「トレーシーさん、ネネさん。少し休んでお食事をとってください」
土下座していた大工どもが席に着いたところで、ジネットがにこやかに言う。
だが、トレーシーとネネは揃って目を丸くした。
「え? いいんですか? だって……」
「そうですよ。お客さんがこんなにたくさんいらっしゃるのに……」
「大丈夫ですよ」
「……大工たちは」
「お客さんにカウントされないんです!」
「「「おいおーい! 店長さん、マグダたん、ロレッタちゃん、そいつぁヒデーよぅ!」」」
「ふにゃあ!? あの、わたしはそういう意味で言ったわけでは……っ!?」
慌てるジネット。だが……心配すんな。見ろよ大工どものその嬉しそうな顔。
弄られて喜んでるんだよ、そいつらは。
「あ、あの。みなさん、注文が出揃いましたので、わたしもフロアに出られますし、マグダさんとロレッタさんもいますから、お二人に休憩していただいても大丈夫だという意味で……それに、お二人とも、まだお食事をされていませんしっ!」
必死に説明をして、誤解を解こうと頑張るジネット。
おい、ジネット。
お前、今、すげぇにやにやした顔で見られてるぞ。そういう慌てた素振りが堪らなく可愛いんだとよ、オッサンどもには。
「拝観料、500Rb」
「「「高っ!? さらっとぼったくられた!?」」」
「……マグダもセットで」
「お前たち! 今すぐ一人1000Rb払うッス!」
「「「値段つり上がったぁっ!?」」」
初回限定版が割高になるのと同じシステムだな。
値段をつり上げたのはウーマロだが。
「とにかく、お食事をとってください。メニューにあるものでしたらなんでも作りますし、希望があればメニューにないものでも構いませんよ」
「お店で食事をするのに、料金を払わないというのは、なんとも落ち着きませんね」
「『賄い料理』というものだそうですよ、トレーシーさん」
アルバイトである二人には、当然賄い料理が振る舞われる。
それがどうも慣れないようで、トレーシーは居心地の悪そうな顔をしている。
「エステラは、ちょっと手伝っただけで賄い料理を要求してくるぞ」
「エステラ様が!?」
「……そう。ウチの領主は、遠慮がない」
「ちょっと、ヤシロ、マグダ! その言い方じゃ、まるでボクが意地汚いみたいじゃないか!」
「そうですよ、二人とも。エステラさんは、ただ権力を振りかざしてるだけです! よね?」
「違うよ!? ロレッタの意見が一番違う! それじゃ、ヤな領主じゃないか!」
「エステラさんは寂しがり屋さんなので、みんなと一緒なのがいいんですよ。ね、エステラさん」
「え~ん! ジネットちゃん、好きだー!」
エステラがジネットに抱きつき、天然のクッションに顔をうずめる。
「「あぁっ!? ズルいっ!」」
奇しくも、俺とトレーシーの声が被った。
意味合いと矛先は真逆なのだろうが。
「エ、エステラ様! わ、私も寂しがり屋さんですので、その……ご一緒がいいですっ!」
「ジネット! 俺もおっぱいが大好きだから、くっしょんぽぃ~んがしたいぞっ!」
「懺悔してください!」
「だ、そうだぞ、トレーシー」
「ヤシロさんが、です!」
なぜだ!?
なぜいつも俺だけ!?
まぁ、そんなわけで、寂しがり屋のエステラとトレーシーは仲良くすみっこの席で賄い料理を食べることになった。
俺とエステラがいつもの席に座ると、エステラの隣にトレーシーが座る。
その際、ネネはさり気なく椅子を引いてトレーシーをフォローしていた。
さり気ないフォローが自然と出来ている。……トレーシーの病気は相変わらずだが。
あ、病気ってのはエステラ大好き病の方な。
『癇癪癖』という病が影を潜めたせいで、そっちばかりが目立つようになってしまった。
……なんて残念な巨乳美女なんだ。
「この様子なら、もう怒鳴られたりはせずに済みそうだね」
トレーシーの椅子を引くネネを見て、エステラが言う。
「フォローも出来ているし、トレーシーへの遠慮が薄れた分、自分で考えて行動するようになったみたいだね」
「そう言われてみれば……そうかも、しれませんね」
自分の動きが変わったことに気が付いていなかったのか、ネネは己の手を見つめて驚いたような表情を見せている。
まるで狐につままれたような顔だ。
「トレーシーさんも、ここに来てからずっと穏やかな顔をしているしね」
「そんな……穏やかだなんて……エステラ様の方がずっとお綺麗です」
あれぇ~? おかしいなぁ、俺の耳に何か詰まってんのかな?
会話が成り立っていないような気がするんだけど、何か聞き逃したか? 逃してないよな。どんな脳内変換してんだ、あいつは。
「オオバヤシロさんは、やはり恐ろしい方ですね」
そんなことを、微笑を浮かべて言うトレーシー。
恐れている様子はまるで見えない。
「こんな短時間で、私とネネさんを変えてしまうなんて……」
いや。
確かに、ある程度の効果を期待できる策ではあるが、あくまでそれは「心がけ」程度の話だ。
ここまで覿面な効果が表れたのは、お前たちが想像以上に周りの空気に流されまくる体質だったからに他ならない。
その流され体質の改善を考えた方がいいかもしれないな。
「もしこれが、不平等な条約を結ばせようと画策している相手だったらと思うと、身震いが止まりませんね」
「これから結ばせるかもしれんぞ」
「もしそうなったら、エステラ様に救いを求めましょう」
「えぇ……ヤシロ相手だと……ボクもちょっと自信ないなぁ……負けないにしてもすごく面倒くさい相手だからねぇ」
負けないという自信がどこから来たんだかな。
完膚なきまでに詐欺にかけてやる自信があるぞ、俺は。
だが、トレーシーは難色を示すエステラに自信たっぷりに言ってのけた。
「いいえ。オオバヤシロさんはエステラ様には敵いません」
エステラ贔屓の参考にならない意見だ。
根拠があるなら聞いてみたいものだな。
「だって、オオバヤシロさんは私と同じですもの」
……巨乳?
え、俺が?
「オオバヤシロさんは、絶対エステラ様には敵いません。惚れた弱みというヤツです」
「「はぁっ!?」」
俺とエステラの口から、同時に素っ頓狂な声が漏れた。
「誰が誰に惚れてるって?」
「わ、……私が、エステラ様に…………きゃっ!」
「いや、それは知ってるよ! じゃなくて……っ!」
「あら? 違うのですか? 傍目に見ている限り、オオバヤシロさんの、エステラ様に対する言動は恋焦がれる者に対するソレのように見えましたけれど?」
「どこをどう見たらそう見えるんだ!?」
こいつの目は節穴なのか!? 節穴なんだな! 乳が出っ張った分、目が節穴になってしまったんだ。体積の配分をちょっと間違ってしまったに違いない。
「ねぇ、ネネさん。ネネさんもそう思いましたよね?」
「はい」
ネネもか!?
「ただ、私の場合は、論理的観点から推察した結果ですけれど」
「どんな論理的観点なのか、ぜひ聞かせてもらいたいもんだな」
「単純な話です」
トレーシーの背後に立ち、トレーシーを全面肯定するために、ネネは胸を張り威風堂々とした態度で己の意見を口にした。
「巨乳至上主義のオオバ様が、胸の寂しいエステラ様に優しくする理由は恋以外にあり得ません!」
「「よし、ネネ! 靴を脱いで足を貸せ!」」
俺とエステラは同時に立ち上がり、ネネに向かって突進していく。
くだらないことをほざけないように、無口になるつぼを押してやらねばなるまい!
「で、ですが! 少なくとも憎からず思っておいでではないのですか!?」
物凄い速度で壁際まで逃げ、ネネが訴えかけてくる。
……くぅ。確かに嫌いではない。ないが……こんなタイミングでは、イエスもノーも言えないじゃねぇか。
「……ふ、ふん! バカバカしい。これだから『なだらか』は……っ!」
「はぅっ!? ち、乳を非難されてしまいました!? 申し訳ありません! 見るに堪えないお粗末さで、申し訳ありません!」
「うん……ネネ。学習しようか?」
エステラがネネの首に腕を回し、魔神のような微笑を顔に貼りつけている。
あぁ。こりゃあ、あとでお仕置きだな。甘んじて受けろよ、ネネ。
「まったく。あとでジネットちゃんに足つぼしてもらうといいよ」
「ふぇえ!? なんで私なんですか!? 言い出したのはトレーシーさんですのに!」
「ネ、ネネさん!? その、ちょいちょい主を売り渡すような行為をやめなさい! そういうの、私、よくないと思いますよ!」
きゃいきゃいと騒がしい二十七区コンビから視線を外す。
なんというか……顔が熱いわ。ったく。
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