後ろからじゃ見えないからダダこねてるんさよ……」
くそぅ! くそぅ!
こんな不幸があってたまるか!
絶対、俺以外の男連中はデリアとノーマのぶるんぶるんに釘付けになるじゃん!
俺だけ堪能できないなんて不公平だ!
「前を走るブルマでも堪能するんだね。君が、ボクたちの速度についてこられるならね」
こいつらの速度について行くなんて不可能だ。
スタートと同時に豆粒くらいの小ささになるに決まってる!
……こうなったら。
「……ハミパンしたら網膜に焼きつけて、一生忘れないから……俺、一生忘れないからなっ!」
「なんの脅しだい、それは!?」
「バ、バカ、ヤシロ……そんなの、見るなよなぁ……!」
「く……ヤシロが後ろにいるのが、不安で仕方ないさね……」
全員が俺の方を向き、後ろ手にお尻を隠す。
だからそれを後ろから見たかったっつうの!
くそぅ……本当なら、隣のレーンなんかじゃなくて特等席で…………特等席?
特等席って、どこだ?
そんなもん決まってる。真正面だ。
ってことは………………そうか!
「……絶対に一番になってやる」
そうだ。
俺は一番になるんだ――
「お前ら! 全力で勝負しろ!」
「おぉ! もちろんだぜ! あたいの全速力を見せてやる!」
「なんだか知らないけれど、やる気になったようさね」
「ヤシロ……ふふ。柄にもなく真剣な目をしちゃって」
そうして、運営スタッフであるエステラ邸の給仕に促されて俺たちは位置につく。
目の前には、長く延びるコース。
斜め前にはクラウチングスタートの体勢のノーマ……のお尻。
「おぉう……」
「集中するんさよ!」
デリアは俺の後方。
エステラは遥か前方。
よし、集中するか。
これから始まる長い戦いへの期待感を胸に、俺はその時を待つ。
とくん、とくん……と、自分の心臓の音が聞こえる。
微かな興奮状態。
心地よい緊張感。
そして、いよいよその時が訪れる――
「位置について、よぉ~い……」
――ッカーン!
鐘の音と共に、選手が一斉に走り出す!
……俺以外は!
「えぇぇえええ!?」
「ちょっ、ヤシロさん! 何してるんッスか!? 走ってッス!」
自軍の選手が騒ぐが、俺はそれらを一切合切無視する。
そして、じっと、じぃぃ~っと見つめる。
全力で駆ける美女たちの……弾むおっぱいをっ!
「ナイスバウンドッ☆」
「お兄ちゃん! 走ってです! 負けちゃうですよ!?」
バカだなぁロレッタ。
どっちにしてもあの三人に勝てるはずないだろう。
つか、本気で速いな。
あいつら、800メートルを50メートル走かって速度で駆け抜けていく。いや、それよりも速いな。
あっという間に二つ目の直線を走り切る。
ここで少しエステラが離されてきたが、ノーマに続いてデリアが最後のカーブを曲がりきる。
そして、そこからが最後の直線!
そう!
ここで振り返れば、俺の真正面から二人の巨乳美女がラストスパートをかけてこちらに向かって走ってくるのだ! 全力で! 盛大に揺らして!
「特等席、ゲットだぜっ!」
これほどの特等席があるだろうか!? いやない!
デリアとノーマは互いに勝ちを譲るまいと必死に走っている。なんて無防備なバウンド! 素晴らしい!
そして、スタミナの差なのか、根性か、デリアが最後の5メートルでノーマを抜き去り一位でゴールラインを越えた。
「よっしゃぁあああああ! あたいが一番だぁぁあ!」
「くっ! ぬかったさね!」
「じゃ! 行ってくる!」
「「ヤシロっ!?」」
なんか、物凄く驚いている二人に見送られ、俺は長い長い800メートルを走り始めた。
俺は棄権なんかしていない。ほんのちょっと、盛大に出トチっただけだ。
スタートのタイミングって難しいよねぇ。
徒競走は最下位でもポイントが入る。
そのポイントはしっかりともらっておく。
でも、どんなに頑張っても絶対に勝てないメンバーだったので、ちょこっと幸せな時間を会場のメンズどもと共有していたのだ。
俺が最初のカーブに差しかかるかどうかというところでエステラがゴールしたらしく、俺の最下位が確定した。
けれど気にしない。
俺は今、幸せを胸いっぱいに詰め込んで走っているのだ。
ほら、足取りも軽やかだろ?
というわけで、普通の、平均的な高校生男子レベルのタイムで800メートルを走り切り、会場中の視線を一身に集めて、俺は悠々とゴールラインを越えた。
うん。残念な結果だったけれど最後まで諦めずに頑張った。
一所懸命流した汗って、素敵だよね☆
「「ヤシロさん……」」
ゴールラインで、ジネットとベルティーナが俺を出迎えてくれた。
最下位になりながらも健闘した俺を褒めてくれるのかと思ったのだが……
「「懺悔してください」」
「ちょっ!? 待て待て! ちゃんと走ったじゃねぇか! 一切手を抜かずに! ほら見て、汗! この綺麗な青春の汗!」
俺の脳と心は今、先ほどの荒ぶるおっぱいに埋め尽くされている。
それも、なんだか思春期の頃のようで、広い意味で言えば青春だ。
「青春の汗はかけがえのない美しい結晶だろ!?」
どんなに訴えても、俺の両腕をがっしりと拘束したジネットとベルティーナの耳には届かない。心には響かない。
なぜだ!?
俺は宣言通り、「派手に決めた」だろ!? 最後みんな俺に注目してたし!
それに「一番」にもなったろ!? 会場内の誰よりもいい席であの爆揺れを堪能して「一番」幸せを噛みしめていたじゃないか!
嘘だと思うなら『精霊の審判』をかけてみるといい! 精霊神だって俺の言い分を認めてくれるはずだ!
俺は、あの瞬間紛れもなく『一番』であったと!
――と、そんな俺の主張はまるっと黙殺され、ウーマロがグラウンドのすみっこに作ったのだという教会の出張所にて懺悔させられることになったのであった。
なんでこんなもん作ってんだよ……俺が何か仕出かすと思った? あぁ、予想通りだね! けっ!
俺の懺悔に付き合っていたジネットは参加レースに間に合わず、ラストレースにエントリーすることになり、張り切るメドラやナタリア・ギルベルタの給仕長コンビと一緒に走ることになって、安定の最下位を獲得していた。
けれど、違う視点で見ればジネット、お前が一番だったぜ!
まぁ、後半600メートルほどは徒歩だったけども。
温かい声援で迎えられてたなぁ……俺の時とは違って。……けっ。
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