異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

108話 守るための攻め -2-

公開日時: 2021年1月14日(木) 20:01
文字数:3,942

「おい、何企んでんだ?」

 

 ロン毛が俺を睨んでくる。

 

「いや、なに。長期滞在されるかもしれない変わったお客様が二人もお見えなんでな。いろいろと入り用なんだよ」

「ふん……気に入らねぇ男だ」

「そりゃどうも。あ、そうそう。さっき言ってたことだけどさ。十七分な」

「はぁ?」

 

 きっと頭が悪いのだろう。十七という具体的な数字を聞いてロン毛が眉を顰める。

 

「さっき、言ってたろ? 許容できる連れの滞在時間を言ってくれって。俺が決めていいんだよな? なら、十七分ごとだ。で、その時間ごとにどっちの連れかに変わる、と。違反したら、即退場な」

「テメェ……やっぱり何か企んで……っ!」

「大丈夫。今日だけだから」

 

 立ち上がりかけたロン毛を落ち着かせるように、落ち着いた声で言ってやる。

 今日だけだから。……それの何が大丈夫なのか、言った俺自身もよく分からんが、大丈夫だと言われたらなんとなく大丈夫だという気がしてしまうものだ。

 ほら見ろ。ロン毛もなんとなく流されて椅子に座り直した。「まぁ、大丈夫なのか」みたいな顔をしている。釈然としてなさそうだけど。

 

「おいジネット。俺が作った細かい時間が分かる砂時計があるだろう?」

「はい。あの、線が入っているヤツですね?」

「そうそれだ。そいつを持ってきてやってくれ。きっと役立つだろうから」

「はい」

 

 ケーキを作るようになり、正確な時間が分かった方がいいと俺が作った砂時計がある。一分刻みに線が引かれているだけの簡単な物だが、ケーキ作りには重宝している。

 

「では、カウンターに置いておきますね」

 

 そう言って、ジネットがカウンターに大きな砂時計を置く。

 全体で一時間を計れる大きめの砂時計だ。

 ジネットがひっくり返すと、さらさらと砂が落ち始める。

 

「じゃあ、今からスタートな」

「だからなんのマネだよ?」

 

 ロン毛がイラついて俺を睨む。

 

「時計があると、人は早く帰りたいと思うようになるんだよ」

 

 だから、喫茶店では時計が客から見えないようになっているところが多い。寛いでもらおうという配慮だ。遊園地やゲームセンターでも、時計を限定した場所にしか置かないところは多い。必要ではあるので置いてはいるが、なるべく時間を気にせずゆっくりしてほしい場合、そういう措置を取るものなのだ。

 

 の、逆をやる。早く帰れバーカ。という合図だ。

 

「んじゃ、ジネット。俺に飯を頼む。向こうで何も食えなくて腹減ってんだ」

「はい。では、何にしますか?」

「そうだなぁ…………陽だまり亭懐石~彩り~が食いたいな」

 

 この店で一番高いメニューだ。

 飾り切りを駆使し、たくさんのおかずを少量ずつ盛り合わせた、見た目にも華やかな逸品となっている。

 当然作るのにも時間がかかる。だが、今日はもう客は来ないだろう……しばらくは。

 なので、こういう日だからこそ、ゆっくりと時間をかけて作ってもらおうと思ったのだ。

 

「お時間、かかりますよ?」

「大丈夫だ。俺はお子様ランチの旗を作っておくから」

「では、少々お待ちください」

 

 ぺこりと頭を下げジネットが厨房へ入っていく。

 そうそう。お前はこんな面倒くさいゴロツキのことなど忘れて、大好きな料理を思う存分作っていればいいのだ。

 

「おいおい。客のことは放ったらしかよ!?」

「なんだ? 追加か?」

「ふざけんな!?」

「んじゃあ、『ゆっくり』してろよ、お客様」

 

 ロン毛のテーブルをこんこんとノックするように叩き、俺はその前を通過していく。旗を作る材料を持ってくるのだ。

 当然作業は食堂でやる。こんな危ないヤツらから目を離せるかってんだ。

 

 材料を揃え、黙々と旗を作り始める俺。

 食堂内には重い沈黙が下りる。

 途中、教会の鐘が鳴る。『終わりの鐘』――つまり、十六時になったという合図だ。

 それまで砂時計に集中していた男たちの視線が、鐘の音によって散り散りになる。いい具合に集中力を削いでくれたようだ。

 

「ヤシロさん。お待たせしました」

「おぉ、サンキュー」

 

 それからほどなくして、陽だまり亭懐石~彩り~が俺の前へと運ばれてきた。注文から約三十分といったところか。随分速くなったもんだ。

 おぉ、いつもよりも気合いが入っている。ジネットも、それなりにストレスを感じていたのかもしれない。会心の出来である料理を手に、どこか清々しい笑顔を浮かべている。

 

「うっは、美味そう~」

「けっ! これ見よがしに……ウゼェんだよ、テメェ!」

 

 ふふん。安いお茶一杯で時間を潰すようなお前たちには手が出せない料理だ。羨ましかろう。

 なんなら注文してもいいんだぜ? 金が払えるならな。

 

「食いたいか?」

「お、くれんのかよ?」

「いや、金は取るが?」

「んだよ、それ!?」

「人はこれを『商売』と呼ぶ」

「訳分かんねぇこと抜かしてんじゃねぇぞ!」

 

 訳分かんないか……そうか……残念な頭だな。

 

「では、いただきます」

 

 俺が大口を開けて飯を食い始めると、ゴロツキどもは揃って俺に視線を向けてくる。

 それにしても人選ミスだ。

 こんなに堪え性のない連中を集めて何がしたいのやら。

 

 こういうのは、ひたすら忍耐のあるヤツにやらせるべき仕事だ。……まぁ、飲食店に対する嫌がらせが仕事と呼べるかは甚だ疑問ではあるが。

 嫌がらせとは、すなわち根競べだ。

 店側に何を言われてもドカッと構えて知らぬ存ぜぬ、何も聞こえぬ見えぬ喋らぬ立ち退かぬを貫く。それが出来ないヤツには向かない。

 

 俺は、ガン見してくるゴロツキどもの視線にさらされながら、ゆっくり四十五分ほどかけて飯を食った。

 途中で一度砂時計をひっくり返しに席を立ったが、それ以降は隅っこの席で優雅な時間を過ごしていた。

 

「ヤシロさん。食後にデザートはいかがですか?」

「あぁ、いいな。フルーツタルトでももらおうかな」

「では、準備してきますね」

「あ、その前にジネット」

「はい?」

 

 厨房に戻りかけるジネットを呼び止める。

 こいつはずっと俺のそばに立っていた。ゴロツキどもがいることで居心地が悪かったのもあるだろうが、客がいないからすることがないのだ。

 暇で何も出来ない時間は体力と気力を容赦なく奪っていく。ジネットも相当疲れているだろう。

 

「俺のケーキの前に、三十分くらい休んでこい。飯も食ってないんだろ?」

「ですが……」

「大丈夫だ。今は腹もいっぱいだし、それに、接客なら俺がやる! こう見えて、得意だからな、接客は」

「くす……そうですね。では、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げ、ジネットが厨房へと引っ込んでいく。

 食堂のフロアには、十数名のゴロツキと、俺。

 しょうがねぇなぁ。接客でもしてやるか。

 

「お客様ぁ~、かゆいところはございませんかぁ?」

「うるせぇな! ムカつくからテメェは黙ってろ!」

 

 腹が減っているのだろうな。物凄くカリカリしている。

 

「おいおい。そんなにカリカリするなよ。今川焼きの周りについたオマケんとこじゃあるまいし……ぷぷぷっ!」

「面白くねぇよ! 笑うな、鬱陶しい!」

 

 面白くないとか酷くな~い!?

 悔しいんでうるうるした目でジィっと見つめてやった。そしたら、気味悪そうに顔を顰めて体ごとそっぽを向かれたけれど。

 酷くな~い?

 

 完全に無視されたまま三十分が過ぎる。

 

「ヤシロさん。フルーツタルトとアイスティーです」

 

 ジネットが休憩を終え、ケーキを持ってきてくれた頃には、窓の外は薄暗くなり始めていた。

 

「おぉ、ちょうど小腹が空いてきたところだったんだ。いや~いいタイミングで来ちゃって申し訳ないねぇ、こりゃこりゃ」

 

 有名なケーキ屋さんの看板娘のように舌を左の口角からぺろりと可愛らしく覗かせる。

 フルーツタルトは、別にママの味じゃないけどな。

 

 そんな俺の言動の一つ一つがゴロツキどもをイライラさせているのがありありと分かる。

 陽だまり亭の店内には、どろどろとした憎悪が渦を巻いて充満していた。

 

「ん~、おいちぃ~!」

 

 ケーキを一口食べて、ちょっと甲高い声で素直な気持ちを述べた時、突っ立っている大男の一人に動きがあった。……ぶち切れたんだろうな……固く握った拳を高く振り上げ、そばにあったテーブルめがけて振り下ろす。

 

「壊したら弁償な」

 

 大男の拳とテーブルが激突する直前、俺が発した言葉で大男はその動きを止めた。

 

「それから、関係者様全員、出入り禁止にするから」

 

 ぐるりと、壊れた人形のような動きで首を回し、おちょくるように大男に視線を向ける。

 ゴリッと、ここまで聞こえる歯ぎしりをして、大男は俺に向かって一歩踏み出した。

 

「やめろ!」

 

 それを止めたのはロン毛の一声だった。

 不満そうな顔でロン毛を睨む大男。だが、そんな大男よりも凄みのある顔つきでロン毛が一言呟く。

 

「俺の言うことが聞けねぇのか?」

 

 ほぉ……統率は取れてるんだな。

 恐怖による支配だけども。

 

 あのロン毛が、こいつらの中でどういう存在なのかは知らんが、大男はロン毛に反論することなど出来ないのだろう。

 大男は大人しく元の場所に戻り、顔面の筋肉を攣りそうなほど歪めて俺を睨んでくる。

 血管切れそうだな、その表情。

 

 ――と、その時。

 

「おにーちゃーん!」

 

 元気よく、一人のハムスター人族の男の子が店内に飛び込んできた。

 

「ふぉお!?」

 

 ハムスター人族の男の子は、店内の異様な光景に目を剥き、面白い格好で硬直した。

 

「こ、これは……まさしく…………筋肉の大入り袋やー!」

 

 ハム摩呂だ。

 

「おにいちゃん……」

 

 ハム摩呂が俺の顔を見つめてくる。

 俺がこくりと頷くと、ハム摩呂は「よかった」みたいな顔をした。

 

「汗臭さの、猛毒ガスやー!」

「んだとガキがぁ!?」

「きゃーーー!」

 

 言いたいことを言って、ハム摩呂は食堂を飛び出していった。

 ……あの視線って「言ってもいい?」って視線だったのかよ…………どんだけ言いたかったんだ、最後のセリフ。

 

 しかしまぁ、『いい知らせ』が舞い込んできたな。

 それじゃあ、そろそろ始めますか。『夕暮れのヤシロ劇場』を。

 

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