祭りの協賛を募る活動は、日中の営業時間を避け、朝夕に行われる。
限られた時間内に効率よく回らなければいけないので、回り方一つとっても頭を使う。
「午後はどこを回ろうか……」
「お兄ちゃん。この通りですよ、パウラさんが言っていた、『目撃情報があった地区』は!」
席に着き、地図を眺める俺の背後からロレッタが覗き込んでとある地区を指さす。
おいおい。その付近には店はおろか職人の住まいもないだろう? っていうか、民家すらないそうじゃないか。
そんなところに行っても得るものはないぞぉ~、まったくロレッタは、お茶目さんなんだから。はっはっはっは。
「飲食店以外も回るのかい?」
朝は別行動を取っていたエステラも合流して、現在の状況と今後の方針を擦り合わせる。
エステラの方も順調に協賛者を得ているようだ。了承が得られた箇所を青いインクで塗り潰していく。東西共に、青い部分が多くなった。
「祭りは人が集まるからな。イメルダやウーマロ伝いで四十区にもそれとなく話は広まっているようだし、集客は見込める。となれば、普段スポットを浴びない民芸品や職人の技なんかも売り出さなきゃ損だろう?」
「あ、あ! お兄ちゃん、ここを見るです、ここ! ここに呪術屋っていうのがあるですよ! 魔除けのお札とか買っていくですかね?」
「なるほど。確かに呪術屋の商品なんて、普段は見かけないもんね。そういうのを売り込むのかい?」
「あぁ。『こんな変なのも売ってるんだ』っていうのは、祭りの楽しみの一つでもあるんだ。俺もガキの頃、振ると『ペーッ!』って変な音が鳴る人形を買ってしまったことがある」
「何に使うのさ、そんなもの?」
「なんっっっっっっっっっっににも使えないぞ。ただただ『ペーッ!』って鳴るだけだ」
「いらないね、物凄く」
「だが、祭りではそういう変な物を買うのすら楽しい。思い出ってヤツだな」
「そんなもんなのかなぁ」
エステラが眉根を寄せて苦笑を漏らし、背骨を伸ばすように上半身を反らせる。
「お茶、どうぞ」
「あっ。ありがとう、ジネットちゃん」
いいタイミングでお茶を持ってきたジネットにエステラが向き直り礼を言う。
俺もちょうど喉が渇いていたところだ。
「その『ペーッ』人形を売るんですか?」
「売らねぇよ。つか、売れねぇよ」
「わたしは欲しいですよ、『ペーッ』人形」
そもそも、そんな名称の物は存在しないのだが……こいつならマジで買い集めそうだな…………つか、中庭の『アレ』、早くどうにかしたいんだけどな……
まぁ、そのための秘策はすでに用意してある。あとは、どうやって話を切り出し……どうやって納得させるか、だな…………
「お兄ちゃん! 人形なら、今話題沸騰中の、ボヤ~ッと光る女の『アレ』人形とかどうですか? 大ヒット間違いなしですよ!」
「『アレ』? ロレッタさん、『アレ』って、一体なんで……」
「そうだジネット! お前何か欲しいものはないか?」
「欲しいものですか?」
危なく地雷を踏みそうになっていたジネットを強制的にこちら側へ引き込む。
よく状況を見ろよジネット。お前が今しゃべりかけようとした女の顔……話したくてうずうずしてるだろ? そういう『話聞いて聞いてオーラ』を醸し出しているヤツはスルーするのが正しい対処法だ。
ほ~ら、話が逸れて頬をパンパンに膨らませてんじゃねぇか。
さすがハムスター人族。頬袋が大きいな。
「そうですねぇ……お花……があればいいなと、最近思うようになりました」
「花?」
「はい。お店の庭に綺麗なお花を植えて、来店されるお客様を気持ちよくお出迎えできないかと思いまして」
「ってことは、花壇だね。それなら、ここにレンガ職人が住んでるよ」
エステラが地図の一角を指さしながら言う。
…………おい、そこって……
「やや!? やややや!? お兄ちゃん、大変ですよ! レンガ職人さんのお住まいは『例のアレ』が目撃された付近です! これは何か運命的なものを感じるです!」
エステラめ……目隠しで地雷原を歩くような危険な真似をしやがって。
「ロレッタさん。この辺りで何かあったんで……」
「でもジネット。どうして急に花なんてことを思いついたんだ? 何かきっかけがあるんじゃないか?」
「え? あ、はい。実は先日イメルダさんが来店されまして」
危ない危ない。
ジネットは優しいから、全身にダイナマイトを括りつけて地雷原でオクラホマミキサを一人で踊り狂っているようなヤツ相手でも近付いていってしまうのだ。
俺が阻止してやらねば。
「ヤシロさんがいないことに少々落ち込んでらっしゃいましたよ」
「へぇ~、随分と気に入られているようだね。あのお嬢様に」
「俺に言うなよ」
エステラに冷たい視線を向けられるが、俺にとってはいわれのないことだ。
気に入ったのは向こうの勝手だし、そもそも気に入られているかどうかなんて分かりゃしないのだ。
「それで、代わりにわたしがお話させてもらったのですが」
な?
結局誰かに構ってほしいだけなんだよ、あいつは。
木こりギルドの木こりたちのような完全イエスマンじゃない誰かにな。
「イメルダさんは、その美貌から数多の男性に贈り物をされてきたとかで、花束なんて部屋が森になるほどいただいたそうなんです」
そりゃすげぇな。そのまま自然へ帰ればいいのに。
つか、女に花束贈る男ってどうかしてんじゃねぇのか?
あんな腹の足しにもならない、二、三日でダメになっちゃうようなヤツ。しかも高いし。
「これ、君のために」「まぁ、素敵」ってか? けっ! カァー……ッペ!
「それで、森になるのは少し困りますが、店先に綺麗なお花が咲いていれば、お客さんの目を楽しませてくれるのではないかと思いまして」
「店先にお花が咲いていて、『綺麗だな』って視線を向けると……視線の隅に不気味な人影が立っていて…………とかいう噂が立てば、もっと人が来るかもですね!」
イメルダの自慢話からよくそんなピュアな発想にたどり着いたものだ。
イメルダも、さぞ自慢のし甲斐がなかったことだろう。
ジネットには羨望はあっても妬みが皆無だからな。自慢したがりの人間にとっては面白くない話し相手に違いない。
あぁ、俺たちの視界の中にいちいち割り込んでくるハムスター娘は無視でOKだ。
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