異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

53話 とんとん拍子 -2-

公開日時: 2020年11月21日(土) 20:01
文字数:2,097

 四十区に立ち並ぶ家々は、――木こりギルドとトルベック工務店、双方の本拠地ということも関係しているのか――とにかく壮観だった。

 デザイン性はもちろん、そのしっかりとした造りや住みやすさに配慮して設計された佇まい。どれをとっても一級品の建造物だと言えるだろう。


 ウーマロ、力入ってんなぁ。


 木造がほとんどで、石造りやレンガ造りの建造物はほとんどない。街に架かる橋まで木造という徹底ぶりだ。この四十区は、さながら『木の都』といったところなのだろう。

 建物だけを見れば、以前見た三十区にだって引けを取らない。

 おそらく、ここの建造物は底辺地区には似つかわしくない、さながらチート級なスキルで造られているのだろう。他の区との格差がすごいことになっている。


 本当に素晴らしい街並みだ。称賛に値する。…………の、だが。


「なんだ、この道路……」


 足元は最悪だった。

 雨季が過ぎてもう随分経ったというのに、大雨で削られたのであろう道のヘコミや、ぬかるんだ道を馬車が通った後の深い轍の跡がそのまま放置されていた。時間が経ったせいで土の水分が飛んで、溝が出来たままカチカチに固まっている。

 道がデコボコだ。

 どうせ土なんだから、一度水でも撒いて均せばいいものを…………

 美しい建造物と、畦道のような主要道路。


 四十区はなんともアンバランスな街だった。


「イライラするな、この道……」

「四十区の人間は、美しい建造物や立派な大木を仰ぎ見ることに快感を見出す人が多くてね……足元はおろそかになりがちなんだよ」


 隣を歩くエステラが苦笑を漏らす。

 その向こうにはナタリアが涼しげな表情で付き従っている。が、やはり歩きにくそうだ。


「まぁ、慣れれば気にならなくなるよ」

「慣れたくねぇわ、こんなもんに」


 もうさっさと下水の契約交わして、ここいら一帯をハムっ子たちに掘り返させたい……


 というわけで、俺たちは今、四十区の領主と交渉すべく領主の館に向かっている。

 アポイントはエステラが手紙で取っておいてくれたようだ。

 エステラの話では向こうも乗り気なようで、交渉はスムーズに進むだろうということだった。


 契約が取れれば四十二区に大量の金が舞い込んでくるとあり、エステラも上機嫌だ。


「あ、見えてきたよ。アレが四十区の領主、ミスター・アンブローズ・デミリーの館だよ」

「…………デカい」


 領主の館は、ちょっとした体育館くらいありそうなデカさだった。

 こんなデカい建物じゃ、住んでて落ち着かないだろうな……


 デカい建物をぐるっと囲むように、これまたデカい壁がずっと続いている。

 その壁沿いに、等間隔に厳つい顔をした近衛兵らしき者たちが立っている。

 ……四十二区ではあり得ない警備態勢だな。やっぱこれくらいするもんだよな、領主って。

 護衛がナタリア一人ってどうなんだろう? 

 ……まぁ、ナタリアがいれば大抵のことはなんとかなりそうな気もするけども。


 木製の、これまた必要以上にデカい門の前にたどり着くと、ナタリアが門番に話しかける。

 ミスター・デミリーからの招待状を渡してしばらく待っていると、使いの者がやって来て俺たちを館の中へと案内してくれた。

 館の中は広く、そしてすべて木製だった。開放感のある造りや木の香りが、どことなくアジアンテイストを醸し出している。よく風の通る、いい建物だ。


「ようこそ。我が館へ」


 長い廊下を進んで応接室に通された俺たちは、そこで見事にハゲあがった頭のオッサンに出迎えられた。

 このオッサンが四十区の領主アンブローズ・デミリーなのだろう。


「お招きいただきありがとうございます、アンブローズオジ様」

「エステラか。また一段と美しさに磨きがかかったんじゃないか?」

「いやですわ、オジ様ったら」

「誰か、気になる男でも出来たのかな?」

「……………………」

「……お嬢様。嘘でも何かお返事を」

「ふぇっ!? え、えっと………………別に」


 どこの不貞腐れ会見だ。

 エステラが困った表情を浮かべているのを満足げに眺めた後、ミスター・デミリーは俺へと視線を寄越した。


「君が、オオバヤシロ君だね」

「初めまして。ミスター・デミリー。お噂は髪が無ぇ」

「『かねがね』です、ヤシロ様」


 俺のちょっとした言い間違いを、ナタリアは目敏く指摘してくる。

 言い間違えたってしょうがないだろう。人間は、八割近くの情報を目から得ているのだから。

 あんなハゲあがった頭を見せつけられたら言い間違いくらいするっつうの。


「こちらも、噂はエステラから聞いているよ」

「どうも、噂の超絶美形です」

「おや? 聞いている噂とは少し違うようだね」


 さっそく反撃を受けてしまった。

 くつくつと嫌みなく笑うその顔は、この男の懐の深さを物語っているようだった。

 この男は仕事が出来る。ただ、甘さが抜け切らずに大成できないタイプだ。

 さらに、そこそこの成功を収めていればそれで満足してしまうタイプでもあるのだろう。


 今のやり取りで、そんなことを思った。おそらく、大きく外れていることはない。


「まぁ、かけてくれたまえ」


 ソファを勧められ、俺たちはそこに腰掛ける。

 俺の隣にエステラが座り、ナタリアはエステラの背後に立ち控える。

 向かいにミスター・デミリーが貫録たっぷりに腰を下ろす。


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