「ウェンディ。帽子をとってみろ」
「……え?」
俺が言うと、ウェンディは一瞬キョトンとした表情を見せるが、すぐに「あ、そうですね。失礼しました」と、慌ててつばの広い大きな帽子を脱ぐ。
領主の前で帽子をつけたままというのが非礼になると思ったのだろう。
まぁ、それはそうかもしれないのだが……俺の目的はそこではない。
「……こ、これは」
ウェンディが帽子を脱ぐと、ぴよんと二本の触角が顔を出す。二つ揃って可愛らしく揺れる。
「……ダメだ」
ぼそりと呟き、ルシアは突然歩き出す。
これまでにないほど真剣な眼差しでウェンディに近付き、腕を掴む。
「こちらへ来い!」
「えっ!? あ、あの、ルシア様!?」
そして、強引にウェンディの腕を引き、館へ向かってズンズン前進していく。
引っ張られるウェンディは戸惑いながらセロンへと視線を向ける。
「助けて」とは言えないが、そうしてほしいと目が物語っている。
「ウェンディ!」
堪らず、セロンが後を追いかけるが……
「ギルベルタ!」
その一声で、セロンの前進は妨害される。
ギルベルタが、俺たちとルシアの間に割って入り、両腕を広げて通せんぼをする。
「これより、館への立ち入りを禁ずる!」
「はい」
距離を詰めるが、ギルベルタは絶妙の間合いを取り、こちらの動きを封じる。
微かに、闘気のようなものが放出されている気がする。……凄まじい迫力だ。
「了承した、ルシア様の命令を。立ち入り禁止、あなたたちは」
迂闊に近寄れば怪我をするか……
俺たちが足止めされている間に、ウェンディはルシアによって館の中へと連れ去られてしまった。
「え、英雄様っ! ウェンディが!?」
狼狽するセロン。
強行突破したいだろうが、ギルベルタ相手にはそれは不可能だろう。
仮に出来たとしても、領主に盾突くような真似は避けるべきだ…………ならっ!
「全員、伏せっ!」
俺の号令に、セロンやジネット、エステラとレジーナまでもが地面に伏せる。
花園で教えた犬の芸がここで生きるとは…………いや、教えてない教えてない。こいつらノリいいなぁ。
「よし、そのまま前進!」
「させない、私は! 立ち入り禁止、あなたたちは!」
「甘いぞギルベルタ! よく見ろ、誰ひとり立っていないだろうが!」
俺たちは全員、ほふく前進をしている。『立ち入り』ではない!
「……って、ヤシロ。こんな屁理屈がまかり通るわけ……」
「うむ。仕方ないな、それなら。止める理由がない、私には」
「まかり通っちゃうの!?」
ギルベルタの素直さに、エステラが目を丸くする。
いや、しかし。まさかこんな屁理屈が通るとは……俺も驚きだ。
「あ~ん、まってぇ! ギルベルタちゃ~ん! 私も連れてってぇ~!」
水槽の中で両腕を広げ、水をバシャバシャさせるマーシャ。
いやいや。さすがにギルベルタが手を貸すことはないだろうよ。
「『立って』はいない、マーシャ様も……了承した、私は」
「なんでもありか!?」
いや、俺が言うのもなんだけどもさ!
「問題ないと判断した、私は」
お前のその判断に問題があんだろうがよ……とは思うが、まぁ、入れてくれるならありがたい。
俺たちは全力で館へと『這い入った』。
服、ボロボロになってるかもな……
「もう入っちまったし、立っても問題ないよな?」
「無い思う、私は」
「んじゃ、ルシアのところまで案内してくれ!」
「了承した、私はっ!」
なんとなく、俺たちに合わせてテンションが上がっているように見えるギルベルタ。
もしかして、同調意識が強いヤツなのかもしれない。場の空気に流されやすいというか……これまで友達があんまりいなかったからちょっとはしゃいじゃってる、みたいな感じだったりして?
「なぁ、ギルベルタ。お前、友達っているのか?」
「……………………作る機会、なかった、私は」
あぁ……やっぱりいなかったんだ。
すげぇへこんでる。背中に「ずど~ん……」って文字を背負ってるみたいな沈みようだ。
「んじゃ、このミッションを成功させた暁には、俺たちは友達だ!」
「ホントか、あなたの言うことは!?」
物凄く食いついてきたっ!?
え、そんなに欲しかったの、友達!?
「あ、あぁ。本当だ。ちょいちょい遊びに来るし、お前も遊びに来い」
そうして、俺においしい情報を提供してくれ。
「分かった、私は! 必ずや成功させる、このミッションを!」
ギルベルタが燃えている。
冷淡だと思っていた表情に、熱くたぎる闘志が見て取れる。
こいつは、ただ単に笑顔の作り方を知らなかっただけなんだな。
なんか、いろいろ笑わせてやろっと。
「言っていた、母が。『何より大切にしなければいけない、友達は』と」
母親もそのしゃべり方なのか?
面倒くさい一族だな。
「何より大切、友達は……仕えるべき領主様よりも!」
「「いやいやいや」」
エステラとレジーナが堪らずツッコミを入れている。が、いいじゃねぇか、大切にしてくれるってんだから。大切にしてもらおうぜ。
「こっち、ルシア様の私室は!」
物凄く張り切ってるけど、いいのかな……こいつ、あとですげぇ怒られそう。
「ヤシロ……君は、ホントに周りの人間を巻き込んで……」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか協力者は多い方が……」
呆れたような視線を向けてくるエステラに、「いや、さすがに俺もここまで素直に言うこと聞いてくれるとは思わなくてさぁ」的な言い訳をしようとした時――
「きゃあっ!?」
――とウェンディの悲鳴が、ルシアの私室から聞こえてきた。
「ウェンディ!? 今行くよ!」
「ちょっ、セロン!? それはさすがに……っ」
「どけエステラ。緊急事態だ。やむを得ん!」
ウェンディの悲鳴に冷静さを失い先走りそうなセロン。
ルシアへの心象を気にして尻ごみするエステラ。
その中間をとって、俺が、冷静に、ルシアの私室へと突入する。
「失礼するぞ!」
一応断りを入れて、ルシアの私室のドアを開ける。
――と、そこには。
「触角っ! 触角ぅぅぅうっ! かわゆす! いとかわゆす!」
ウェンディの触角に頬擦りをしながらでれんでれんにふにゃけた表情をさらすルシアがいた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!