「これはまた……すごい組み合わせだな」
思わず息を呑んでしまう面々がそこに並んでいた。
揃うとやっぱり迫力があるな。
青組ナタリア、白組デボラ、赤組ギルベルタ。給仕長がずらりと並んでいる。
……のだが。黄組よ、なぜウクリネスなんだ?
「なぁ、ノーマ」
「う、うるさいさね……黄組にはあの給仕長らに対抗できるような人材がいなかったんさよ」
それで、ウクリネスが自分で名乗り出たんだそうだ。
まぁ、誰が出ても苦戦は免れないしな。
ノーマはこの後、最終レースへの出場が確約されているし、メドラはオッサンどもと走ったし。パウラでも給仕長相手では厳しいだろう。
なら、負けて当然の人材を放り込むのが一番傷が浅くて済む。
放り込まれた選手はたまったもんじゃないが、立候補であるなら問題はないだろう。
ウクリネス、肝っ玉は据わってるからな。
というか、こうやって見るとギルベルタ小っちぇな。まぁ、おっぱいは存在感たっぷりなんだけれども!
低身長に大バスト。行くところに行けばご本尊扱いされる貴重な存在だ。
よし、ギルベルタを応援しよう!
「頑張れよ~ギルベルタ~」
「コメツキ様、なぜ自軍の私ではなく敵軍の応援を!?」
「デボラさん。これが『乳贔屓』というものです……大きさ以上の価値を見落とすなんて……ヤシロ様はまだまだです」
ビシィ! と、ナタリアがポーズを決めている。美しいS字を描く女性の武器をフル活用したポーズだ。
確かに、バランスやスタイルで言えばナタリアはパーフェクトに近い。
しかし、ギャップってもんが大好きなんだよ、男ってヤツぁ!
大きいことはいいことだ! 大きく見えるならそれに越したことはない!
ご飯だって大盛りにしちゃうしね! 特盛りも好きだよ!
「うふふ。若い娘たちの中に混ざるのは楽しいですねぇ。賑やかで、華やかで、私も若返ってみなさんと同じ年齢になれそうです」
あははっ。ウクリネス、ナイスジョーク。
もし同じ年齢だと言い張るなら、その長ズボンを脱いでみるがいい!
いや、本当に脱がなくてもいいけどね!
そんな、給仕長Withウクリネスのレースが、鐘の音とともに開始される。
飛び出したのはギルベルタだった。
頭が地面に触れそうなほど低い姿勢でロケットスタートを切ったギルベルタ。
だが、ナタリアとデボラも初動の遅れをわずかな距離の間に取り返す。
なぜだろう……
ナタリアは全然急いでいるようには見えないのにめっちゃ速い。
お上品に佇んでいるような表情と姿勢のまま、凄まじい速度で移動していく。まるで動く歩道に乗っているかのようなちぐはぐ感、違和感が半端ない。
デボラやギルベルタは、どことなくこう、「頑張ってる」感が表情に出てるのに、ナタリアはずっと「素」だ。
「あらあら、みなさん速いのねぇ~。待って~」
給仕長たちから遙かに遅れて、えっちらおっちら走るウクリネス。
こりゃあ、ウクリネスには気の毒な結果になるだろうな…………と、思ったのだが。
「…………」
「…………」
「…………」
給仕長たちが突然ぴたりと止まって動かなくなった。
ゆっくり近付くウクリネスを三人が無言で見つめている。
そして、ウクリネスがパンのそばまで到達すると同時に、給仕長たちが動き始めた。
ナタリアとデボラがウクリネスの両サイドに。
そしてギルベルタがウクリネスの目の前1メートルほどの場所に。
「あら? なんですか?」
「構わず、そのまま」
「走っていてください」
ナタリアとデボラに言われるまま、ウクリネスは自分のペースで足を動かす。
その途中で、ナタリアとデボラが同時にウクリネスの腕を取り、ギルベルタがヒザをついて両手で足場を作る。
「え? あら?」
クエスチョンマークを飛び散らせながら、ウクリネスが給仕長たちに誘われるがままに――空を飛んだ。
ナタリアとデボラがその体を支え、ギルベルタが踏み台となってウクリネスを空へと誘う。
その軌道は緩やかで、計ったかのようにパンと口の高さが合致する高度だった。
ウクリネスは、最高のお膳立てに身を任せて一発でアンパンをキャッチした。
いつの間に前方に回り込んだのか、ギルベルタがウクリネスの着地点で待ち受けており、そこそこ体重がありそうなふっくらとしたオバサンをゆりかごのごとき優しい動作で受け止めた。
おそらく、ウクリネスはわずかな衝撃も感じてはいないだろう。
「あらあら。取れちゃいましたね、パン。まぁ~、美味しいんですねぇ、新しいパンは」
着地したウクリネスがしばしの空中旅行と新しいパンの味に顔を紅潮させている。にっこにこだ。
「……はっ!? ついサポートを!」
「私もです!?」
「思う、私は、これは職業病と……」
あいつら、日頃のクセでサポートに回りやがったのか。
いつも自分は目立たず誰かを引き立たせることに心血を注いでるような連中だもんな……にしてもよぉ。ウクリネスは別にお前らの主でも、まして貴族でもないだろうに……ホント、誰彼構わずサポートしちまうなら職業病かもな。
「しかし、さすが思う、私は。ナタリアさん……いや、『四十二区領主付き給仕長ナタリア・オーウェン』を」
「まったくです」
ギルベルタとデボラがナタリアを見て額に汗を浮かべている。
「誘導された、給仕としての血を、彼女に」
「真っ先に動きましたからね。それも、ごく自然に」
「無言のうちに出されていた、指示を、私は」
「ご婦人を持ち上げた際、私は7ミリほど重心を傾けてしまったのですが、それを補ってベストの軌道に回帰させた手腕は見事と言うほかありません」
「そう驚くようなことではありません。ウクリネスさんの呼吸を、私が覚えていただけです。お二人も、なかなかの働きでしたよ」
なんか別次元の話してる!?
なに、無言で指示出されたとか、7ミリ重心を傾けたとか、呼吸を覚えていたとか!?
お前ら本当に人間!?
「ナタリア・オーウェンの勝ち思う、この勝負は」
「異論はありません」
「では、僭越ながらその名誉をお受け致しましょう」
「レースして、ナタリア!?」
外野からエステラの声が飛んでくる。
給仕たちの中では納得がいっているのかもしれんが、このレースの勝者はウクリネスなんだよ。異論を挟む余地なくな。
「では、レースに戻りましょう」
「望むところ思う」
「ここからが本番です!」
給仕たちが残った三つのパンに向かう。
ギルベルタが真っ先にジャンプ!
パン――が、どうなったのかは見てる暇がないので分からんが、Eカップは重力と慣性の法則に弄ばれて「ぅゎあああっしょ~い!」と揺れていた。
思わず視線が吸い寄せられる。
もしかしたら、おっぱいにも引力ってあるんじゃないだろうか? ねぇ、どう思う『乳(にゅう)とん』先生!
そしてデボラ!
こいつは気持ちが先行し過ぎるタイプのようだ。
手を使ってはいけないと言っているのに、口よりも先に手が出てしまう。しかし、パンを手で触ってはいけないというルールは遵守されており、結果、無意味にバンザイをしながらジャンプしている。
なんとも無駄な動きなのだが……
「バンザイする度におへそがちらりして素敵っ!」
デボラの体操服、ちょっと丈が足りてないのかなぁ?
とってもいいよ!
腕を上げると体操服が持ち上がっておへそがチラリ。
とってもいいよ!
その上で力強く波打つDカップ!
せ~の――
とってもいいよ!
しまったな。
ノーマの目を盗んで金具とパンを強力な接着剤でくっつけておけばよかった。
このレース、もっと見ていたい。
そう思ったのも束の間。
なんでも出来ちゃうナタリア給仕長は、たった一回のジャンプでパンをキャッチしてしまった。
うゎあああ!
分かってない!
ナタリア、お前分かってないよ!
そのパン『ハズレ』ってことにして別のパンにチャレンジしてくれないかなぁ!?
「さすがに、あれだけの回数を特等席で見ていればこれくらいは出来ます」
くそ、ナタリアに手伝いを頼んだのが間違いだったのか……
他の二人も、あと二~三回でマスターしちゃうだろうし……しまったなぁ。
「では、お先に失礼します」
他二人の給仕長に断って、ナタリアがゴールを目指す。
スキップで。
「ナタリア、お前こそ最高の給仕長だっ!」
分かってる!
ナタリア、お前分かってるよ!
そう!
それだよ!
俺が、いや、男子が、いやいや、世界が持ち望んでいたのは!
るったるったぷるるんとゴールするナタリア。
どういう意味合いなのかは分からんが、応援席から拍手が巻き起こった。
俺も贈ろう。惜しみないスタンディングオベーションを!
ブラボー!
ぶるぁあぁぁああぶぉぉおおう!
「さすが思う、ナタリア・オーウェン。きちんと把握している、この瞬間、何が求められているのかを」
「人生は日々勉強――参加できた幸運に感謝いたします、この区民運動会に」
ギルベルタとデボラがほぼ同時にパンをキャッチし、そしてナタリアを見習ってスキップでゴールした。
振り幅の違う弾むおっぱいが並んでゴールする様は、その場にいた者の脳裏に克明に刻み込まれたことだろう。
この中の誰かが歴史書を執筆したら、きっと今日という日が明記されるはずだ。4ページくらい使って、しっかりと、詳細に。
『いい乳揺らそう、区民運動会』とか、語呂合わせで年号を覚えるといいぞ、未来の学生たちよ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!