「……レジーナ、お待たせ」
「なんや、トラの娘はんが焼いてくれたんかいな?」
「……粉物はマグダの聖域。ただし、『弟妹には絶対言えない長女の恥ずかしい話』はロレッタが添える」
「添えないって言ったですよ!? 覆らないですよ、この決定は!」
「まぁまぁ、ロレッタ。ほら、一口あげるから落ち着くさよ」
「わっ、いいですか!? ノーマさん、その度量が女子力上げてるです、きっと!」
ちょろっとつられて、ロレッタが差し出された肉に「あ~ん」と食らいつく。
ニンニクがたっぷり乗ったビフテキを。
「ふ……これでロレッタも道連れさね」
「はぅっ!? 謀られたです!? あたし、午後も接客あるですのに!?」
単純である。
「ほら、ヤシロ。あんたも道連れさね。ロレッタ一人に恥ずかしい思いさせるのは気の毒さろぅ?」
「そ、そうです! お兄ちゃんも道連れになってです!」
ロレッタの援護を受けて、ノーマが勝ち誇ったような顔でフォークに刺さった肉を差し出してくる。
フォークの下に添えられた左手が妙に色っぽい。ノーマの「あ~ん」には、得も言われぬ色香が漂う。なんだろうなぁ、この妙な艶っぽさは。
酸いも甘いも噛み分けた大人の余裕のようなものが漂っている。……彼氏、いたこともないくせに。
「ほらほら。早くおしよ」
そんな言葉を色っぽい声で言う。
う~ん、エロい。
俺はニンニクの匂いなんか気にしない。ならば、これはデメリットなしのご褒美だ。あのフォークを持っているのが右手ではなく谷間だったら言うことなしだったのだが……まぁ贅沢は言うまい! いただこう!
と、口を開けて近付こうとしたところ。
「相手の口もニンニク臭ぅなっとったら、チューする時に気にならへんもんなぁ」
レジーナがそんなことを言って、差し出されていたビフテキが一瞬で姿を消した。ノーマの口の中に。
もっぐもっぐと力強く素早く咀嚼され、慌て気味に飲み込まれる。
「ばっ、バカなことお言いでないさよ!? だ、だだ、誰がそんなこと……!」
「策士やなぁ、キツネはん……」
「あんたは口じゃなくて、顔中からニンニクの香りがすればいいんさよ!」
真っ赤な顔で吠えて、レジーナの顔にニンニクの欠片をこすりつけようとするノーマ。ジネットが間に入って懸命に宥めている。
……俺の「あーん」、どこ行ったんだよ? 口開けて突っ立ってる俺の立場、ちょっとは考えろや。
「そ、それで。レジーナさんは何かお疲れのようでしたけれど、何かあったんですか?」
「せやねん! 忘れてたわ。…………ヘコむわぁ」
思い出して急にヘコみ出すレジーナ。
もはや演技だろ、それ。でなければ物凄い情緒不安定か…………情緒不安定なんだろうな、きっと。
「ウチ、はぁはぁ幼女はんの診察に教会まで行ってるやろ?」
「『知的幼女はん』じゃなかったのかよ」
変態部分の方を残すんじゃねぇよ。
「で、診察終わったらシスターはんがな……『子供たちに薬のことを教えてあげてくれませんか』って……あ、『ぼぃ~ん、子供たちに薬のことを教えてあげてくれませんか』って」
「なんで言い直したんですか!? シスターはそんなことを言ったりやったりしませんよ!?」
なんだろう。レジーナは、一回そーゆーのを挟まないと死んじゃう病かなんかなのか?
「それで……ウチが…………子供らぁの先生に…………うぅ……人前に立つとか……苦痛やったわぁ……」
一応引き受けたらしい。
人見知りを拗らせたレジーナは、人に注目されるのとかすごく苦手だろうに。
けれど、薬の知識が広まるのはいいことだし、レジーナもそうしたいと思っているはずだ。
だから無理してでも引き受けたんだろうな。
「せやから、『次は陽だまり亭のおっぱい魔神はんに頼んで』って言うといたで」
「なに勝手なこと言ってくれてんだよ!?」
「『ぷる~ん、次は陽だまり亭のおっぱい魔神はんに頼んで』」
「その『ぷる~ん』を俺の前でやらない限り、引き受けられねぇよ!」
「『ぷる~ん』したら引き受けるんさね……」
「お兄ちゃん、残念です……」
「……ヤシロだから仕方ない」
「もぅ……懺悔してください」
おうおう、言われ放題だな。
悪いのは絶対レジーナなのに。
「でも、これまで知らなかったことを教えてもらえるのは、嬉しいですよね」
「お前は新しい料理を覚えるの、大好きだもんな」
「うふふ。そうですね」
と、短く呟いて、ほんの少し照れくさそうにこんなことを言う。
「わたしも習ってみたいなぁと、思ったりするんですよ」
ともすれば、おねだりにも聞こえそうな声音で。
習ってみたいって……
「お前に料理を教えられるヤツはそうそういないだろう」
「お料理ではなくて……もぅ、ヤシロさん。わたしだって、お料理以外に興味を持ったりするんですよ」
マジで!?
お前は料理と可愛い物にしか興味がない生き物だと思っていたぞ。
「ミリィさんのドライフラワーも楽しかったですし」
そういえば、以前ミリィにドライフラワーの作り方を教わったっけなぁ。ポプリと一緒に。
あれ以降、陽だまり亭のトイレにはいつもポプリが飾られている。
「出来ることならウクリネスさんにお裁縫を習いたいですし、ナタリアさんの護身術にも、少しだけ、興味があります」
ジネットの裁縫スキルは十分プロとして通用するレベルだと思うんだが……あ、護身術はやめとけ。絶対出来ないから。
どうせ、「護身術を使うと相手の方が痛がるかもしれませんし」とか言ってまともに使えないんだから。
「それから…………オシャレにも、興味があります、よ……それなりには」
と、俯き加減で俺を見つめながら言うジネット。
……なんで俺にそんな報告をする。別に興味がないとは思ってねぇ……つか、あんま見んな。どう反応していいのか分かんねぇから。
「けど、店長さんがメイクすると危険さねぇ」
「ですね。メイクをした店長さんはちょっとビックリするくらい綺麗ですし」
「……普段とのギャップが、萌えるっ」
「そんな、大袈裟ですよ。わたしなんて……ねぇ、ヤシロさん?」
「そんなことないですよね」という同意を俺に求めてくるが……ジネットのメイクにはいつもドキッとさせられる。
街道を作る際に教会を巻き込んで行った『光の祭り』の時とか、木こりギルド四十二区支部の完成パーティーの時とか…………うむ、確かに危険だな。
「不埒な輩が不届きなことをしでかさないように、護身術を習った方がいいかもしれないな」
「なんやのん、自分。そんなに痛い目ぇに遭いたいんかいな? 相変わらずのドMやなぁ」
なんで俺が技をかけられる前提なんだよ。
あと、ドMの前に「相変わらず」とか付けんな。
「では、私が護身術の手ほどきを致しましょう」
急に背後からナタリアの声がして心臓が「きゅっ!」ってなった。
……レジーナといいお前といい、気配を消して入店するんじゃねぇよ。
「ご興味がありますか、店長さん?」
「はい。わたしに出来るか、自信はありませんけれど」
何かの用事があってここに来たのだろうが、そんなものは無視をしてジネットに護身術の手ほどきを始めるナタリア。他の客もいるんだから暴れんなよ。
いや、まぁ。他の客つってもトルベック工務店の連中とか木こりのオッサンどもだから気にしなくてもいいんだけど。
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