「もう二度とやらないさよ、あんな役!」
もう何度目になるのか、ノーマが溜まった鬱憤を吐き出すように叫ぶ。
半ば発作のようになりつつある。
「ノリノリに見えたけどなぁ」
「全然さね! 嫌々だったさよ!」
ここは陽だまり亭。
あの大捕り物から一晩明けた午後だ。
俺が入れ知恵して、四十二区全土にわたって行われた『ようこそ、詐欺りやすい四十二区へ~しかしそれはアリジゴクの入り口だった~』は、無事成功を収めた。
大通りとかで急にお芝居が始まるヤツあるだろ? あれみたいな感じだ。
詐欺師の風体が分からないから、観光客が通ったらさり気なく決められた会話をするようにと言っておいたのだが……アッスントが早々に詐欺師を見破ってしまい拍子抜けだった。
アッスントの供述と、パウラに伝えておいた『これを言うヤツ詐欺師かもワード』に引っかかったという時点でクロだと断定し、すぐさまベッコに似顔絵を描かせた。
大通りから、こっそりと三人の顔を見せてな。
あとは、そっくり過ぎる似顔絵を手に、「こいつらが来たらセリフよろしく!」と言って回り、俺とレジーナは死体メイクを施され、真っ赤なドロドロの液体の上に横たわったってわけだ。
ちなみに、あの血のりはレジーナが用意した。すげぇクオリティが高くて……何かよからぬことに使おうと日々研究してたんじゃないかと邪推してしまうほどだった。
「ヤシロさんの変装、怖かったです」
ジネットが少し青い顔で言う。
こいつの祖父さんのこともあるし、……ちょっと悪いことをしたかもな。
「あくまで、偽物だからな?」
「はい。それはちゃんと分かっています。……あ、そういうお気遣いは大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます」
言ってないのに感付いて礼を寄越してきた。
……そういう感じだから気にするんだっつの。
「でも、傷跡とか、痛そうでしたね」
「特殊メイクっつってな。俺の故郷ではあぁいうメイクを研究してるヤツらがいるんだ」
「何に活用されるんでしょうか?」
「主に演劇だな」
「お芝居に、ですか……なるほど」
あんまりリアルでグロテスクな特殊メイクが登場するようなお芝居は、ジネット向きじゃないだろうな。
「変装っていやぁ、レジーナもすごかったよな」
デリアが初参加ながらに好演を見せたレジーナに称賛を送る。
「ウチは服、逆さに着とっただけやで」
「けどさ、おっぱい無かったよな? 寝てる時」
「あぁ、そうかぁ。弾力抜群ロケットおっぱいのクマ耳はんは知らんのかもしれへんなぁ。おっぱいって普通な、仰向けで寝たら……散るんやで?」
「マジで!?」
「お兄ちゃん、食いつき過ぎです! デリアさんとレジーナさんの話にガッツリ割り込み過ぎです! で、普通散るですから!」
「ジネット散ってなかったぞ!」
「店長さんのは、元が大き過ぎるから散っても散ってないって思えるくらい残ってるだけです!」
「そんなことないですよ!? ……って、ヤシロさん、いつ見たんですか!?」
やばい……ジネットかエステラを基準に考えると、世の中の平均的おっぱい事情に疎くなってしまう可能性がある。
もっと多くのおっぱいと触れ合わなければ!
「触れ合いたい!」
「懺悔してください!」
「本能の赴くままやなぁ」
「お兄ちゃん、残念です」
「……ヤシロだから仕方ない」
言われ放題だ。
そんな中。
「ノーマのは散りそうだな」
「大きなお世話さね!?」
デリアとノーマは普段通りだ。
「柔らかいって褒めたのにさぁ……」
「褒められてないさね!」
「けど、ヤシロが前に『柔らかいのはいい!』って言ってたぞ?」
「う…………け、けど、……褒めてない、さね」
「っていうか、俺のモノマネのクオリティがエグイくらいに低過ぎたんだが……?」
「デリアさんのモノマネの中ではマシな方ですよ、お兄ちゃん」
「……デリアの限界」
デリアは、なんでまったく似てもいないモノマネをこれでもかと盛り込んでくるんだろう。
ちょっと羨ましいよ、そのダイアモンドのメンタル。
「やぁ、みんな。もろもろ片付いたよ~」
少々くたびれた顔で、エステラが店へとやって来る。
「よう、エステラ。散るらしいぞ」
「なんで入ってきて早々仰向け寝の話を振られなきゃいけないんだい?」
「なんで今ので分かったです、エステラさん!?」
「……エステラは、おっぱいに関してのみ、ヤシロと同レベル」
「おぉっ、エステラ……すげぇ」
「デリア。すごく嬉しくないからそんな羨望の眼差しで見ないで」
結局、四十二区が科したあの詐欺師連中への罰は、非常に軽いものとなった。
少々の罰金と、半年間四十二区への接近禁止。
そして当然、騙し取った金の全額返済と心からの謝罪。以上だ。
……やっぱり甘過ぎるな、エステラは。
「妖怪・凡例通り」
「妖怪・常識の範囲内です」
「……妖怪・当たり障りなし」
「なんでもかんでも妖怪を付けないように。領主としては間違ったことしてないから」
もっとも、その後二十九区で重い罰を受けることが確定しているのだが。
「ミスター・エーリンはあの連中に騙されたみたいでね。そっちの罰が重いようだよ」
「ゲラーシーさん、どんな詐欺に遭われたのでしょうか?」
「ふふ……聞きたいかい?」
エステラが嬉しそうな、若干小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「情報紙丸々一枚を使って、『外周区との交易を改革した稀代の名領主ゲラーシー・エーリン特集』を書きたいって持ちかけられて、館の中とか宝物庫とかいろいろ案内しているうちにいろいろ盗まれたんだって」
「あぁ、そりゃ恥ずかしいな」
「しかも、タイミングがいいのか悪いのか、リカルドとメドラさんが二十九区に来ていたみたいでね」
「交易改革の象徴として、狩猟ギルドと四十一区領主を利用しようとして……そいつらの前で恥をかかされた、と?」
「そうみたい。実行犯は捕まった目つきの悪い男と、今回兵士に扮していた二人。あのリーダー格の男は陰で指示を出していたようだったよ」
あいつは本当に臆病で、保身を第一に考えてやがったんだな。
そういうヤツほど、いざ渦中に引きずり込まれると脆かったりするものだけどな。
「けどまぁ、総じてゲラーシーが悪いな」
「ヤシロさん。そんなことを言っては可哀想ですよ……」
「だって、自業自得だろう? どうせこの上もないようなドヤ顔で自分の功績を語りまくってたんだろうからな」
「目立とうとして騙されたですか、あの領主さん。可哀想なくらいカッコ悪いです」
「……だとするなら、期待値が高かった反動で、すごくへこむ」
「やっぱり、ちょっとお気の毒ですよね」
「そうか? そんな人気もないのに人気あるって勘違いしたのが悪いんだろ?」
「デリア、そんな身も蓋もないこと言うもんじゃないさね」
情報紙って、意外と出たいってヤツが多いんだな。
そのうち、読者モデルとか出始めたりして。
あぁ、そうそう。読者モデルじゃないが……
「前回の情報紙は発売停止になったみたいだな」
「そうだね。今回みたいな事件があったからね」
今回カンタルチカが狙われたのは、実は情報紙が原因だったのだ。
『BU』で影響力の高い情報紙。
そこが初めて『BU』以外の物を特集した。
当然『BU』での注目度は凄まじく高くなった。
「ニューロードが出来て、外周区に興味を持ち始めたヤツらもいたみたいだし、話題性と話題性が合わさってちょっとしたフィーバーが起こっちまったんだろうな」
「話題の中心であるカンタルチカなら、お金をたくさん持っているだろう……っていうのが、あの詐欺師連中がカンタルチカを狙った動機なんだってさ」
「そうだったんですか……パウラさん、本当にご苦労をされましたね。けど、お金が無事に戻ってきて何よりでしたね」
ほっと胸を撫で下ろすジネット。
撫で下ろすの大変そうだけど。反発力すごそうだし。
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