「言ったろう。牢屋には近付くなって」
「…………申し訳、ございません、でした。領主様」
ヤップロックのアゴが震えている。
珍しく熱くなってたからな。あの震えは恐怖によるものだけじゃない。
自身の中から湧き上がってきた昂ぶる感情が先走ってしまった後遺症みたいなもんだ。あいつ、きっとこの後すごくヘコむんだろうな……
「エステラ」
「うん……一応フォローはしておく。給仕に言ってヤップロックを送らせるよ。あと、ウエラーにも、ヤップロックをよろしくと伝えておく」
へたり込むオコジョを見下ろして、俺たちは密談を交わす。
ヤップロックの震えが止まったら、早々に引き上げさせよう。ヤップロックは、しばらくここには来ない方がいい。
過去の自分と重なってしまって、なんとかしたいって思いが先走ってしまったんだ。
まったく。
「ヤップロック」
しゃがんで、ヤップロックのなで肩過ぎる肩に手を乗せる。
「慣れねぇことすんじゃねぇよ。ガラでもねぇ」
でもま、ドンマイだ、ドンマイ。
「…………ぁはは。英雄様のように、うまくはいかないものですね……」
「当たり前だろ。え、なに? お前、俺に並んだつもりでいたのか?」
「め、滅相もないです! 私など、まだまだ若輩者で……」
いやいや。お前の方が年上だから。
「でもまぁ、いい情報は手に入ったぞ」
「え……今のやりとりで、ですか?」
あぁ、そうだ。
あのサル女があそこまでムキになったのは、それが図星だからだ。
人が切れる時は、侮辱された時か図星を突かれた時と相場が決まっているんだよ。
「あいつを、助けたいか?」
「……へ?」
「お前の畑をメチャクチャにした賊だぞ? 下手したら……その畑にトットやシェリルがいたら、どうなっていたか分からない」
被害が出なかったのは運がよかったとしか言いようがない。
「そんな相手でも、お前は助けたいと思うのか?」
「…………」
たっぷりと考えて、そしてヤップロックは口を開く。
揺るがない決意と共に。
「思います。彼女には、そうせざるを得なかった何か……そんなものを感じるんです。かつて、英雄様にお会いする以前の自分と、近しい何かを」
きっと事情があるのだろう。だから、自分の家を襲った賊を助けたい。……ってか?
はは。バカだろう、お前。
「……甘い、ですかね」
「あぁ、お前は甘い。そしてエステラは薄い」
「ヤシロ。ボク、真後ろに立っているからね?」
甘い被害者と、甘々の領主がここにいて、いかにも訳ありです誰か助けてください、おーへるぷみー的な女がいて…………これまたタイミングを見計らったかのように俺にある程度の時間があるような状況が合致して…………そろそろお前に直接報酬を要求したいぞ、精霊神。
……っとにもう。
「それじゃ、あの強情女の閉ざされた口を開かせるとするか」
小声で呟いた俺の言葉に、エステラとヤップロックが反応を示す。
「……出来るのかい?」
「今日ってわけにはいかねぇけど……まぁ、一週間くらい時間をくれたらな」
「一週間…………そうだね。状況を見つつということにはなるだろうけど」
「あぁ。それでいい」
一週間ってのは余裕を持たせた期限だ。
おそらく、もう少し早くケリが付く。
そのための布石もちゃ~んと打っておくからな。
というわけで、サル女に聞こえないようにしていたひそひそ話はここまでにして、よく通る声で言ってやる。
その前に、エステラに合図を送る。
親指で牢屋を指し、観察しておけと。
「無茶すんなよ、ヤップロック。お前の身に何かあったらどうするんだよ。お前、家族がいるんだろ?」
「え…………えぇ、まぁ。そう、ですね」
「ヤンチャ盛りの男の子と、まだ幼い女の子、そして、二人のよき母でもある綺麗な嫁さんがいるんだろ?」
そこまで言って、エステラに視線を向ける。
変化はあったか? ――と。
するとエステラは牢屋の方をさりげなく見つめたまま指を二本立てて見せた。
二番……幼い女の子、か。
「『妹』の名前、なんだっけな?」
「え、あの、シェリル、と申します」
「そうそうシェリルな。『今年で五歳』だっけ?」
「六歳になります」
「へぇ、もうそんなに大きくなったか。『あっという間に大きくなるよなぁ』」
「おかげさまで」
「だったら、今が一番可愛い盛りだな。『成長を見守るのが楽しくて仕方ない』だろう?」
「えぇ、それはもう」
ちらりとエステラの顔を窺い見ると、口角が微かに持ち上がっていた。
上々な成果が得られたらしい。
じゃ、布石の仕上げだ。
「だからよ、もう危険なことすんじゃねぇぞ。『お前がいなくなったら、誰が幼い娘を守るんだ?』『飯だってろくに食わせてやれなくなるぞ』それに、『お前がいなくなったら悲しむに決まってるだろう』『お前は一人で大丈夫かもしれないけど、幼い女の子一人で生きていけるほど世の中は甘くないんだからな』!」
「は、はぁ……それはもう重々承知し……」
しゃべろうとしたヤップロックの口を塞ぐ。
返事はしなくていい。
お前に向けて話していたわけじゃないからな。
「じゃ、帰ろうか。『お前を待っている家族のもとへ』」
「は、はい。……我が家に、お越しになりますか?」
いまいち理解していないヤップロックの背中を押し、俺は牢屋を後にした。
こいつが余計なことを口走る前に退散だ。
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