茹でたトウモロコシのちょうど真ん中付近に歯を当て、回転させながらもしょもしょとコーンの粒を前歯でこそぎ落としては黙々と頬張る。
そして口の中がいっぱいになると、もっきゅもっきゅと頬を動かし、マグダは満足そうに息を漏らす。
「…………美味」
「はぁぁぁあああ…………マグダたん、可愛いッス……っ!」
頬をパンパンに膨らませてトウモロコシに齧りつくマグダを、犯罪者一歩手前な面持ちで眺めるウーマロ。
なんだ、この光景。つかマグダよ。お前本当にトラ人族か? げっ歯類の血が混ざってるんじゃないか?
雨は一向にやむ気配はなく、今日も街全体が薄暗い。
三十区での窃盗事件が尾を引き、昨日に引き続いて仕事が中止となったウーマロが朝から陽だまり亭に入り浸っている。
座席のチャージ料とか取ってやろうかな。一時間10Rbほどで。
ヤンボルドとグーズーヤは昼飯を食った後、夜の分の弁当を受け取って帰っていった。
折角の休みなので仕事道具の手入れをするのだそうだ。長雨の影響で道具が錆びたら一大事だからな。
「……少しは見習えよ、色ボケ棟梁」
「なっ!? 失敬ッスね! オイラは普段から手入れを欠かしていないから、こんな長雨でも大丈夫なんッスよ! むしろ、あいつらの方こそ、毎日こまめに手入れするよう見習ってほしいくらいッスよ」
「ふん。偉そうに」
「割と偉いんッスよ、オイラ!?」
だったら、昼間っから幼女を眺めてデレデレしてんじゃねぇよ。
ホント、半径数メートル以上接近禁止令でも出すぞ、コノヤロウ。
「……ヤシロ、これ、とても美味しい」
「そうか。よかったな。すご~く遠くからウーマロにお礼を言っておけ」
「なんで遠くからなんッスか!?」
バカヤロウ、なんかもったいないからだ。
「……ヤシロ」
「ん?」
「………………食べる?」
そう言って、齧りかけのトウモロコシを俺へと差し出してくる。
…………いや、それはちょっと、さすがに…………ここが東京だったら、俺、お巡りさんに取り囲まれちゃうよ。
「ダ、ダダダダ、ダメッスよ!? マグダたん、そんなことしたらファンのみんなが泣くッスよ!?」
主に、お前がな。
でもまぁ、そうだな。
「マグダ。お前は女の子なんだから、あんまり男にベタベタしたり、そうやって食べさしをシェアしたりするのは控えた方がいいぞ」
「……どうして?」
危機感を持たないと、ウーマロのような変質者予備軍に付け込まれるからだ。……とは、言えないよな。
「お前が大切だからだよ」
「…………マグダが?」
「あぁ。だから、これは俺からのお願いだ。聞いてくれるか?」
「………………そう」
何より、公衆の面前でベタベタされると、余計な反感を買いかねないしな。
煩わしいのは御免だ。
俺の言葉が届いたのかどうか、こいつの表情から読み取るのはほぼ不可能に近いのだが……
しばらくの間、ジッと考え込んでいたマグダは、もう一度小さな声で呟いた。
「…………そう」
二度目の呟きは、心なしか、嬉しそうに聞こえた。
顔を見ると、いつもの無表情だったので、俺の勘違いかもしれんがな。
「……善処する」
それは、比較的頑張るつもりがない時の発言な気がするが……まぁ、肯定と受け取っていいだろう。
とりあえず安心だ。
……ウーマロたちの前で、「パンツ、いる?」とか、「脇、舐める?」とか言い出されでもしたら俺は夜道を歩けなくなりそうだからな。
ガテン系にはケンカを売らない。これ、どこの世界でも共通の鉄則。
「お、そろそろいい頃合いかな」
陽だまり亭には時計がない。いや、あるにはある……と、いえなくもないのだが……
この街では、教会が鳴らす鐘を基準に時間を計っているのだ。
まず最初が朝の四時。その後八時、十二時と続いて、十六時を最後に夜は鳴らない。
で、陽だまり亭ではどうやって時間を計っているのかというと……砂時計だ。
四時間で落ち切る巨大な砂時計がカウンターの一角にドデンと置かれているのだ。
外枠がしっかりと固定されており、砂の入った本体部のみが稼働するように出来ている。
外枠を上下に二等分する位置に鉄製の棒が取り付けてあり、砂時計を固定する中枠と繋がっている。
これによって、瓢箪型のガラス製の砂時計が逆上がりでもするようにくるくると回転するのだ。
砂時計の表面には三本の線が引かれており、それぞれが一時間を表している。
なんでも、一時間刻みで確認できれば問題ないらしく、そこからさらに細かく分や秒を出すことはしないようだ。
教会の鐘が鳴る度に、ジネットはこの大きな砂時計を回転させている。
なんだか、その光景はすごく異世界というか……ファンタジー映画のワンシーンのようだと、常々思っている。
俺が持っている、振動で充電できる腕時計の方がはるかに高性能で機能的なのではあるが……最近の俺はこの巨大な砂時計で時間を見る癖がついていた。
砂の減り方でおおよそ何分かくらいまでは読み取れるようにまでなったほどだ。
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